神野大地「Ready for MGC~パリへの挑戦~」第4回プロマラソンランナー、神野大地。青山学院大時代、「3代目山の神」として名を馳せた神野も今年30歳を迎える。夢のひとつであるパリ五輪、またそのパリ五輪出場権を争うMGC(マラソングラ…

神野大地「Ready for MGC~パリへの挑戦~」
第4回

プロマラソンランナー、神野大地。青山学院大時代、「3代目山の神」として名を馳せた神野も今年30歳を迎える。夢のひとつであるパリ五輪、またそのパリ五輪出場権を争うMGC(マラソングランドチャンピオンシップ・10月15日開催)が近づくなか、神野は何を思うのか。MGCまでの、神野の半年を追う。

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富士見高原でトレーニングする神野大地

 長野県の富士見高原――。

 神野大地は、仙台国際ハーフマラソン後、この地で合宿を続けている。

 そのレースではスタートしてすぐに呼吸が荒くなり、10キロ過ぎには腹痛が出てしまい、練習の成果をほとんどチェックできないまま終わってしまった。

 藤原新コーチも仙台国際ハーフマラソンは、現状チェックの場として重視していた。

「レースの打率を上げることで、だいたいこのくらいで行けそうだっていう目処が立つので目標を立てやすくなるんです。そういう意味で仙台ハーフを重視していたんですけど、腹痛が起こってしまうと、現状が良いのか悪いのか判断がつかないんです。例えば、これで腹痛なく普通に走って後半にペースダウンをすると、こういう練習が足りないなってことがわかるんですけど、その判断材料がなくなってしまうんです」

 確認ができなかった不安は、やはりレースで解消すべきではないか。そのため、神野はハーフか、フルマラソンか、レースに出場することを考えた。

 しかし、藤原とのミーティングでレース参戦の選択肢が消えた。

 藤原は、その決断について、こう語る。

「神野ぐらい注目されるレベルの選手ならレースに出て、いい練習になりましたじゃダメなんですよ。ちゃんと仕上げて、ある程度の結果を求めてレースに出るとなると、その仕上げに時間がかかってしまう。そうなると走り込みの期間が後ろにズレ込んでしまうので、MGCまでのトレーニングスケジュールに影響が出てしまう」

 藤原の考えを聞いて、神野も納得し、夏はレースに参戦せずに基礎トレーニングを軸にして、走り込むことにした。

 その場として、神野は富士見高原を選択した。

 もともとは藤原が男子マラソンヘッドコーチをしている実業団のスズキがよく合宿をしており、神野も何回か同行することで、この地の良さを感じていた。

「富士見高原は、標高約1200mで、コースもクロカン、林道コース、土ですがトラックもあります。クロカンも林道も平坦なところがなく、アップ&ダウンがつづくので、スピード練習をしなくてもかなり鍛えられます。僕が合宿している場所にはコンビニも近くになく、すごく静かで都内と比べても涼しい。もともと僕は、外に遊びに行くのが好きじゃないし、疲れることをあんまりしたくないタイプ。静かな環境で自分の練習のモチベーションを保っています」

 前回のMGC前は、ケニアに行って合宿を組み、調整してきた。今回も最初はケニアに行く案も出たが、1年前のことがあり、断念した。

「1年前、ケニアで中耳炎になって熱が出るなど、死にそうな目にあったんです。現地の練習環境はすばらしいんですが、行くのも大変ですし、ケガのリスク、病気になるリスクも高いと言えば高い。仮に、また体調を崩してしまうと戦う土俵に立てなくなる。富士見にいれば、何かあった時、病院にも行けるし、中野ジェームズ修一さん(トレーナー)もいて対処してくださる。もう3年、富士見に来ているので、自分なりのスタイルを見つけられたし、富士見で練習をすれば強くなれるという自信があるので、今回はケニアには行きませんでした」

【キツいクロカンで一皮むけた】

 現地での練習はこんな感じだ。

 最初に林道コースを34キロ走り、翌週にはクロカンコース22キロを走り、30キロまで伸ばしていく。クロカンコースは、ほぼ上りで足元が悪いため、神野曰く「クロカン30キロはロードの50キロぐらいの負荷」になるという。

 この練習の意図は、どこにあるのか。

「本格的なマラソン練習をする前に、しっかりと下地を作るということです。MGCの2カ月前ぐらいになるとスピードを上げたなかで距離を踏んでいく練習が増えていくんですが、レベルを上げた練習をしていく際、しっかりとした基礎を作り、強い体が出来ていないとケガするリスクがあるので。また、クロカンは心肺機能を高めることもできる。藤原さんは現役時代、クロカンで走れていたらレースでももっと走れたと言っていた。僕はクロカンは意外と質の高いポイント練習になっていると思っています。MGCに向けて今の時期が一番重要だと思っていますので、じっくりやっています」

