)【藤波辰爾を彷彿とさせる「髪切り」】 2016年1月4日、東京女子プロレスに初めてベルトが創設された。「TOKYOプリンセス・オブ・プリンセス王座」だ。辰巳は当初、自分はベルトとは無縁だと感じていたという。「当時は、めちゃくちゃ強い選手で…

【藤波辰爾を彷彿とさせる「髪切り」】

 2016年1月4日、東京女子プロレスに初めてベルトが創設された。「TOKYOプリンセス・オブ・プリンセス王座」だ。辰巳は当初、自分はベルトとは無縁だと感じていたという。

「当時は、めちゃくちゃ強い選手ではなかったし、自分には目指せないものなんだろうなと。まずは目の前の相手を倒すことが先決だと思っていたので、ベルトはまったく意識していなかったですね」



リング上でのクレイジーファイトも人気の辰巳リカ

 しかし、坂崎ユカとのシングルマッチに勝利したことで、「イケるんじゃないか」という気持ちが芽生えた。10月29日、横浜ラジアントホール大会にて、優宇の保持するTOKYOプリンセス・オブ・プリンセス王座に挑戦する。

「惨敗だった。歯が立たなかった」と辰巳は振り返るが、この頃から彼女の試合は目に見えてよくなっていった。2017年、SIN美威獅鬼軍と抗争を繰り広げたのも大きかった。"外敵"である沙希様に何度も挑んでは敗れ、挑んでは敗れる中、一試合一試合、動きがよくなっていった。

 辰巳はこの頃から、「もっと強くなりたいと思うようになった」と話す。プロレスにおいて、意識や気持ちがいかに重要か、彼女の試合は物語っていた。

 2017年11月3日、新木場大会にて、再度、TOKYOプリンセス・オブ・プリンセス王座に挑戦。チャンピオンは才木玲佳。敗れたものの、体格差のある才木に対して、真っ向からパワーでぶつかっていった。辰巳の気持ちの強さが見えた試合だった。

 その半年後の2018年5月3日、後楽園ホール大会にて、山下実優の保持するTOKYOプリンセス・オブ・プリンセス王座に挑戦することになった。直前の大会で、辰巳はハサミで自慢のロングヘアーを断髪。1988年4月22日、藤波辰爾(当時、辰巳)がアントニオ猪木の前で自身の前髪を切り落とした"髪切り事件"を彷彿とさせた。

「それまで自分の中で、ロングヘアーがアイデンティティだと思ってたし、『変えちゃいけないもの』と縛りつけて考えていたんです。でも、藤波さんへのリスペクトから髪切りには憧れもあり、気合を示したくて『今だ!』と。後先考えず、勢いのまま切りました」

 迎えたタイトル戦。2年前の初挑戦(対優宇)とは別人のようだった。打撃が得意な山下の足を徹底的に攻撃し、現在のクレイジーファイトの片鱗も見せた。三度目の挑戦も叶わず、またしてもベルト獲得はならなかったが、辰巳の成長は誰の目にも明らかだった。今年3月に上梓された『まるっとTJPW!! 東京女子プロレスOFFICIAL "FUN" BOOK 2023』(玄光社)の中で、山下はこの試合を自身のベストバウトに挙げ、「辰巳リカという選手は、気持ちでスタイルを構築していく選手。その世界観がすごく楽しい」と綴っている。

 辰巳が試合で見せる感情の部分を、最初に「情念」と表現したのはアジャコングだったという。辰巳は自身を「プロレスで日常生活のモヤモヤとか、いろんなものを昇華するタイプ」と評する。内に情念を秘め、彼女は少しずつ、少しずつ、ベルトとは無縁のアイドルレスラーではなくなっていった。

 2019年11月3日、DDT両国国技館大会において、渡辺未詩とのタッグ「白昼夢」として、沙希様&操のNEO美威獅鬼軍から勝利。自身初となるベルト「TOKYOプリンセスタッグ王座」を戴冠。そして2021年1月4日、後楽園ホール大会で坂崎ユカを下し、プリンセス・オブ・プリンセス王座を初戴冠した。

