平野美宇(木下グループ)が快挙を成し遂げた。

クロアチアの首都ザグレブで開かれた卓球の海外ツアー「WTTコンテンダー」。その最終日にあたる7月2日の女子シングルス決勝で世界ランキング1位の孫穎莎(中国)と対戦した平野は、5月の世界卓球2023南アフリカで君臨した新女王にゲームカウント3-2でリードされてから巻き返し、海外ツアー今季初優勝を飾った。

この大勝利によって、4日に発表された最新のITTF世界ランクで平野は21位から14位に浮上。一気に7つポジションを上げている。

プレーもメンタルも滅多なことでは崩れない孫穎莎。鉄壁を誇る彼女から奪った大金星の意味合いはとてつもなく大きい。

何しろこの約4年、彼女はシングルスで中国人選手以外に負けたことがなく、外国勢に負けたのは2019年10月のITTFワールドツアー・スェーデンオープンまで遡る。

このとき準決勝で勝ったのは伊藤美誠(スターツ)。伊藤はゲームカウント0-2から怒とうの4ゲーム連取で大逆転勝利を演じた。

それ以来の快挙を日本人の平野が、しかも決勝の舞台で成し遂げた勝因はどこにあったのか? 大仕事をやってのけたばかりの本人に話を聞くことができた。

まず、WTTシリーズの女子シングルスではすぐ下のカテゴリーであるフィーダーで昨年優勝したものの、「WTTコンテンダーで初めて優勝できて嬉しい。そして世界ランク1位の孫選手に勝って優勝できたことがさらに嬉しいです」と話す平野は、決勝の大一番に「1球1球のボールの処理」を意識して臨んだという。

それがよく分かったのは例えば、ハーフロングボールに対する処理だ。

台の真ん中あたりでバウンドし、台から出るか出ないかの長さで手元に来るハーフロング系のボールは打球の際、ラケットが台に当たりそうになりドライブをしっかりかけて返球するのが難しい。平野も「ハーフロングの処理は意識がとても大切」と言うが、この技術が非常に上手くなった。

印象的だったのは最終の第7ゲーム。平野が7-5リードの場面で相手のハーフロングサーブを巧みに打ち返したレシーブエースは見事で、明らかに孫穎莎にダメージを与える一撃だった。

「あの1本はとても大きかった」と振り返る平野。

また、2週前に優勝したTリーグNOJIMA CUP2023で光ったラリー力が通用したことも大きな収穫だった。

どの選手に言わせても「中国人選手は1本多く返してくる」と口を揃える。だが平野は中国のエースに打撃戦の真っ向勝負で勝った。

目を見張ったのは、ボールの回転量と打球のタイミングのバリエーションが増えたことだ。

孫穎莎との火花散る決勝はバック対バックの打ち合いが大半を占めたが、平野は持ち前の超高速バックハンドドライブだけでなく1球ごとに回転量と打球のタイミングを変え、いわゆる緩急をつけたボールを多用した。

本来ミスの少ない孫穎莎に後半戦、ミスが増えたのは平野がラリーをコントロールしミスを誘ったからにほかならない。平野はこう話す。

「今大会では、今まで課題にしてきた(打球の)タイミングと(回転量の)コントロールがようやく試合の中で自信を持って使えました。孫選手とは厳しい試合になると思って準備をしましたが、試合中は自分が練習してきた1球ごとのボール処理を発揮することだけ考えました」

平野が繰り返し口にするボールの処理。そこへのこだわりは2018年にブエノスアイレスが舞台となったユースオリンピックゲームズに起因する。

当時、平野は18歳、孫穎莎は17歳。同じ2000年生まれの2人が女子シングルス決勝であたり、平野が第1ゲームを先制したが、その後は孫穎莎が4ゲームを奪って金メダルに輝いた。

この時の悔しさを平野は忘れていない。

「あと1本という場面、自分のボールの処理の甘さで負けたので、今回は最後の1本までしっかりボールの処理をすることを意識しました。それが出来たことが、この5年で成長したところだと思いますし、中国選手に勝つには1球ずつの処理が大切だと改めて感じました」

途方もない時間をかけて、ようやく果たせたリベンジ。トップに上り詰める選手は負けた悔しさや勝負を分けたミスを決して忘れないというが、平野も例外ではない。

今大会では準々決勝で劉瑋珊(対戦時は世界ランク46位)、準決勝で次世代エースの蒯曼(対戦時は世界ランク21位)といった中国人選手に勝って決勝を迎えられたことも奏功した。

「とてもレベルの高い組み合わせで、中国選手と試合を重ねる中で1試合1試合、成長できた気がします」(平野)

だが、それは裏を返せばライバルに手の内を見せたことにもなる。

2017年アジア選手権で当時、中国のトップ3だった丁寧、朱雨玲、陳夢を立て続けに倒した後のように、中国は平野を徹底的に研究し再び潰しに来るだろう。

その厳しさを身をもって知る平野は帰国後すぐにラケットを握り、次なる戦いに気持ちを切り替えている。

平野の次戦は7月22、23日の第5回パリ五輪代表選考会。WTTコンテンダー ザグレブ優勝で中国のトップ3に勝った場合に付与されるボーナスポイント15点を追加した平野は、パリ五輪代表選考ポイントを計312ポイントに伸ばし2位をキープしている。

1位は497.5ポイントで依然として首位を独走する早田ひな(日本生命)。3位には275.5ポイントの伊藤が続く。

ちなみに早田と伊藤は今週、スロベニアで開催されている「WTTスターコンテンダー リュブリャナ」<3~9日>にエントリーしており、6日に始まる本戦から合流。

この大会には孫穎莎も出場するため、平野の快挙が早田と伊藤に火を点けたはずだ。


(文=高樹ミナ)