イギリス・ロンドンで開催されたウィンブルドン(本戦7月3~16日/グラスコート)は最終日、男子シングルス決勝とミックスダブルス決勝が行われ、第3シードのロジャー・フェデラー(スイス)が第7シードのマリン・チリッチ(クロアチア)を6-3 6…

 イギリス・ロンドンで開催されたウィンブルドン(本戦7月3~16日/グラスコート)は最終日、男子シングルス決勝とミックスダブルス決勝が行われ、第3シードのロジャー・フェデラー(スイス)が第7シードのマリン・チリッチ(クロアチア)を6-3 6-1 6-4で破り、男子シングルスで史上最多の8度目の優勝を果たした。◇     ◇     ◇

 敗れたチリッチに涙はなかった。悔し涙は試合の途中ですでに流したのだろう。ベンチで肩を震わせ、すっぽり被ったタオルを剥いだときにその目は充血していた。

「こんな最高の舞台で自分のベストが出せないのは、本当に辛かった」

 左足底にできた水膨れがつぶれ、その痛みは特に左右の動きに影響が出ていたという。しかし一番のダメージは精神面にきたのではないだろうか。フェデラーもあとで、「動きに大きな影響があったとは思わない。サービスも相変わらずよかった」と言っている。ただ、前日も大会のフィジオとドクターがほとんど付きっきりで治療にあたったという状況で、不安は簡単に拭えないし、その状態で試合に集中できるわけはなかった。

 ここまでの6試合、特にジル・ミュラー(ルクセンブルク)との準々決勝とサム・クエリー(アメリカ)との準決勝で、ビッグサーバーとの対決に研ぎ澄まされた集中力を発揮したチリッチ。しかし、その集中力を欠いては、グランドスラムの決勝を知り尽くすフェデラーと勝負することはできなかっただろう。

 チリッチの微かな希望を奪ったのが、第1セットのフェデラーの完璧なプレーだった。今大会を通じて高い確率と多彩さと正確さを維持してきたサービス、絶妙なタッチのボレー、針の穴を通すようなパッシングショット......。

 第1セットの第4ゲームでチリッチはブレークポイントを握ったが、フェデラーのセカンドサービスを返すことができなかった。この日、フェデラーはセカンドサービスでも71%のポイント獲得率を記録している。自身は第5ゲーム、第9ゲームと2度のブレークに成功し、36分で第1セットをものにした。

 第2セット第1ゲームはサービスだけで4ポイントを連取したあと、第2ゲームをブレーク。その後3-0となったエンドチェンジで、チリッチのもとへトレーナーとドクターがやって来た。それが冒頭の場面で、ここで初めて観客はチリッチの異状を知ったのだ。

 こういうとき、相手選手も動揺するのが常で、気を遣っているうちに挽回されることすら珍しくはない。しかしフェデラーは、そんな生易しいことはやらなかったし、言いもしなかった。

「僕は自分のテニスに集中するだけだった。お客さんは5セットマッチの接戦を見たいだろうけど、今回はそうならずにすんで、僕自身はハッピーだよ」

 試合中に対戦相手のすすり泣きを聞いて、本当に動揺しなかったのかどうかなどわからない。しかし、冷淡にも聞こえた言葉は、自分が何にも惑わされずベストを出し切ったのだというチリッチへの敬意であり、センターコートのスタンドを埋めた観客への礼儀ではなかっただろうか。

 ウィンブルドン史上最多8回目の優勝、そして19回目のグランドスラム優勝という偉業の価値を下げる要素はどこにもない。むしろチリッチの姿から5セットマッチを7試合戦う厳しさに気づくことは、フェデラーが歩いてきた遥かな旅路の意味をより深く知ることになるだろう。オープン化以降のウィンブルドン最年長の35歳342日のチャンピオンは、来年も戻って来ると誓って手を振った。  (テニスマガジン/ライター◎山口奈緒美)

※写真は「ウィンブルドン」決勝でマリン・チリッチ(クロアチア)を倒し、大会8度目の優勝を飾ったロジャー・フェデラー(スイス)(撮影◎小山真司/テニスマガジン)