オランダGP決勝を前に、ザントフォールト・サーキットには強い風が海から吹き始めた。午前中は時折やってくる海からの雨雲で小雨がパラついていたが、午後は雲が途切れ、雨はもう降らない予報だった。 スタート直後に雨が来る。そんな状況でフォーメーシ…

 オランダGP決勝を前に、ザントフォールト・サーキットには強い風が海から吹き始めた。午前中は時折やってくる海からの雨雲で小雨がパラついていたが、午後は雲が途切れ、雨はもう降らない予報だった。

 スタート直後に雨が来る。そんな状況でフォーメーションラップが始まり、スタートシグナルが消える頃には、すでに雨粒が落ちてきていた。

 徐々に雨脚が強くなるなか、角田裕毅はチームからの「ステイアウト」の指示に反して、自らの判断でピットに飛び込んだ。予報では雨は5分ほどで通りすぎると見られていたため、どのチームもスリックタイヤのままやり過ごそうとしていた。

 だが、角田のこの判断は正解だった。



ウェットコンディションの中で走る角田裕毅

「チームはステイアウトと言っていたんですが、僕としては走り続けられる状況ではないと判断して、ピットインを訴えました。マシンはもうけっこう滑っていましたし、雲の状況を見ると雨が止む気配もなかったので。

 雨が上がってもまだグリップレベルに苦労していたくらいなので、あの判断は正しかったと思います。チームが僕の決断を尊重してくれたことに感謝しています」

 角田は予選でルイス・ハミルトン(メルセデスAMG)に対する妨害を犯し、ペナルティを科されて17番グリッドからスタート。しかし、このピットストップの好判断で8位に浮上した。

 そして、ランド・ノリス(マクラーレン)を巧みに抑え続けた。

「あれは気合いですね(笑)。最終コーナーも気合いでがんばりました。起ち上がりの工夫もありましたし、セクター3はクルマが割とよかったので、そこがけっこう大きかったです。レース前半は何台ものマシンとバトルをしてエキサイティングな展開でしたし、速さを見せられたと思うので、その点には満足です」

 しかし、レースが中盤に差しかかり42周目を迎えると、ノリスがピットイン。それを契機に、ほかのドライバーたちも続々とピットに向かった。

【約21秒のピットロスタイムはあっという間に...】

 これに対し、角田とアルファタウリはステイアウトし、ソフトタイヤのまま最後まで走りきる戦略を選んだ。

「残り30周、最後まで行けるか?」

 チームからの無線に対し角田は「そう思う」と答え、チームはステイアウトを決断した。

 金曜フリー走行のデータから「ソフトタイヤのデグラデーション(性能低下)が小さい」と読んでいたアルファタウリは、ライバルよりもピットストップを減らすことで後方グリッドから状況を打開する戦略でいくことをレース前に決めていた。

 周りと異なりフリーエアで走ることでレースペースのよさを生かす戦略は、シーズン前半戦最後のハンガリーGPやベルギーGPで成功を収めてきたものであり、それ自体は正しい判断だ。

 そして実際に走っているデータと、角田自身からのフィードバックを受けて、チームはそのプランどおりに行くことを決めた。

「ソフトタイヤのままステイアウトして最後まで走りきる──という僕たちの採った戦略は、レース前に話し合ってチーム全体で合意して選んだものでした。実際にタイヤのグリップレベルも、そんなに悪くはありませんでした。

 でも、新品タイヤとの差があんなに大きいとは思いませんでした。フリー走行ではソフトのパフォーマンスがよかったので、まさか新品タイヤ勢とのペースの差があそこまであるとは思わず、かなり予想外でした。なので、戦略がうまくいかなかったんです」

 もしタイヤのデグラデーションが小さいのなら、この戦略は正解だった。見た目上はたしかにデグラデーションは小さく、ということは新品タイヤを履いてもペースはそれほど上がらないはずだった。

 だが、現実は違った。

 土曜の雨で、路面コンディションがリセットされたところからのレース。路面は急速によくなっていき、そのためペースが上がっていったが、角田のマシンのタイヤ自体は大きくタレていたのだ。

 その使い込んだタイヤに比べて、ノリスらが履いたフレッシュなソフトタイヤは角田よりも1.5秒以上も速く、約21秒のピットロスタイムはあっという間に取り戻されてしまった。同様に、タイヤ交換をして一度は角田の後方になったドライバーたちも、次々と角田を抜いていった。

【角田の成長がはっきりと見えたレース週末】

 しかし、角田は「この選択を後悔していない」とサバサバしていた。

 マクラーレンやメルセデスAMGと同じ戦略を採ったとしても、そもそもマシンの実力が違う彼らを抑え続けるのが難しいことはわかっていた。その状況下でポイントを狙いたかったからこそ、彼らとは異なる戦略に望みをかけた。それがうまくいかなかったというだけだ。

 惜しむらくは、予選でトラフィックに引っかかって「実力を出しきれなかったこと」と角田は言った。

「不完全燃焼で終わっちゃったなという気分です。今週のマシンはそのパフォーマンスを最大限に引き出すことができなかった。特に予選では、もっと上位に行けるペースがあったと思います。

 でも、レースでは自分の全力は出しきれたと思いますし、全体を見るかぎり、今日はどんな展開になってもポイント獲得は難しかったのではないかと思います。

 どっちの戦略を採ったにしろ厳しかった、というのがあるので、後悔はないです。レースペースは思ったよりよくなかったので、そこは今後に向けた課題ですね」



ダニエル・リカルドの代役に抜擢されたリアム・ローソン

 実は予選を終えたあと、角田はQ3に進むポテンシャルがあったにもかかわらず、それを果たせなかった原因は「チームのミスというより僕のせいです」と明かした。

 自分が路面やタイヤの状況を詳細にフィードバックしていれば、チームも濡れた路面でインターミディエイトタイヤをうまく使う戦略を見いだせた可能性がある。

 チームの戦略ミスを責めるのではなく、その戦略ミスの原因は自分にあると言ったその姿勢は、間違いなくチームリーダーとしての意識の表われだ。

 他責ではなく、自分の改善すべき点に目を向けてさらに成長しなければならない──そこに、はっきりと角田の成長が見えた。ダニエル・リカルドが金曜フリー走行で負傷し、新人リアム・ローソンを迎えたことで、その意識もより強くなったのだろう。

 今回はポイントを獲ることはできなかった。しかし、角田の成長がはっきりと見えたレース週末だった。