 藤原も「この時期の走り込みが今後を左右する」と言う。

「体作りを家造りに例えると、今はいろんな材料を集めて、基礎を作っているところです。そうして、さぁどうやってマラソンを組み立てていこうかというのが今の状況ですね」

 淡々とクロカンや林道を走るだけではなかなか成果が見えづらい部分があり、練習のモチベーションを上げていくのも難しいように感じる。だが、神野は富士見に3年間通っており、タイムを測定しているので、前回との比較で進歩が見えるようになっている。

「前は22キロで死にそうになったけど、25キロ走れるようになってタイムも良くなり、距離も確実に増えている。毎日、クロカンを走ることで足の筋肉の見え方も変わってきますから成長をすごく感じられます」

 藤原も神野の走りに成長と手応えを感じている。

「昨年の神野は、もうちょっと速く走れるはずなのに、『なんか追い込んでいないなぁ。このコースが苦手なのかな、なんなんだろう』って思っていたんです。でも、今は結構キツいクロカンコースを28キロ走って、1キロ3分40秒から45秒のペース。神野はサラっと走ったんですけど、これって結構レベルが高くて、そういうところに進歩が見えたというか、一皮むけた感がありました。今後、涼しくなってから調子が良くなるのは今の練習から見ていると確約できる」

 富士見高原は、本当に静かな場所だ。

 夜は静かで、「一人でいると怖いくらい」と神野は言う。一人でいると、考える時間が増え、不安なこと、余計なことを考えてしまいがちだ。MGCに参戦する選手は、北海道でホクレンの大会に出たり、海外のレースに出ていたりする。神野は、重視していた仙台ハーフで課題を確認することができなかった。

「不安ですか? 今の段階ではないですね。僕は今、地味な走り込みの練習をしていますが、それを乗り越えないとMGCで勝ち目はないし、勝つイメージが湧かないんです。レースが近づいてくれば、そういうことも感じるようになると思うんですけど、それを跳ね除けるために今、練習をしていますし、それを乗り越えた選手がMGCで勝つと思うので、それが自分だと思ってやっています」

 神野は、強い覚悟を秘めた表情で、そう言った。

【箱根駅伝の全国化。選手のことも考えてほしい】

 もうひとつ、聞きたいことがあった。

 箱根駅伝は来年、100回大会を迎える。歴史的なレースに向け、今回は全国の大学に予選会の出場が認められ、13番以内に入れば箱根を走れるようになった。だが、箱根駅伝の全国化は、今回のみで101回大会からは従来どおり、関東の大学だけの参加になった。

 神野は、箱根で活躍し、ランナーとしての価値を高め、今、プロとして活躍している。この箱根の全国化については、どう考えているのだろうか。

「僕は、箱根駅伝で人生を変えられたので、多くの大学や選手にそういう機会を得てほしいなと思うんですけど、現実的に考えると、今回についてはいきなり感が強かったですよね(苦笑)。昨年に、そういう話が出始めたわけですが、それをやる身にもなってほしいなと思いました。地方の大学の陸上部って、関東の大学のように50人も60人も部員がいるわけじゃない。いても20人前後で、そこから箱根を走れる人を10名出すのは、ほとんど無理な話です。これが、もし5年前に『やるよ」と言われたら『目指そうぜ』という大学がもっと出てきたと思うし、選手も箱根を本気で目指すことができたと思いますけど、あまりにも時間がなさすぎですよね。これじゃ、関東の大学に箱根を走るチャンスが増えただけだと思います」

 神野の言葉どおり、地方大学で箱根駅伝に挑戦しようと手を挙げた大学は、立命館大、皇學館大など、まだ少数だ。

「どういう理由で次回以降、地方の大学の参加を認めないと決めたんですかね。今後はないと言っていて、105回目はまたやるというなら今すぐに教えてほしいですよね。箱根駅伝は次回で100回を迎える歴史ある大会、何十年先のことを見据え、考えた決断をしてほしいなと思います」

 箱根が生んだスターのひとりである神野は、箱根駅伝に対する思い入れが強い。大学にも選手にも負荷がかかった今回の決定に対して、もっと「選手ファーストで物事を進めてほしい」と考えている。

「全国参加は今回だけになってしまいましたが、MGCの前日が箱根駅伝の予選会なので連日、熱いレースが続きますね」

 MGCに向けて着々と練習をこなす日々、神野はそう言って笑みを見せた。

 8月は、いよいよレースペースを意識したマラソン練習に入っていく。

(つづく)

PROFILE
神野大地(かみの・だいち)
プロマラソンランナー(所属契約セルソース)。1993年9月13日、愛知県津島市生まれ。中学入学と同時に本格的に陸上を始め、中京大中京高校から青山学院大学に進学。大学3年時に箱根駅伝5区で区間新記録を樹立し、「3代目山の神」と呼ばれる。大学卒業後はコニカミノルタに進んだのち、2018年5月にプロ転向。フルマラソンのベスト記録は2時間9分34秒(2021年防府読売マラソン)。身長165cm、体重46kg。