【極限状態の試合でゾーンに入った】

 同年2月、渡辺未詩を破ってV1。4月に伊藤麻希を破ってV2。しかし5月、山下実優に敗れてベルトを落とした。辰巳は「チャンピオンだからと背負いすぎていた」と当時を振り返る。

「団体の"顔"なので(東京女子プロレスに)恥はかかせられないし、興行の締めを任されることもあるので、とにかくしっかりしなきゃと。山下に負けて、気が抜けたじゃないですけど、気を張り過ぎていたんだと気づきました。そこで吹っ切れて、より自由に闘えるようになったかな、とも思います」

 ベルトを手にしたことで、大きく変わったこともある。"言葉"だ。チャンピオンとして、自分の発言でみんなを奮い立たせたいと思うようになった。

「なるべく他の選手と同じことは言いたくない。毎回『頑張るぞ!』じゃなくて、1試合1試合の意味を考えて発言するようになりました。あと、なるべくいろんな言葉を使いたいとずっと思ってます。難しいですけど」

 プロレスを始めてから、毎日が楽しかった。怪我をしても、ベルトが獲れなくても、やめたいと思ったことはなかった。しかし、2021年9月の欠場をきっかけに、突然電池が切れた状態に陥った。

 初めてのことで困惑したが、それまで突っ走ってきた辰巳にとって、自分を見つめ直す時間になった。このままやめるか続けるか、将来のことを自問自答した結果、復活したい欲が勝ち、今に至る。

「なるべくプロレスを長く続けたいと考えてはいるんですけど、私の場合は永遠に続けられるものではないと思っているので、1試合1試合を大事に闘っています」

 2022年に行なわれた2つの試合で、辰巳はこれまで味わったことがない感覚を味わうことになる。3月19日、両国国技館大会でのマジカルシュガーラビッツ(坂崎ユカ&瑞希)対白昼夢。そして、7月9日、大田区総合体育館大会での対中島翔子戦だ。

「どちらも負けたんですけど、ゾーンに入るような感覚を味わったんですよね。大きな会場でのタイトルマッチで、失敗できない状況。周りからの期待もあるし、プレッシャーもあるし、極限状態になって神経が研ぎ澄まされた。今はあの2試合を超えるべく闘っている感じです」

 プレッシャーに押し潰される選手も多い中、辰巳は違った。毎回、試合前には「もう2度と経験したくない」と焦るが、どこかでスイッチが入り、突き抜けるという。「メンタルが強いんですね」と筆者が言うと、「強くないとプロレスやれないです」と笑った。

【体は限界でも心は折れずに三冠達成】

 2023年2月21日、東京ドームで開催された武藤敬司引退興行で、8人タッグマッチ(坂崎ユカ、山下実優、中島翔子、辰巳リカvs瑞希、伊藤麻希、渡辺未詩、荒井優希)に出場。初の東京ドームだったが、旗揚げメンバーと組んだことで安心感が大きく、怖さはなかったという。しかし終わってみると、後悔が残った。

「大きい会場でファンに"届ける"ことの難しさを学びました。返ってくる反応の時差や、歓声のズレとかも感じた。"間"の難しさというんですかね。個人としてはインパクトを残せなかったですし、落ち込みました」

 逆に、個人として大きなインパクトを残したのが、白昼夢のタッグパートナー、渡辺未詩だ。得意のジャイアントスイングを炸裂させ、東京ドームを大いに沸かせた。

 渡辺はアイドル兼プロレスラーグループ『アップアップガールズ(プロレス)』のメンバーとして、2018年1月にプロレスデビュー。何もできないところからメキメキと成長していった彼女を、辰巳はパートナーとして頼もしく思っていた。しかし東京ドームでの活躍を見て、焦りを覚えた。嫉妬した。「闘ってみたい」と、思ってしまった。

