ラグビー日本代表の元通訳・佐藤秀典インタビュー 後編 前編を読む>>「ラグビー日本代表の元通訳はデスメタルバンドのボーカル ツアーが白紙となった時にエディーHCからの連絡「これは運命だ」約5年間に渡りラグビー日本代表の通訳を務めた佐藤秀典 …

ラグビー日本代表の元通訳・佐藤秀典インタビュー 後編

前編を読む>>「ラグビー日本代表の元通訳はデスメタルバンドのボーカル ツアーが白紙となった時にエディーHCからの連絡「これは運命だ」


約5年間に渡りラグビー日本代表の通訳を務めた佐藤秀典

 2015年のイングランド大会、2019年の日本大会と、ラグビーワールドカップ2大会で日本代表の通訳を務めた佐藤秀典さん。リーグワン2022-23シーズンは横浜キヤノンイーグルスで通訳としてチームを支え、初の3位に貢献した。

 後編の今回はキヤノンで通訳としてつかんだ実感、そして日本代表の通訳を務めたワールドカップ過去2大会の振り返り、9月開幕のフランス大会への思いもうかがった。

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──5月に閉幕したリーグワンでは、横浜キヤノンイーグルス初の3位という結果に通訳として貢献されました。

「日本代表では主に英語から日本語に通訳してきました。逆に日本語から英語に訳すことが多くなるキヤノンはチャレンジだと考えて臨んだのですが、敬介さん(横浜キヤノンイーグルス沢木敬介監督)の言葉は無駄がなくストレートなので、同じ気持ちで外国人選手たちに英語で伝えることができました」

──シーズンを通して大活躍した南アフリカ代表SH(スクラムハーフ)ファフ・デクラーク選手の存在も話題になりましたね。

「とてもいいヤツで、思っていた以上にフランクな選手だと思いました。もちろんコミュニケーション能力は高く、9番として常に声出ししていました。『何を言うか』だけではなく『誰が言うか』も重要で、ファフが言っているからこそみんながその声を聞いていた印象です。

 来季はもっとしっかりとチームにハマると思いますし、彼の一つ一つの言葉がさらにみんなに響くようになるでしょう。その域までいくと通訳どうこうではなく、もはや彼の発しているオーラやプレゼンス(存在感)の力ですね」

──ベテランSHの天野寿紀選手は、チームに合流して間もないデクラーク選手と通訳を介さずに積極的にコミュニケーションを取るよう努めていました。

「僕は本来そうあるべきだと思っています。通訳なんかいないほうがいいと思っているぐらいです。プレシーズンの練習終了後には外国人選手と積極的に話したい選手を対象に、僕が英語のレッスンを行なっていました。言葉の壁がなければもっとチームが一つになれるはずですからね」

──横浜キヤノンイーグルスの今後がますます楽しみです。さて、ここからは前編でも通訳就任の経緯を話していただいた日本代表についてあらためて振り返っていただきます。佐藤さんはエディー・ジョーンズ、ジェイミー・ジョセフ両HC(ヘッドコーチ)という世界的な指導者の下で約5年間、通訳を務めました。

「共通して言えることは『同じ絵を見ること』が何よりも大事だということです。HCと常に同じ絵を見ている必要がある、ということですね。チーム内ではよく使われるフレーズですが、形式的ではなく本当の意味で同じ絵を見ないといけないと僕は思っています」

──エディーさんとは180日間という短い期間でも同じ絵を見ていたわけですね。

「エディーさんの要求は常に高かったですし、全ての場面で勝つための取り組みをされていました。朝から寝るまで、起きている時間はずっとラグビーのことを、さらに相手にどう勝つかを考えているので、その絵を一緒に見ることができるかどうかがとにかく大事でした」

──前編ではエディーさんがかなり激しい言葉を使う、という話がありましたね。

「絶対にその言葉を忠実に選手へ伝えるよう意識していました。ここでは言えないような言葉もたくさんありましたが、それをオブラートに包んで選手に言ってしまったらエディーさんの真意が伝わりません。どんな言葉でも真顔でそのまま伝えていました」

──そして2015年のワールドカップ、今なお語り継がれる「ブライトンの奇跡」と呼ばれる歴史的な試合となった南アフリカ戦を迎えます。3点ビハインドの後半39分、敵陣での相手ペナルティでエディーさんは同点狙いのPG(ペナルティゴール)を指示しましたが、ピッチの選手たちはトライを狙いに行きました。

「『ちゃんと(PGを選択しろと)伝えたのか!?』とエディーさんに言われ『はい』と答えましたが『たしかにショット(PG)って伝えたよな?』と内心不安でした(笑)。エディーさんからはその時に限らず『ちゃんと伝えたのか?』とよく言われていましたね」

──最後はマイボールスクラムからフェーズを重ね、WTB(ウイング)カーン・ヘスケス選手が逆転トライを決めました。あの瞬間はいかがでしたか?

