MotoGPの2023年シーズン前半戦は、ドゥカティ陣営の圧倒的な優勢で推移した。 チャンピオンライダーのフランチェスコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)を擁し、2022年に三冠(ライダー・チーム・コンストラクター)制覇…

 MotoGPの2023年シーズン前半戦は、ドゥカティ陣営の圧倒的な優勢で推移した。

 チャンピオンライダーのフランチェスコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)を擁し、2022年に三冠(ライダー・チーム・コンストラクター)制覇を達成したドゥカティは、今季も昨年同様の4チーム8台体制という強力な布陣を敷いている。

 今シーズンからは土曜午後に決勝レースの半分の距離で争うスプリントが導入され、1回の大会につき土曜と日曜の計2レースが行なわれるようになったが、ここまでの8戦16レースでは、いつもドゥカティ陣営の誰かが必ず表彰台を獲得している。16レース全48表彰台のうち34回の登壇で、占拠率で見ればじつに70パーセントにもなる。


ホンダの

「エース」マルク・マルケスも調子は上がらず

【ヤマハの2021年王者も大苦戦】

 対照的に、かつてないほどの苦戦を強いられているのが、ホンダとヤマハの日本メーカー勢だ。

 ホンダは、陣営を牽引するライダーのマルク・マルケス(Repsol Honda Team)が2020年に右上腕を骨折。翌年の復活以降も数回にわたる手術と欠場を繰り返し、それ以来どうにも陣営全体の歯車が噛み合わない状態が続いている。

 ヤマハも、2021年チャンピオンのファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)が、卓越した能力を存分に発揮できないレースが続き、トップ争いから大きく引き離される状態が続いている。

 上に記したここまでの48表彰台のうち、ホンダライダーの登壇は3回、ヤマハはわずか2回。ドゥカティが4チーム8台の布陣であるのに対して、ホンダは2チーム4台、ヤマハはファクトリーの1チーム2台という少人数体制とはいえ、それにしてもこの結果の乏しさは、惨状、という厳しい言葉を使わざるをえない。

 振り返れば、昨年もドゥカティが強さを発揮したシーズンだったのは冒頭にも述べたとおりだ。

 しかし、それでもホンダとヤマハはそれぞれ2チーム4台を擁し、スズキのファクトリーチーム2台とあわせて計10台の日本製バイクがグリッドに並んでいた。しかも、スズキが終盤2レースで優勝して大いに存在感を発揮し、ヤマハのクアルタラロも何度も優勝や表彰台に登壇していたため、今年のような目を覆いたくなる状況ではなかった。



ヤマハのファビオ・クアルタラロは前半戦ランキング9位

【スズキの株主総会で社長が...】

 ヤマハは2022年までファクトリーとサテライトの2チームが存在したが、今年はサテライトが欧州メーカーのアプリリアへ鞍替えしたため、ヤマハにとっておそらくグランプリ史上初のファクトリー1チームのみという体制になった。さらに、スズキが昨年限りでグランプリから撤退したことにより、日本メーカーの勢力が縮小したイメージはさらに強くなった。

 今年の2月に行なわれたマレーシアテストや開幕戦のポルトガルで、ピットレーンを歩いてMotoGPクラス各チームのガレージをひとわたり眺めてみた時、ドゥカティをはじめとする欧州メーカー勢のチームがずらりと居並んで威容を見せていたのに対し、ホンダとヤマハはまるで片隅に小さく間借りしているかのようで、存在感はごく薄く小さいものになっていた。

 3メーカー5チームから2メーカー3チームになるとこんなに印象が変わるのか、と驚くほどで、かつてホンダ系のチームがいくつもガレージを並べ、ヤマハのピット前にはバレンティーノ・ロッシの姿を撮影しようとするフォトグラファーたちで黒山の人だかりができていた時代を思い起こせば、さらに隔世の感があった。

 前半戦8戦を終えた現在の戦況を見ると、コンストラクターズランキングはドゥカティ、KTM、アプリリア、ホンダ、ヤマハの順。チームランキングはドゥカティ勢が上位トップ3を占めるのに対し、ヤマハのファクトリーチームは首位からダブルスコア以上の差を開かれた6番手、ホンダのファクトリーチームは最下位の11番手、という状態である。

 一方、昨年限りでMotoGPから撤退したスズキはというと、第8戦オランダGPの走行が始まった6月23日(金)に株主総会を開催した。

 日経新聞によると、その際に株主からレース復帰の可能性を問われた鈴木俊宏社長は「まだ決めたわけではないが、レースで新しい技術開発ができるのであれば参戦することに取り組みたい」「復活するにしても、しっかりと腹を据えてやることが重要だと思っている」と述べたという。

