7月8日から17日までフランス・パリで開催されたパラ陸上の世界選手権で、男子走り高跳び決勝(義足・機能障害T63、現地時間13日)に出場したアメリカのエズラ・フレッチが、T63で世界記録となる1メートル95で優勝した。このクラスは片足、もし…

7月8日から17日までフランス・パリで開催されたパラ陸上の世界選手権で、男子走り高跳び決勝(義足・機能障害T63、現地時間13日)に出場したアメリカのエズラ・フレッチが、T63で世界記録となる1メートル95で優勝した。このクラスは片足、もしくは両足の膝上から欠損しているか、機能障害がある選手が該当する。見どころは、選手たちが自らの障害に合わせて創意工夫した多様なジャンプスタイルで、「え、人間ってそんな形で跳べるんだ」という驚きにあふれているところだ。知る人ぞ知る人気種目で、さらに今大会の結果はパラ陸上の新時代到来を予感させるものだった。コアなパラ陸上ファンが注目する、T63男子走り高跳びの現在地を紹介しよう。


世界新記録で優勝したエズラ・フレッチ(アメリカ)

誰一人として同じフォームはない、それぞれの跳躍

1メートル80の高さに設定されたバーを横目に、ウカシュ・マムチャシュ(ポーランド)がゆっくりとスタート位置に近づいていく。マムチャシュは左足の付け根から足を切断しているため、競技の時の移動は左右二つの杖を使う。そして、助走開始の位置までたどり着くと、その杖をおもむろに放り投げた。右足だけで立った彼は、大きく息を吸い込んで片足ケンケンで助走を始める。一歩、二歩と徐々に歩幅を広げながら進んだ六歩目。右足を最後に強く踏み込んでジャンプすると、背面跳びでバーを超えた。観客席からは「おおー」という低音の驚きの声が響き、その後、競技場には大きな拍手が起きた。

片足助走でバーに挑むウカシュ・マムチャシュ(ポーランド)

この種目では、誰一人として同じフォームは存在しない。スクワットで屈んだ時のように膝を曲げた状態で助走し、体の前面でバーを抱え込むベリーロールでバーを超える選手、機能障害がある右足を振り子のように反動をつけながら左足で踏み込んで跳躍する選手もいる。他の選手とは違う、自らの障害を活かした体の動かし方を習得することが好成績のためのポイントとなる

決勝の舞台で最大の注目を集めたのが、エズラ・フレッチ(アメリカ)だ。

フレッチの左足は膝上から切断されているため、大腿義足を使用している。特徴は、義足に100メートルや走り幅跳びの選手が使用するブレード型の義足を使用していることだ。大腿義足は重くて膝下の義足に比べて扱い方が格段に難しく、T63クラスの走り高跳びで使用する選手は少ない。ベリーロールや片足で助走する選手が多いのは、義足がない方が高いジャンプができると思われていたからだ。大腿義足が装着できないほど下半身の付け根から足がない選手は、片足でバランスを取りやすくなるため、この有利な面もあった。

しかし、フレッチのジャンプはこれまでの常識をくつがえすものだった。助走の長さを目一杯とり、3歩目あたりからは左足の大腿義足でも強く踏み込んでスピードを上げる。力強い助走で、T63の世界記録となる1メートル95のジャンプに成功。世界記録を一気に5センチ更新した。新しいスター選手が誕生した瞬間だった。


ブレード型の大腿義足をつけたエズラ・フレッチの跳躍

エズラは、試合後のインタビューでこう話した。「世界タイトルを獲得できたことに感謝し、光栄です。ただ、私にとって価値のあることではありますが、満足はしていません。来年にはここ(パリ・パラリンピック)に戻ってくるので、同じように金メダルを取るつもりです」

社会活動でも注目される18歳。目指すはパラリンピックの陸上3冠

2005年生まれの18歳で、生まれた時から左足の大部分と左手の指がなく、2歳の時に足を切断した。現在の左手にある指は、手術した時に切断した足の指を移植したものだ。

両親は、先天性の障害を持った息子に、野球、バスケットボール、サッカー、空手など様々なスポーツを体験させた。8歳の時から陸上を始め、14歳の時にパラ陸上の世界選手権に初出場し、頭角を現した。その一方で、障害を持った人がスポーツを体験する機会を提供する活動に取り組んでいる。彼が共同設立者の一人である「エンジェル・シティ・スポーツ」は、子どもから大人まで、身体障害のある人に用具やトレーニング場所を提供し、障害者も参加できるスポーツ大会を開催している。アスリートとしてだけではなく社会活動でも注目されていて、インスタグラムのフォロワーが10万人を超えるインフルエンサーでもある。決勝があったこの日も、彼の応援団「チーム・エズラ」がおそろいのTシャツを着て声援を送っていた。

それだけではない。フレッチはT63男子100メートルで6位、男子走り幅跳びでも4位に入賞し、衝撃を与えた。特に100メートルでは自己ベストを0.23秒更新する12秒45を記録。18歳という若さを考えると、次の自己記録更新もそう遠くない時期に実現するだろう。そして、彼はメディアに向けて自らの目標を宣言した。

「僕の計画は、走り高跳び、走り幅跳び、100メートルの3冠に輝くこと。これは、パラリンピックの歴史で誰も達成したことのないことなんだ。それを2028年のロサンゼルス・パラリンピックで実現する。このことを覚えておいてほしい」

パラ陸上に、新しいヒーローが登場する──。今大会でのエズラ・フレッチの活躍はそんなことを予感させるものだ。大腿義足の選手が2メートルを超えるジャンプをする日も、現実味を帯びてきた。新星アスリートの出現で、T63クラスの走り高跳びに新たな変化が起きることになるだろう。