来年のパリパラリンピックの予選を兼ねた「三井不動産 2023 ワールド車いすラグビー アジア・オセアニア チャンピオンシップ(AOC)」が、6月29日~7月2日、東京体育館で行なわれた。日本代表は決勝でオーストラリア代表を55-44で下し…

 来年のパリパラリンピックの予選を兼ねた「三井不動産 2023 ワールド車いすラグビー アジア・オセアニア チャンピオンシップ(AOC)」が、6月29日~7月2日、東京体育館で行なわれた。日本代表は決勝でオーストラリア代表を55-44で下して優勝し、6大会連続のパラリンピック出場を決めた。



ケビン・オアーヘッドコーチ(HC/右)の最後を有終の美で飾り、涙が止まらなかったキャプテンの池透暢

 AOCはアジア・オセアニア地区からパリパラリンピックの出場権「1枠」を決定する重要な大会。世界ランキング3位の日本、同2位で昨年の世界選手権を制したオーストラリア、同8位のニュージーランド、同15位の韓国(途中棄権)が参加。予選リーグは総当たり戦を2回行ない、決勝に進出して優勝したチームのみがパリ行き切符を獲得できる方式だ。

 たった1枚の切符を懸けて、各国とも目の色を変えて戦いに臨むなか、日本が自国開催の利があったとしても抜きんでた強さを発揮した。初戦のニュージーランド戦は先制されるが、すぐに素早いタックルで相手のキャッチミスを誘い、ターンオーバーに成功。

 後半も次々とラインナップを入れ替えながら、相手にプレッシャーを与え続け、試合の主導権を握った。今大会は、東京都を中心に小・中・高・特別支援学校の生徒らが学校観戦に訪れており、とくに開幕戦となったこの試合は、味方やベンチの声が聴こえないほどの大声援が送られた。そのなかでも、日本の選手たちはアイコンタクトやボディランゲージでコミュニケーションを取り、冷静に試合を運んだ。

 予選リーグを6戦全勝と、存在感を示した日本。しかし圧巻だったのは、世界のトップレベルでしのぎを削ってきた宿敵・オーストラリアとの決勝戦だった。予選リーグの2試合は前半でリードを許したが、決勝では序盤から日本がゲームメイクしていく。オーストラリアは世界的ハイポインターのライリー・バット(3.5※)、攻守の要であるクリス・ボンド(3.5)が軸。この2人の強烈なタックルを受けながらも、精度を高めてきた連携プレーでパスをつなぐ日本。第1ピリオド後半には、キャプテンの池透暢(3.0)からのロングパスを受けた池崎大輔(3.0)がトライを決めると、池が相手のインバウンドをカットしてすぐさま追加点を入れるなど、4連続得点で流れを掴んだ。
※障害に応じて選手に点数が与えられ、コート上の4人の合計が8点を超えてはならない。ただし、女子選手が入る場合は8.5点までとなる。

 後半に入っても、日本は高い集中力を維持。今大会好調の橋本勝也(3.5)・島川慎一(3.0)・小川仁士(1.0)・長谷川勇基(0.5)のラインでスタートすると、相手が攻撃の糸口を掴む前に、タイムアウトを効果的に使いながら、5度にわたって新しいラインを投入。また、ディフェンス面においても乗松聖矢(1.5)らローポインターが相手のハイポインターやミドルポインターを止めて攻撃につなげるなど、徹底したプレッシャーとリカバーで前半のリードをさらに広げた。そして最終ピリオド、疲れが見え始めたオーストラリアに対して、大声援を力に猛攻をしかける日本は何度もターンオーバーに成功。世界王者を、突き放した。

【リオパラ以降チームを育てたH Cが退任】

 観る者の期待と想像を超えるような、最高のゲームだった。試合後、池は「まったく怖くなかった。選手を信じ、これまでにないくらいメンバーチェンジをしたケビン(・オアーHC)の采配に感動した」と振り返り、長いプレータイムながら最後まで献身的に動き回った乗松は、「ケビンが自分たちに教えてくれたことを、決勝で表現できた」と感極まった。

