横浜高校のコーチ、野球部長として、教え子たちを甲子園の春夏連覇をはじめとする数々の栄光に導いてきた小倉清一郎氏。いまはフリーな立場から各地でアマチュア野球指導を行なっているが、もちろん高校野球への目配りも欠かしてはいない。そんな小倉氏…

 横浜高校のコーチ、野球部長として、教え子たちを甲子園の春夏連覇をはじめとする数々の栄光に導いてきた小倉清一郎氏。いまはフリーな立場から各地でアマチュア野球指導を行なっているが、もちろん高校野球への目配りも欠かしてはいない。そんな小倉氏に、今夏の主役のひとりとして注目される早稲田実業の清宮幸太郎について、過去のスラッガーとも比較しながら評価を聞いてみた。



2009年のドラフトで横浜(現DeNA)に1位指名された筒香嘉智。右は小倉部長

──小倉さんといえば、他校を徹底的に分析する「小倉メモ」が有名ですが、対戦するチームの戦力を見るとき、どこに注目しますか。

小倉 やっぱり、ピッチャーですね。140キロのストレートを投げるピッチャーでも、伸びがなければそんなに怖くない。133、134キロでも空振りをとれる球があれば警戒する。どういう決め球があるのか、どういう配球パターンを持っているのか、そのあたりをチェックして、「このピッチャーはなかなか手ごわい」とか「これなら、ひと回りすれば攻略できる」などと判断します。

──過去に対戦したなかで、攻略するのが難しかったピッチャーはいますか。

小倉 松坂大輔のとき(1998年)、日大藤沢にいた館山昌平(東京ヤクルトスワローズ)、鹿児島実業の杉内俊哉(読売ジャイアンツ)のことはよく覚えています。最近だと、桐光学園の松井裕樹(東北楽天イーグルス)はやっかいでしたね。松井が2年生のとき、あそこにはいいキャッチャーがいて、ワンバウンドになる縦スラを全部捕ってたんだけど、3年になったときにはキャッチャーがその球を捕れないもんだから、投げられなくなっちゃった。ピッチャーだけではなくて、バッテリーでセットとして見ます。

──松井攻略のために、どのようなことをしましたか。

小倉 松井の投球には打てる球と打てない球があるんですが、打てない球はいくら頑張っても打てない。打てる球は何かといえば、まっすぐです。あの縦スラを「きれいに打て」なんてことは高校生に要求できません。縦スラがひざのところに来たら全部ボールになるから「見逃せ、振るなよ」と指示しました。でも、ツーストライクになったら振らないといけないから、「バットを立ててファウルにしろ」と言いましたね。実際に、そのための練習もしました。

──神奈川大会ではありませんが、今年は3年生になった早稲田実業の清宮幸太郎が最後の夏ということで、注目が集まっています。清宮攻略法はありますか。

小倉 あれだけホームランを打つというのはスイングスピードが速い証拠。以前は左の手が強すぎて、ラインドライブがかかる打球が多かったんだけど、だいぶ右手をうまく使って打てるようになってきたから、打球が伸びています。そこに成長の跡が見えます。

──左ピッチャーのアウトコースに逃げるスライダーが打てないという声もあります。

小倉 そんな球は誰も打てません(笑)。問題は、それを振るか、振らないか。そういう球は振っても当たらないし、当たってもボテボテになる。どうやっても打てないんです。もし、追い込まれてアウトコースに逃げるスライダーがきたときには、右手を使って打てばいい。そうすれば、ファウルで逃げられます。

──もし清宮と対戦するならば、バッテリーにはどんな指示を出しますか。

小倉 対角線を攻めるしかないです。インコースの高めと、アウトコースの低め。それを徹底できるかどうか。

──それがわかっていても、対戦するピッチャーが吸い寄せられるように絶好球を投げてしまうようです。

小倉 それが、いまの時代ですね。昔はベンチから「歩かせろ」と言えば、フォアボールにしたもんだけど、いまの高校生は勝負しますから。うしろに4番の野村大樹(2年)がいるのも大きい。彼は、春に見たときには引っ張りにかかっていたんだけど、いまは素直なバッティングをするようになりました。あのふたりは本当にやっかいです。清宮も、各駅停車くらいの足はあるから、簡単には歩かせられない。

──清宮に打順が回ると球場の空気が変わります。観客の期待に応えるバッティングを見せてくれます。

小倉 スーパースターというのは、そうなるんでしょうね。困ったときには歩かせるしかない。試合に勝つためには、対角線を徹底して攻めて、ボール球を見極められたら、フォアボールで仕方がない。そういうバッターです。

──高校時代の松井秀喜、筒香嘉智、そして清宮を比較したら、誰を一番評価しますか。

小倉 3人を比較したら、松井が一番です。清宮は、まだ本当にいいピッチャーと当たっていないから判断が難しい。まだ筒香のほうがいいピッチャーと対戦していますから。

 筒香は横浜高校時代、故障があって、50試合くらいに欠場しています。当時はライトに打球を引っ張れなかったし、センターに打球が飛ぶことが多くて、なかなかホームランにならなかった。ライナー性の打球も多かったしね。もし故障せず、ライトに引っ張ることができていれば、清宮と同じくらいのホームランを打っていたんじゃないかなと思う。筒香と清宮は五分五分かな。  

──清宮は大学進学も噂されていますが、高校卒業後、すぐにプロ入りしたほうがいいと思いますか。

小倉 即プロに行かなきゃダメです。技術的な指導が全然違うので、大学に行ったら回り道になります。すぐプロに行ったとしても、一軍に出るようなるにはどうしても時間がかかります。中田翔(北海道日本ハムファイターズ)もそうだったけど、プロ野球はそんなに甘いもんじゃないですから。

小倉清一郎(おぐら きよいちろう)

1944年、神奈川県横浜市生まれ。77年から横浜高校野球部監督、78年から横浜商業コーチ。90年から2014年まで、横浜高校のコーチ、部長を歴任。独自のメソッドと徹底した分析力で松坂大輔、涌井秀章、筒香嘉智らを育てた。甲子園出場春夏通算32回、うち優勝3回。著書に『参謀の甲子園 横浜高校 常勝の「虎の巻」』(講談社+α文庫)など。