「こんなの許容できない。遅すぎだ。レース後に話し合おう」 イギリスGP決勝のチェッカードフラッグを受けた角田裕毅は、無線で静かにそう言った。 52周のレースを走りながら、レース終盤はずっとそう考えていたのだろう。いつものように声を荒げるでも…

「こんなの許容できない。遅すぎだ。レース後に話し合おう」

 イギリスGP決勝のチェッカードフラッグを受けた角田裕毅は、無線で静かにそう言った。

 52周のレースを走りながら、レース終盤はずっとそう考えていたのだろう。いつものように声を荒げるでもなく、冷静に、しかしだからこそ角田の怒りがよけいに伝わってきた。



角田裕毅は違和感を抱えながら走り続けた

【アンダーステアが強すぎる】

「今日のレースはちゃんとしたクルマで走れなかった。やれるだけのことはやりましたし、最大限のパフォーマンスを出せましたけど、ほかのところで足を引っ張られてクルマの最大限を引き出すことができませんでした。クルマがとてもドライブしづらい状態で全然普通に走れなかったのと、ペースがすごく遅かったのは問題ですね。その理由はわかっています」

 レース序盤こそエステバン・オコン(アルピーヌ)の背後で13位を走っていたものの、次第にローガン・サージェント(ウイリアムズ)からプレッシャーを受けるようになり、角田は「マシンが何かおかしい」と訴えていた。

 マシンの異変は、この頃にはすでに始まっていたことになる。

 そして14周目、サージェントに抵抗することなく抜かれ、ピットインしてハードタイヤに履き替えたところで、その疑念は確信に変わった。タイヤの問題ではなく、クルマ自体の問題であることがはっきりしたからだ。

「左フロントがおかしい。右コーナーでだけ、アンダーステアが強すぎる。すごく変だ」

 角田はそれ以上の具体的な言及を避けたが、マシンをドライブしていて、自分のなかでこれだと思う原因に行き当たったのだろう。

 レース中盤には左側のミラーステーが破損し、風圧でバタバタと動く状態での走行も強いられた。もちろんそれも多少の空力的影響を及ぼしただろうが、実際の症状は前述のとおりレース序盤から出ていたのだから、角田の言う"原因"というのはミラーではなく、もっと根本的な部分なのだろう。

 レース後にチーム内で話し合うべきことで、外に向けて言うべきではないと判断したのだから、チームにとってはあまり好ましいミスではなかったのだろう。



右コーナーだけアンダーステアになったアルファタウリ

【角田に合わせたマシンに進化】

 ただし、問題はそれだけではない。

 予選は17位・19位。決勝もサージェントに抜かれたあとは早々にピットインをし、アンダーカットでサージェントを再逆転するかたちにはなったものの、彼よりも15周も走り込んだハードタイヤで最後まで抑え込みながら走り切るのは至難の業だったはずだ。そして、それを果たせたとしても上位勢に自滅がなければ、それは13位争いでしかなかった。

 問題は、マシンが圧倒的に遅いことだった。

 アルファタウリはこのイギリスGPにアップデートを投入した。完全刷新のフロアはダウンフォースを増やすことに主眼を置くのではなく、ハードブレーキング時の空力変化をマイルドにしてリアの安定性を高めるもので、それによって低速コーナーへのターンインで攻めることができるマシンへと改善するためのものだ。

 まさに、エースドライバーである角田が得意とするドライビングに対応したマシンへと進化させようというわけだ。

 もちろん低速コーナーが速くなれば、そのぶん脚回りを硬くして、車高を下げることができる。そうすれば高速コーナーでの空力性能が向上するため、より小さなウイングでも同等のダウンフォースが生まれ、結果として空気抵抗を減らしてストレート車速を稼ぐことができるようになる。

 それがアルファタウリの新たな空力開発方針であり、シーズン序盤の方針転換からようやくかたちになって投入を迎えたのが、このイギリスGPだった。

 シルバーストンは低速から高速まで様々なコーナーがあり、長いストレートもあるから、新パーツの評価には適している。3回のフリー走行と決勝、そして翌週にはテストも控えているから、存分に評価テストができるというわけだ。

 チームとしては、今回のアップデートは「想定どおりに機能している」と評価している。角田自身もその効果は感じている。しかし、そもそもシルバーストンではハードブレーキングが2カ所しかなく、今回のアップデートがラップタイムにつながりにくいことも確かだ。

【開発方針は間違っていない】

 今回のアップデートについて、角田は語る。

「ダウンフォース量という意味ではそれほど大きな進歩ではないですが、それよりもマシン特性の変更を狙ったものです。マシンの特性が変わって、特に低速コーナーへの進入でのリアのサポート(グリップ感)や高速コーナーでの回頭性など、僕が必要としているものが増しています。

 アップグレードに関しては間違いなく効果を感じてはいるんですが、今のところは『そんなに大きくタイムに結びついていないな』というのが正直なところ。今週はかなりいろんなことを試しましたし、まだマシンのことをさらに深く理解するためのプロセスの途上です」

 つい数戦前まで角田が入賞をかけて争っていたマクラーレンも、このアルファタウリと同じように低速コーナー性能を向上させる方向のマシンアップデートを進めた結果、大きく躍進を果たした(ランド・ノリス=2位、オスカー・ピアストリ=4位)。

 そう考えれば、アルファタウリのマシン開発方針は決して間違ってはいない。問題は、それをきちんと進められるかどうかと、投入したパーツをきちんと使いこなせるかどうかだ。

 今回のイギリスGPでは、それ以前の問題で普通に走ることができなかった。実際の問題がどこにあったのかはわからないが、どんな人間でも必ずミスを犯すものなのだから、何が原因だったのかをチーム内で話し合い、ミスやトラブルの発生を未然に防ぐ仕組み作りが必要だ。

 マクラーレンが大躍進を果たし、ウイリアムズも入賞圏へと駒を進めているように、今年のF1は中団グループどころか上位までが1秒以内の僅差だ。そのなかで停滞しているアルファタウリは、いつの間にか前のアルファロメオまで0.2秒、そして中団グループまでさらに0.2秒と離されてしまった。

 次のハンガリーGPでは、このマシン開発方針に沿ったさらなる改良パーツを投入し、そしてマシンのアップデートとともにチームもアップデートして雪辱を果たしてもらいたい。