「トライの瞬間は何が起きたのかすぐに理解できず、本当に信じられませんでした。正直よく覚えていないのですが、たしかな記憶としては、後半から周りのお客さんによるジャパンコールがどんどん大きくなり、鳥肌が立ったのを覚えています。また、選手が突き刺さるようなタックルなどいいプレーをするたびにエディーさんの目がウルウルしていたのも記憶に残っています」

──そんな歴史的な大会を経て、2016年から2019年までジェイミー・ジョセフHCの下で日本代表の通訳を務めました。

「サンウルブズ初代HCのマーク・ハメットが日本代表HCを代行し、敵地でのカナダ戦(日本時間2016年6月12日)を終えた後くらいのタイミングで、ジェイミーから電話がかかってきました。『通訳はお前がいい、とエディーからもハメットからも聞いている。どうだ?』と聞かれ『ぜひ』と答えました」

──エディーさんとは全く違うタイプのコーチだったのではないでしょうか?

「発言はエディーさんのほうが端的でストレートでした。何事も全て指示するエディーさんに対し、ジェイミーはあえて話の結論をわかりづらくして意図的に考えさせるようなシチュエーションに追い込むタイプで、簡単には答えを出さないので、同じ絵を見るのに苦戦しました。考えていることやタクティックス(戦術)からはビジネスマインドを強く感じるコーチでしたね」

──4年間に渡りそのような苦労がありながら、2019年の日本大会を迎えました。

「ずっと必死でしたが、やはりラグビーに関わらせてもらっている人間として、一生に一度あるかないかの日本でのワールドカップは特別でした。日本のスポーツ史に残る大会の中枢にいられたことはものすごく名誉なことで、いい経験になりました」

──佐藤さんと仲がいいというHO(フッカー)堀江翔太選手は「ヒデさんがいなかったらチームは回らなかった」と日本大会の最中に語っていました。

「本当ですか? 僕は当たり前のことを当たり前にやっただけなのですが、翔太がちょっとでもそう思ってくれていたとしたらうれしいですね。ファンからは『ラスボス』と言われていますが、ワールドカップでは試合のラストだけでなく最初からずっとピッチに君臨して相手を蹴散らしてほしいです」

──最後に、長く関わられていた日本代表と、フランス大会そのものへの期待をお願いします。

「もちろん日本代表を応援しています。また、エディーさん率いるオーストラリア代表、そして(エディージャパン時代にコーチを務めた)スティーブ・ボーズウィック率いるイングランド代表など、他のチームにもたくさん知り合いがいるのでなおさら楽しみです。特にイングランド対日本(現地時間9月17日)は気持ちが入ると思います。3大会ぶりにテレビでゆっくり観戦できますので、ファン目線で楽しみたいですね」

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 チームに不可欠な「同じ絵を見る」ことを実践し、言葉でサポートし続けてきた佐藤秀典さん。グラウンド外でも様々な経験を積みながら結果を残してきたラグビー界屈指の通訳は、特別な思いで9月開幕のワールドカップを見届ける。

【profile】
佐藤 秀典(さとう・ひでのり)
1981年3月28日生まれ、東京都渋谷区出身。横浜キヤノンイーグルス通訳。小学生の時に家族で移住したオーストラリアでラグビーに夢中になった後、徐々にデスメタルに傾倒。帰国後、トップリーグのワールドやキヤノンで2014年まで通訳を務めた後、2015年から2019年まで日本代表の通訳。NTTドコモ、スーパーラグビーのサンウルブズでも通訳を務めた。株式会社EHB International代表。履正社国際医療スポーツ専門学校「スポーツ外国語学科」学科長。デスメタルバンド「INFERNAL REVULSION」ボーカル。