 副キャプテンの羽賀理之(2.0)は、試合前にオアーHCと選手との間にこんなやりとりがあったことを教えてくれた。

「『俺たちは世界一のチームだと思うか?』とケビンに問われ、東京パラリンピックと昨年の世界選手権の時は手が挙がらない選手もいた。でも、今日は全員がスッと手を挙げた。その言葉のとおり、世界一の試合ができたことが、パリの出場権を獲得したことと同じくらいうれしい」

 緻密な連携プレー、アグレッシブなタックル、インバウンドの成功率の高さ、相手のディフェンスをぶち抜く走力、仲間を信じて一丸となってプレーする結束力。オアーHCが2017年に就任してから6年をかけて目指してきた「日本のラグビー」が、12人全員の成長によって花開いた。そこに加わった「俺たちは強い」という確かな自信が、チームの成熟度を押し上げた。

 大会の1週間前、このAOCを最後にオアーHCの退任が発表された。生活拠点のアメリカ・アラバマ州と日本を車いすで往復することが体力的に厳しくなったとして、4月末の代表合宿の際に本人から申し出があったという。

 5月中旬のチームのオンラインミーティングで知らされた日本代表選手たちは、「夢じゃないかと思うくらいショックだった」(池)、「東京パラのあと、パリまでやるって言ったじゃんって思った」(橋本)、「心の整理ができなかった」(中町俊耶/2.0)と、受け入れるのに時間がかかったことを打ち明ける。

 池によれば、国内合宿はオンラインでアメリカから指導してもらい、大会の時だけ合流してもらうという案も出たが、「生で状況を見ないと熱量や本当に大切な部分が指導できない」という、オアーHCが大切にしているものを尊重する結果になったという。

 オアーHCがこれまで指揮を執ってきたアメリカやカナダといった北米チームとは、競技への取り組み方や生活、文化も大きく異なる日本での指導は、決して簡単ではなかったであろうことは容易に想像できる。加えて、新型コロナウイルスの感染拡大による渡航制限や活動制限など、大きなストレスがかかる時期も経験した。そんななかでも、オアーHCは時に厳しく、時に優しく、選手一人ひとりと向き合い、個性を引き出し、そして豊富なラインナップに代表されるように日本ならではの戦術を作り上げてきた。

 選手やスタッフは、オアーHCへの想いをそれぞれこのように語っている。

 長年、エースとしてチームをけん引する池崎は、「誰よりも優しく、選手想い。自分のことを理解してくれた。ケビンがここまで成長させてくれた」。チーム最年少の21歳で、高校生の時にオアーHCに見出された橋本は、「まだ戦力にはならないのに、2018年の世界選手権のメンバーに選んでもらい、僕のラグビーに向かう姿勢が変わった。ケビンの選択は自分にとって大きなものがあり、すごく感謝している」。ミドルポインターとして攻守で活躍した中町は、「ケビンと初めて面談をしたときに、自分より点数が高いハイポインターに対しても負けるなと言われて、自分のなかのラグビーに対する価値観が変わった。自分が走ることで味方の助けになることもあるんだと、学ばせてもらった」

 日本代表初の女子選手である倉橋香衣(0.5F)は、「ルールや戦術、ラグビーのすべてを教えてもらった。男女や障害、経験値は関係ない、そして『ラグビーを楽しめ!』と言い続けてくれた。よりプレーが楽しくなった」。土屋裕志通訳は、「ケビンは合宿や大会の際には必ずスタッフに『今回もすべての準備からハードワークまでありがとう』と声をかけてくれる。彼が言う「家族」の一員であることを実感し、より一丸となることができた」

 オアーHCの教えは日本チームの心と身体にしっかりと刻まれ、"オアーJAPANのラストマッチ"で体現された。それが、新HCの岸光太郎氏のもとで、どのような進化を見せるのか。開幕まで1年余りに迫ったパリパラリンピックまで見守っていきたい。