「未詩は、パワーはもちろん、速さとかも、異次元の選手になってきていると思う。私のほうが先輩で、白昼夢を引っ張ろうと思ってやってきたのに、負けてしまう可能性もあるけれど......純粋に闘ってみたいと思っちゃったから、しょうがない。思い切りやり合うしかないかなって」

 3月18日、有明コロシアム大会。渡辺の保持する「インターナショナル・プリンセス王座」に挑戦。辰巳が言うように、渡辺は序盤から異次元の強さを見せつけた。しかし渡辺がジャイアントスイングを仕掛けると、辰巳は渡辺の首を絞めて阻止。「強さvsクレイジー」の名勝負が繰り広げられた。

結果は、辰巳が執念の勝利。辰巳は東京女子プロレスが認定する3王座全獲得の"グランドスラム"を初めて達成した。

「それこそ魂の闘いというか。体はほぼ限界だったんじゃないかと思います。それでもしがみついて離さなかったから勝てた。心が折れちゃったら本当に動けなくもなるけど、そこは折れなかったんだと思いますね」

 3月31日、米ロサンゼルス大会でビリー・スタークスを破り、V1。4月15日、後楽園ホール大会でバークビクセンを破り、V2。5月5日、後楽園ホール大会で鈴芽を破り、V3。着々と防衛を重ねる中、7月8日に大田区総合体育館大会にて、愛野ユキを相手に防衛戦を行なう。

「ユキも気持ちで闘う選手だと思うから、私も負けない気持ちでいきたい。そこから生まれる熱量が面白いものに膨れ上がったらいいなと。"インターナショナル・プリンセス"という名前なので、海外の選手とやる印象が強いかもしれないんですけど、だからこそ東京女子の所属選手同士で海外に名を轟かせるような試合をするのが、私のチャンピオンとしての使命でもあると思う。大事な一戦ですね」

 辰巳のポリシーは、「全身全霊」。

「手は抜きたくないって思います。かっこよく言えないんですけど。そりゃあ、かっこよく言いたいとかはあるんですけど、むしろかっこ悪いところもさらけ出す。全部さらけ出す。自分を作らずに」

 何度もタイトルに挑戦し、負け続けた。毎回、絶望を味わった。それでも自分を奮い立たせ、諦めずにやってきた。「ファンの人の応援があるから、折れずにやってこれた」と話す。

 辰巳リカを見ていると、プロレスも、人生も、最後は気持ちだなと思う。生まれ持った体格や身体能力がずば抜けて優れているわけではない。飛び抜けたセンスや才能があるわけでもない。しかし、ほとんどの人間がそうだと思うのだ。普通に生まれて、普通に生きて、何者かになりたくて、なれなくて。それでも気持ちさえあれば、勝つことができる。強くなれる。

「プロレスを長く続けて、今はもうプロレスのない人生は考えられない。本当に出会えてよかったと思います。いろんな経験をして、ようやく自由になれたというか。背負いすぎず、好きなようにやれています。大器晩成ですね」

 コツコツと、コツコツと。折れずにいれば、誰でもいつか花開くことができる。辰巳リカというプロレスラーが、人生を賭けて証明してくれる。

【プロフィール】

●辰巳リカ(たつみ・りか)

1991年9月27日、長野県生まれ。2013年、エンターテイメントグループ『DPG』の初期メンバーとして活動する中、プロレスと出会う。2014年1月28日、渋谷エンタメステージにて、対中島翔子戦でデビュー。2019年11月3日、渡辺未詩とのタッグ「白昼夢」として、沙希様&操のNEO美威獅鬼軍を下し、「TOKYOプリンセスタッグ王座」を戴冠。2021年1月4日、坂崎ユカを下し、「プリンセス・オブ・プリンセス王座」を戴冠。2023年3月18日、有明コロシアム大会において、渡辺未詩を下し、「インターナショナル・プリンセス王座」を戴冠。東京女子プロレス初となる"グランドスラム"を達成した。163cm。Twitter:@doratles