今や欧州の各リーグでプレーする日本人選手は決して珍しくなくなった。マンチェスター・ユナイテッドやミラン、インテルといった名門クラブに在籍した選手もいるし、逆に日本ではプロになれず、それでもプレーすることを目指して異国に渡り、アマチュア…

 今や欧州の各リーグでプレーする日本人選手は決して珍しくなくなった。マンチェスター・ユナイテッドやミラン、インテルといった名門クラブに在籍した選手もいるし、逆に日本ではプロになれず、それでもプレーすることを目指して異国に渡り、アマチュアレベルからチャレンジする選手も多くいる。この夏、日本代表に選ばれた加藤恒平(ベロエ・スタラ・ザゴラ/ブルガリア)も、日本でプロとしてプレーした期間は1年にも満たないが、海外で経験を積むことによって大きな成長を遂げた。

 ひるがえって、指導者のほうはどうか。話は選手ほど簡単ではない。海外で本格的に指導実績を積むことで得られるものは多いだろうが、結果が出るまでに時間がかかりすぎる。かといって短期の研修では得られるものが限られる難しさがある。



アンデルレヒト(ベルギー)に1年間、派遣されている坪倉進弥氏

 そこで2017年、日本サッカー協会とJリーグによる育成年代の強化を目的とした協働プログラム(JJP)は、国外への指導者の派遣を始めた。派遣期間は1年間。現役の指導者たちにとっては比較的長い期間、海外のクラブで研修を積むことができる。

 その第1弾としてRSCアンデルレヒト(ベルギー)に派遣されたのが、横浜F・マリノスのジュニアユースを20年間にわたり指導してきた坪倉進弥氏だ。自身もマリノスジュニアユース出身で、ユースを経て法政大学に進学。中退後に古巣での指導を始めた、マリノスの生え抜きである。これまで栗原勇蔵、石川直宏、田中隼磨、齊藤学、小野裕二ら、多くのプロ選手、日本代表選手も輩出してきた実績ある指導者が、現地で何にトライし、何を感じているのか。ちょうど研修期間の前半が終了する直前に話を聞いた。

――まず、坪倉さんがこのプログラムの第1弾として派遣されることになった理由を教えていただけますか?

「僕は若いころからマリノスのジュニアユースで20年間、指導をしてきました。だから現状の日本の育成年代のいいことだけでなく課題や、ここまでの流れ、積み重ねを含めて理解しているだろう、と。そういう物差しを持っていることを前提に、アンデルレヒトでいろいろ学んだ上で、僕自身の日本での経験とミックスして、日本にどう還元していくかに期待している、と言われました。例えば現役を終えたばかりの若い指導者が、フィーリングとしてのよさを感じて持ち帰るのではなく、日本で長くやってきた分、現状を踏まえて海外の状況を捉えられる。もちろん僕はパーフェクトじゃないし、知らないことはいっぱいありますが、全国大会やJリーグ選抜U-15の監督(2014年にブラジル遠征)などで多くの選手を見てきた経験があるので、15歳前後の現状を把握しているから、ということも言われました」

――日本に戻ってから、それを実践できるというのも大きいのですね。

「そうですね。JJPの担当者からは、『アンデルレヒトで学んだことをJリーグ全体に伝え、マリノスでも活用してください。いい方向に変えられるようにあなたが中心になってやってください』と言われました。マリノスも前向きに理解し、賛同して送り出してくれました。学んだことでいいなと思うことがあったら、それについて指導者対象の講習会を開くだけではなくて、実行する場がある。育成の一指導者として、ユースダイレクターなどクラブ全体と連携をとってトライする場が僕にはあります。マリノスで実行に移して結果が出たら、他のクラブも参考にしたり、工夫したりするだろう。そういうところにも期待をされているようです」

――ベルギーに渡ってここまでの約4カ月間、いかがでしたか?

