錦織圭の長い試練がようやく終わるかもしれない。

左股関節の出術から、リハビリ期間中の捻挫、「引退」の2文字をかき消しながら見続けた未来への光。1年8カ月ぶりに挑んだ復帰戦でハイレベルなプレーを見せ、見事復活優勝を成し遂げた。これぞ待ちに待ったスーパースターの帰還だ。

◆【実際の映像】スーパースター復活 日本のエース錦織圭、優勝ハイライト

■長期離脱してたとは思えないほどの仕上がり

選手にとっては試合を出来ない日々ほど苦難なことはない。何度も復帰を延期した複雑なシチュエーションから、大きな不安が襲い掛かる瞬間もあっただろう。その期間を乗り越え立った舞台。飛んできたボールに踏み込み、振りかざした最初の一打はフォアハンドでのリターンエースだった。

細かなステップから生まれるクリーンショットの連続にプラン通りに決まるドロップショット。サイドラインの内側から流すようなバックハンドの逆クロスを起点に、“エアーK”とみなが憧れるフォアハンドで相手を散らしきる。キレのある動きは復帰戦ということを忘れさせてくれるほどだ。そして、うなるフォアハンドがまた、2014年の全米準優勝の軌跡を彷彿させた。「このプレーはいつまで続くか」という問いかけに、錦織は5試合連続の白星という結果で返答。それほどこの1週間で見せたプレーは錦織の未来を明るくさせた。

復帰戦に選んだカリビアン・オープンはATPツアー下部大会であるチャレンジャー大会だ。主にITFツアーから上がってきた選手にとってはATPツアーに移行できるかの正念場となるステージでもある。またATPツアーのメンバーでも、試合数をこなすことや自信を取り戻す為に活用する場だと言ってもいい。出場者リストは大会によって異なるが、ランキング50位から400位くらいまでの選手が自身にとって様々な意味合いを投じ、激しくぶつかり合う。

今回の決勝相手となった19歳のマイケル・ジャンは、昨年ウィンブルドンJr準優勝のキャリアからコロンビア大学で活躍を続けている若手選手。対戦当時、ランキングこそ1118位の予選上がりではあったが、決勝セカンドセット後半でみせたオンラインへの応酬は見事なものだった。またそのジャンを相手に、どんな時も徹底した攻めの姿勢を見せた錦織は、やはり世界の極みを知る者だからこそ。セカンドセットで5-2から5-5まで挽回されたことにも「最後は危なかったけど、慣れた展開だったので、自分のテニスを思い出しながら攻めることを意識し、締めることができた」と試合後に話した。

2014年、全米オープンでの活躍が光った錦織圭 (C)Getty Images

ジャンにとっては、その勝負所での揺るがぬ錦織こそ脅威だっただろう。緊迫した場面で垣間見える僅かな余裕に、2年近くもツアーを離れていた復帰選手というよりは、元世界4位のキャリアの凄みを感じさせられたのかもしれない。

■復帰の第一歩は史上初の記録から

ノーランクからのチャレンジャー大会優勝は史上初となり、先日発表された最新ランキングでは492位へとランクイン。2019年1月以来の優勝を飾った錦織が、次に向かうのは7月3日から北米ミシガン州で開催されるクランブルック・テニス・クラシックだ。

更に翌週にはシカゴ男子チャレンジャーにエントリーしている。早ければ、アトランタとワシントンD.Cで開催されるツアーレベルに復帰することを望み、ワイルドカード(主催者推薦枠)を申請中。8月28日から始まる全米オープン出場への道を見つける旅となりそうだ。

待ちに待ったスーパースターの帰還は、素晴らしい旅路の始まりとなった。

プロテニスプレイヤー錦織圭の最新章は多くの希望に満ちている。

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著者プロフィール

久見香奈恵●元プロ・テニス・プレーヤー、日本テニス協会 広報委員

1987年京都府生まれ。10歳の時からテニスを始め、13歳でRSK全国選抜ジュニアテニス大会で全国初優勝を果たし、ワールドジュニア日本代表U14に選出される。園田学園高等学校を卒業後、2005年にプロ入り。国内外のプロツアーでITFシングルス3勝、ダブルス10勝、WTAダブルス1勝のタイトルを持つ。2015年には全日本選手権ダブルスで優勝し国内タイトルを獲得。2017年に現役を引退し、現在はテニス普及活動に尽力。22年よりアメリカ在住、国外から世界のテニス動向を届ける。

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