【ホンダF1復帰も大人の事情?】

 簡単な要約記事なので、そこに切り出されている社長発言の真意はよくわからない。株主の質問を全否定するのではなく、あくまで「可能性はゼロではない」という程度の社交辞令的回答とも考えられる。

 ただ、そうであったとしても、20世紀から連綿と続いてきた伝統ある社内のレースグループを解体し、長年培ってきた自分たちのレース文化を投げ捨ててスズキのレース活動に関わってきた多くの人々の人生を翻弄したことを考えると、この発言はあまりに言葉が軽いという印象がある。

 言葉が軽いということでいえば、ホンダが5月末に発表したF1復活も、あくまで個人的感想だが、苦笑に近い印象を抱いた。数年前には二度とF1には復帰しない、と大見得を切って撤退しておきながら、その後も活動継続というべきかどうか微妙な立ち位置で関わり続けた結果、今回、大々的な参戦復帰宣言をしたこと自体については、きっとその背後には様々な大人の事情があるのだろう。また、企業活動の方針転換はそれくらいの臆面のなさでむしろちょうどいいのかもしれない、とも思う。

 ただ、レギュレーションが変わってカーボンニュートラルの研究開発に役立つから参戦する、という理由づけからは、モータースポーツの「スポーツ」という部分(文化)に対する敬意をいまひとつ感じにくい。

 もちろんモータースポーツは自動車産業の研究開発と深く関連しているので、企業の参入動機に功利主義的なインセンティブが強く働くことを否定はしない。けれども、「それならば功利的な理由で潮目が変われば、きっとまたあっさり撤退するのでしょうね」という揶揄にはどう答えるのだろう。

 選手たちが勝敗を競いあう戦いである以上、その競技に対する愛情やレースに勝ちたいという強い願いを、たとえ大義名分や優等生的な建前であったとしても、もっと前面に押し出すくらいの志(こころざし)を打ち出してもよかったのではないか。

 それにそもそも、企業姿勢としてそんなに出たり入ったりを何度も繰り返していて(撤退後もPUの技術サポートを継続しているという、ヌエのような理屈はあったとしてもだ)、ずっとそこで戦い続けてきた人々を相手に勝てるものなのだろうか。とはいえ、これはあくまでF1の事情をよくわかっていない、門外漢の雑感にすぎないのだけれども。



今季の表彰台はドゥカティの占拠が続く

【日本企業の凋落は続くのか】

 閑話休題。

 MotoGPのホンダとヤマハの話題に戻すと、あまりの勝てなさに、ここ数戦では選手たちの陣営離脱も今後の可能性として囁かれるようになった。また、両メーカーのマシンが欧州勢のドゥカティやKTM、アプリリアから大きく後塵を拝している現状を改善するために、両メーカーヘ対してコンセッション(技術規則の制限を緩めて優遇する措置)を適用する可能性まで取り沙汰されるようになった。

 このコンセッションは本来、新たにMotoGPに参入してきたメーカーが古参陣営と早く競えるようにするための戦闘力向上を図る措置だ。いわば「様々な面で不利なニューカマーに下駄を履かせて、技術的な有利不利の差を縮めよう」という考え方のルールを、「平等な条件下で競いあってきたにもかかわらず、技術力の差でマシン開発に立ち後れている」古参陣営へ適用することが果たして妥当なのかどうかは、当事者や第三者を含む慎重な議論が別途必要になるだろう。

 それにしても、どうしてホンダとヤマハがここまで勝てなくなってしまったのか。そこには様々な要因が複雑に絡み合っているのだろうし、その原因を究明できていれば、そもそも今のように大きな欧州勢との戦闘力差は開いていないだろう。

 たとえば、新型コロナウイルス感染症の蔓延以降、日本と欧州の間にはロジスティクスや技術者の物理的移動を含む様々な障壁ができたため、それで欧州メーカーとの差が広がっていった、という説明はいかにももっともらしく聞こえる。

 だが、それならばパンデミック真っ只中の2020年にスズキのジョアン・ミルがタイトルを獲得し、翌2021年にはヤマハのクアルタラロが王座に就いたことの説明がつかない。さらに言えば、もしも今年もスズキが参戦を継続していれば、日本企業勢が現在のような壊滅状態に見えていたのかどうかもわからない(そうであったのかもしれないし、そうではなかったかもしれない)。

 ホンダとヤマハのかつてないほどのこの苦戦は、あくまでMotoGPの世界の、この2社に固有の現象なのか。それとも、様々な産業の世界市場で近年凋落傾向が著しいといわれる日本企業勢に通底する問題の何かが、二輪ロードレースの世界最高峰の場で現象として象徴的に顕在化しているのか。

 5週間のサマーブレイクを経て8月にシーズン後半戦が再開すれば、このまま負け続けるにしても復調の兆しを見せるにしても、今よりはもう少し実相を掴みやすくなるだろう。