「JJP担当者がこの話をアンデルレヒトに提案したときに、協力するのはもちろんのこと、さらに『日本のエッセンスも取り入れたい』と言ってくれたそうです。キンダーマンスさんというアンデルレヒトのユースダイレクターは、日本の16~18歳にすごく興味を持っているそうです。ちょうど僕が来た頃にU-17日本対ベルギーの試合をスペインまで見に行って、試合中やハーフタイムに印象に残った日本人選手についてメールを送ってくるので、『あのくらいのレベルの選手はいっぱいいるよ』と返したりしていました。

 アンデルレヒトは日本人への評価がとても高いんです。ヘントの久保裕也も高く評価していて『ツボ、どうして久保裕也を連れてこなかったんだ』と冗談で言われるんです(笑)。これはベルギーのお国柄なのか、それともこのクラブのカラーなのか、なんでも取り入れようとする雰囲気を、ユースダイレクターからも感じるし、クラブからも感じます。

 あるときU-13のコーチから『こういった練習をやりたいんだけど、あなたはどう思う?』と聞かれたんです。最初はちょっと遠慮しようかなと思いつつも、『僕だったらこうするよ、テーマがこれなら、ピッチサイズを広げて……」とか、提案したんです。そうしたら実際、最初はそのコーチが考えたサイズでやっていたんですけど、しっくりこなくて、結局、僕の意見をあっさり取り入れてピッチサイズを変えてやっていました。そうしたら本人的にも納得したみたいで、『ありがとう、明日も頼むな』と。いや、そんな期待しないで、と(笑)」

――坪倉さんにも、これまで指導してきた実績もありますしね。

「それはそうですけど、そういうことって、外部から研修に来ているコーチに普通は聞けないものだし、あちらにもプライドがありますから、聞いたとしてもなかなか実行できないものです。プライドは持ちながらも、それをパッと変えられる柔軟性、許容範囲の広さを感じました。そうするとそのコーチとはぐっと距離が縮まって、急に『練習で2グループに分けるから、ひとつはあなたが見て』みたいな感じで振られたりもしています。

 あるとき、『今度のトーナメントには16人しか連れていけないから、3人余ってしまう。私の中で、外す2人は決まっているけど、あと1人、あなたならどうする?』と聞かれました。アンデルレヒトに来て7週目、U-13についてからはまだ1週目でした。『ちょっとしか見ていない僕の意見が取り入れられて、その子が外されたら悪いし、僕は評価できないよ。あなたのほうが長く見ているし、性格も含めてジャッジできるでしょう』と答えると、『それはそうだ。ただ短い時間でも、あなたはどう思った?』と言うんですね」

――意見はありますか、と?

「そうなんです。意見は言ってもなんら問題ないんですよね。逆にそういう時に意見を言えないと、ここで何をしているんだという感じなんですよ。こちらに来て本当に感じるのは、『思っているのにどうして言わないの』ということです。何かを思っていても、立場的に遠慮したりするのが日本的ですが、こちらにいると逆ですね。何も言えないと、もう相手にされないというか。そこには大きな違いがありますね」

――短期間のコーチ研修の類(たぐい)だと、そこまでの関わりはできないですね?

「僕も以前、欧州で2週間のコーチ研修を受けた経験があるんです。でも、もちろんそんな短期で行ったって指導はさせてもらえないし、質問をしても核心をついた答えは得られなかったです。同時に日本から選手も研修に連れて行ったので、『彼のプレーはどうしたらいいか?』と聞けば、多少は言ってくれるけど、距離をすごく感じるというか。選手も練習試合しか出られないし、それもフルでは使ってもらえないので、いろいろ難しさがありました。もちろん、練習を見ることができたり、特徴的な育成システムを見ると驚きはあるんですが」

――アンデルレヒトには特徴的な育成システムなどはありますか?

「U-12までは、コーチが6週間ごとにシャッフルするんですよ。U-10、U-11、U-12と3チームがあるところにコーチが6~7人。1チーム2人ずついるとして、普通だったらその2人に監督とアシスタントコーチの組み合わせでワンシーズンを送りますよね。でもここでは、1年を6ブロックに分けて、6週間ごとにコーチの2人が全てシャッフルして変わります。だから6週前まではU-10のコーチだった人が今度はU-12のコーチになったりする。次のブロックでは違う人と違う立場で組んだりするんです。

 その狙いは、1人の選手に対していろいろな視点、アプローチで育てていくことにあります。クラブにしっかりとした軸、哲学があるからできるんですけど、指導者ごとに表現は微妙に違う。その微妙な違いがあったほうがいいということなんです。僕もそうですけど、どうしても人間対人間には相性というのがあると思いますし、自分が気づかないうちに固定観念ができてしまうこともある。ある選手のいいところ、悪いところを自分が感じていても、別のコーチから見たら『こんな視点もあるぞ』ということもある。そこをうまくミックスしていきたいようです」

――子供たちの様子も違いますか?

