「走れるチームになった」 対戦した選手たちはそう洩らしている。今シーズンのセレッソ大阪は、確実に変化した。 今季から新たに就任したユン・ジョンファン監督の指令が徹底されているのだろう。出足の鋭いプレスや球際の粘り強さ。サガン鳥栖で走力と…

「走れるチームになった」

 対戦した選手たちはそう洩らしている。今シーズンのセレッソ大阪は、確実に変化した。

 今季から新たに就任したユン・ジョンファン監督の指令が徹底されているのだろう。出足の鋭いプレスや球際の粘り強さ。サガン鳥栖で走力と闘争心をベースに戦えるチームを作った韓国人指揮官は、セレッソの選手の意識も変革させつつある。



首位に立つセレッソ大阪を今季から率いるユン・ジョンファン監督

「自分がこのチームに呼んでもらったのは、ひたむきさというか、愚直に90分間戦えるところだと思っているので。そこは伝えていければいいなと思っています」

 水沼宏太はシーズン開幕直前、セレッソ大阪入団の決意を明かしていた。サガン鳥栖ではユン・ジョンファン監督のもとで主力として戦っているだけに、「ユンイズム」を伝播するのに一役買った。

「セレッソの選手は基本的に真面目だからプレスには行くんです。でも、切り替えのところはまだ緩慢なところがあった。そこはかなり鍛えられている感じがあって、手応えはありますね」

 その予感は現実となりつつある。セレッソはリーグ前半戦を2位で折り返している。上位は混戦模様で、先は見えない。ただ、 昨シーズンはJ2だったチームは瞠目(どうもくに値する戦いを披露している。

 7月8日、キンチョウスタジアム。J1リーグ第17節、セレッソは3位柏レイソルを迎えている。時折、風がそよぐが、蒸すような熱気が立ち上る。選手はウォームアップから汗だくになった。

「前半は自分たちのペースで入って、先制することができた」(柏の下平隆宏監督)

 暑さが体力を奪う消耗戦、まずイニシアチブをとったのは柏だった。ボールを握る力で上回ったのもあるが、守備戦術が的中していた。

「センターバック2人と『2トップ(杉本健勇、山村和也)にボールを入れさせないように』と話していました。2トップは明らかにイライラしていましたね。ボランチとの距離も遠かったので」(柏のMF・大谷秀和)

 セレッソは前線が「殲滅(せんめつ)」されて孤立。鋭いプレスから左サイドで柿谷曜一朗が個人技で持ち込む場面もあったが、攻撃は単発に終わる。主導権を握れない。

 そして前半41分、柿谷、ソウザとつないで無理にこじ開けようとしたパスをインターセプトされ、攻守が入れ替わる形でカウンターを浴びる。右に張り出したクリスチアーノへの寄せは甘く、アーリークロスに対してもマーキングで後手を踏み、大外から入った武富孝介にダイビングヘッドで叩き込まれた。集団と個人のミスが重なった失点だった。

 かつてのセレッソは、ここで瓦解するひ弱さがあったが、この日は後半になると変わった姿を見せる。

「諦めずに戦うメンタリティが育ってきている」

 そう明かしたのは、今シーズンからセレッソを率いるユン監督である。

「選手たちは意欲的で、勝負にこだわっている。負けないぞ、と最後の最後まで走れるようになった。それがうまく(プレーと)調和しつつある」

 61分だった。右CKから一度クリアしたボールがソウザに当たってこぼれ、これを拾った杉本が左足で流し込んだ。

 特筆すべきはゴール直前のプレーだろう。セレッソは相手の攻撃を自陣に誘い込みながら集中を切らさず、大津祐樹が中央に入れようとしたパスを巧妙にカット。守から攻への切り替えは速かった。一気に右サイドにボールを流し込んでから素早くクロスを折り返し、それがクリアされてCKになっていた。

 そして70分にも、切り替えの強度で違いを見せる。敵陣内で左サイド五分五分のボールに選手が次々と挑む。相手がいくらか不用意に縦パスを入れてきたところをしたたかに奪い返すと、山口蛍が左足で右サイドに大きく展開。長い距離を走っていた水沼がこれをフリーで受け、精度の高いクロスを折り返す。労力を惜しまず抜け目なくゴール前に詰めたソウザが右足インサイドで合わせ、逆転弾を放り込んだ。

「クロスの機会は忍耐強くずっと狙っていました。蛍はやっぱり散らせるんで、いいパスが来ましたね。(ゴール前を見たときに)ソウザが(下がり目に)見えて、相手のセンターバックは下がると思っていたんで」

 この日、殊勲者になった水沼は語った。クロスの精度はリーグ屈指。両チームを通じて最も長い距離を走り、セレッソの新しい色を体現した。走った上で、スキルを出せるか。そこにユンイズムの特色はある。

 ひとつ言えるのは、選手たちがユン監督のマネジメントによって、個性を引き出されている点だろう。

 例えばロンドン五輪代表の山村は適性の合うポジションがずっと見つからなかったが、今や前線で存在感を示している。伸び悩んでいた杉本、FC東京で不遇をかこっていた水沼も同じことが言える。また、澤上竜二は技術的にはまだ粗い選手だが、跳躍力と走力を武器に、試合の強度を高める、あるいはクローズする場面で大きく貢献している。

 結果的に、チームの総合力が向上した。

 終盤、セレッソはFWの山村をDFに下げ、5バックで「籠城戦」を敢行。消耗戦でしぶとさを見せつける。そして2-1のまま守りきった。

「選手たちは最後まで勝つためにプレーし続けてくれました。上を目指して戦っていることが、いい結果を上げる要因になっています」

 ユン監督はそう言って選手を労(ねぎら)いながらも、勝って兜の緒を締めた。

「先制されて諦めずに逆転したことは評価すべきですが、この展開そのものは修正しなければなりません。この癖がつくとよくない。これから暑い天気での試合が続く中、(逆転するのに)2倍の力が要りますから」

 セレッソはこの勝利で鹿島を抜き、首位に立った。優勝を云々するのはまだ早いが、習性になっていた惰弱(だじゃく)さは消えた。

「もっと奮闘し、油断をなくす。1試合1試合、力を尽くしたい」

 そう語るユン・セレッソの物語は、まだ序章である。