試合後、さほど時間を置かず会見場に現れるのは、錦織圭には珍しいことだった。 単なるスケジュールの都合か、あるいは、敗戦のショックがそうさせたのか……。ミスショットを連発して自身に苛立ちを見せる錦織圭「どのセット…

 試合後、さほど時間を置かず会見場に現れるのは、錦織圭には珍しいことだった。

 単なるスケジュールの都合か、あるいは、敗戦のショックがそうさせたのか……。



ミスショットを連発して自身に苛立ちを見せる錦織圭

「どのセットもブレークポイントがあったなかで、なかなか最後まで取り切れなくて。それが一番、ストレスが溜まる戦いの原因になった」

 勝敗を分けたそのカギを、錦織は淡々と振り返る。試合を通じて11本あったブレークポイントのうち、実際にブレークできたのはわずかに2本。それが最大の敗因であることは、本人が誰よりもわかっている。

「大切なときほど、いいプレーができた。ピンチのときも冷静で、すごく集中していた」

 対するロベルト・バウティスタ・アグート(スペイン)も、勝因をその点に求める。バウティスタ・アグートは錦織が過去4連勝している相手ではあるが、うち3つはクレーコートで、ひとつはハードコートでの対戦。芝で戦うのは、今回が初めてであった。

 今大会で第18シードにつけるバウティスタ・アグートは、スペインの選手なだけにクレーが得意かと思われがちだが、キャリア通算5つのタイトルの内訳は「芝1」「クレー1」「ハード3」。しかも初タイトルが芝であり、このコートには自信と相性のよさも感じていた。

「確かに圭には4回負けているけれど、芝が一番、チャンスがあると思っていた」

 26歳でブレークのときを迎えた、やや遅咲きの29歳は言う。

「僕のテニスは、回転をかけないフラットなショットが主軸。そのショットで、ベースラインからの打ち合いに持ち込もうと思っていた。ディフェンスなら、僕のほうがいいという自信もあった」

 過去全敗の相手に勝つイメージを抱きながら、バウティスタ・アグートはコートに向かっていた。

 もっともそのような相手のプレーは、ある程度は錦織の想定の範疇(はんちゅう)だったはずだ。

「ハレ大会でも見ていたけれど、芝でもすごくうまくプレーしている。バックも安定しているし、ミスが少ない」

 対戦を控えた2回戦後の会見でも、錦織はそう言って相手を警戒した。

 ただひとつ、やや想定外があったとすれば、「展開要素はそれほど多くはない」と思っていた相手が、ドロップショットやネットプレーなどで揺さぶりをかけてきたことだろうか。あるいはフラットで打ち抜く速いフォアでの攻撃は、錦織の想像以上に攻撃的で、攻略が困難だったかもしれない。

「フラットで低いボールを打ってくるので、それがなかなか攻めにくかった。特にフォアは強烈で、ディフェンスの場面が多くなってしまった」

 ブレークを許した第1セットの第10ゲームでも、そのような場面は多く見られる。少しでも錦織のボールが浅くなると、バウティスタ・アグートは先んじてフォアでコーナーに打ち分け、錦織を走らせた。深く低く刺さる相手のボールを持ち上げきれずに、錦織の返球の多くはネットにかかる。第1セットは、終盤で抜け出したバウティスタ・アグートに奪われた。

 それでも第2セットを迎えたとき、多くの日本人ファンで埋められた第3コートの空気に、まださほどの逼迫(ひっぱく)感はなかった。第1セットを落としたとはいえ、錦織のプレーは悪くない。ブレークのチャンスでも上回った。相手のプレーに慣れ、攻略法を見出せば、いずれ錦織が主導権を握るだろう……そのような思いが、見ている者にもあったはずだ。

 現に第2セットに入ると、錦織は早々にチャンスを掴む。最初のゲームではリターンから攻めて2度、第5ゲームでも会心のバックのパッシングショットを決めるなどして、2度のブレークポイントを得た。しかしその度に、時に錦織の身体の正面へと打ち込んでくる攻撃的なサーブの前に機を逃す。その後は、互いにサービスゲームの精度を高めるなかで、タイブレークの末にバウティスタ・アグートが第2セットも連取。この時点で精神的に、相手がかなり優位に立った。

 第3セットは、錦織が終盤でようやくブレークして奪うと、第4セットも錦織が第1ゲームを奪取。この時点で、錦織が自信と流れを手にしたかに思われたが、本人には「相手もいいプレーをしている。簡単に第4セットを取れるとはいかない」との思いがあったという。もっとも、そのような「最悪の状況にも備える考え方」は、錦織がいつもしてきたことだ。それが、危機に面しても切り抜けられる錦織の、勝負強さを支えてきた要因でもある。

 しかし、物事がうまく回らないときには、その思考法の”負の側面”が表層化しやすいのだろうか。

 ブレークバックを許して迎えた第8ゲーム――。30−0とリードしたにもかかわらず、2本ともに「ファーストサーブが入っていない」ことが、錦織の心に不安要素として差し込んだ。その次もファーストサーブは入らず、そこからは2本連続でダブルフォルト……。この嫌な兆しはそのまま、敗戦へと流れ込んだ。

「大切なポイントを取り切れない」

 それは今日の試合に限らず、今季の錦織がずっと抱えてきた課題であり、拭いきれぬもどかしさの種である。

「それが自分のプレーの仕方なのか、気持ちの持ちようなのか。いろいろと原因はあると思いますが……。少しずつ自信がついてくれば、プレーも変わってくると思う」

 大きな勝利とそれに伴う自信が、再浮上のきっかけになる――そう信じて、進むしかない。