「子供たちもそれに慣れているというか。たとえば僕が指導するじゃないですか。僕らの感覚だと、もしマリノスのジュニアユースの練習に外国人のコーチが来られて、ぱっと自分たちの練習に入ってきて、ふたつにグループ分けしたうちのひとつを見ることになったとしますよね。そうしたら日本の子供はそのコーチに対して『何、言ってるんですか?』『何、この人?』となると思うんです。

 でも、こちらの子は全くならないですよ。僕の言ったことに対して、『オッケー!』と普通に反応するし、ルールがわからなかったら『ツボ、どうなの?』と聞いてくる。英語がわからない子にはわかる子が通訳してくれる。国や地域の特徴なのか、文化の問題なのか、年齢に関係なく、すぐコミュニケーションをとってくる。

 あとは思春期が早いと思います。日本の14歳くらいが12歳くらいかなという感じです。で、20人にいたとしたら、日本だったら3、4人が斜に構えて話を聞かないような感じですけど、こちらは逆で、ちゃんと聞く子が3、4人。大変ですよ(笑)。そういう難しい時期の子が多いと言われるU-13にあえてつかせてもらったりしたのは、そういう難しさに指導者がどう対処しているのかも見てみたかったからなのですが、そういうキャラの子が多くて驚きました(笑)」

――練習には真剣に取り組んでいますか?

「基本的には真剣ですし、”自分の時間”として捉えています。でも、メニューは選びますね。ゲーム形式は大好きです。

 アンデルレヒトはスキルトレーニングがしっかりしていて、ここまでやるかというぐらい、すごくいいメニューがたくさんあるんです。それはクラブのフィロソフィーにつながっていて、うちはこういう選手を輩出したい。そのためにはこういったテクニック、タクティクス、フィジカルが必要で、それにつながるスキルエクササイズがある。

 日本だと、好きでサッカーを始めて、自分でいろいろとチャレンジしながら自分で気づいていくのが望ましい。基本技術の練習もちゃんとやりますが、こういうのが大事だよ、だから身につけようね、というスタンスなんです。でもこちらでは、こういうのが大事だぞ、だからこれをやれと言ってやらせます。かなり細かく、『この技術でコントロールしてパスしたら、こっちに走れ、なぜならここから斜めにボール受けられるだろう』『ボールを受けた時に右足のインサイドでコントロールしなさい、なぜなら視野が広がるだろう』と、叩き込むんです。判断を奪うメニューも多いです。サッカーをする上での土台作りを徹底的に、という感じです。

 でもその分、しっかりと理論が整理されているし、子供たちも年齢が低いから言われたことはどんどんやって吸収していくんです。そして年齢が上がるにつれて、それを使ってどうプレーするのかを考えるようになっていくという感じです。日本では、子供のころは自分が気づいたことをイメージを持ってやってごらんといって始めるんですけど、年齢とともにああしろ、こうしろと言うようになる。そうすると、言われた時に引き出しがないということが起きる」

――教える順序が逆なんですか?

「とにかく高いレベルでできることをいっぱい増やしていって、年齢が上がるにつれてそのときどきのシチュエーションで選びなさいというようなスタンスです。それにこちらの子供たちは、叩き込んでも自分のやりたいことも積極的にやるんですよ」

――日本人は言われたことに終始しがちですよね。

「そう。だから、日本で同じテンションで同じように指導したら、それはそれでまた問題点も出てくると思うんです。言われたことしかやらない選手も出てきそうですしね。でもその傾向はサッカーだけじゃないと思う。どのくらいのさじ加減がベストなのか、わからない。しかも個人によっても違うじゃないですか。だからそのあたりは結論が出ないというか……」

――永遠のテーマですね。

「こちらの子は、自分は自分というベースがある。特に12歳、13歳はそう。スキルエクササイズだって、1人1人のプレー頻度を上げるためにボールを4個ぐらい使うんです。で、誰かが間違えたら、コーチがプレーを止めてその子に指導しますけど、その間、他の子は聞いていないんですよ。近くの子とリフティングしたり、話したり、遊び始めちゃったり。それでもう1回スタートすると、話を聞いてない別の子が同じミスをしたりしている。僕からすると、『”人の振り見て我が振り直せ”って感覚を持っていたら、そのミスはしなかったぞ』と(笑)」

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