勝利を決めた瞬間、杉田祐一はよく見せる大きなガッツポーズもせず、甲高い声の雄叫びもなく、勝利を噛みしめるように控えめにガッツポーズをつくっただけだった――。 杉田(ATPランキング44位、7月3日付け)が、ウインブルドン1回戦で、ワイ…

 勝利を決めた瞬間、杉田祐一はよく見せる大きなガッツポーズもせず、甲高い声の雄叫びもなく、勝利を噛みしめるように控えめにガッツポーズをつくっただけだった――。

 杉田(ATPランキング44位、7月3日付け)が、ウインブルドン1回戦で、ワイルドカードで出場のブライダン・クレイン(イギリス、232位)を7-6(5)、6-3、6-0で破り、3回目のウインブルドンで本戦初勝利を見事つかんだ。同時にこれがグランドスラムでの初勝利ともなった。



ウインブルドン本戦で初勝利を挙げた杉田祐一

「意外に冷静というか、非常に嬉しいことは嬉しいんですけど、もっと自分自身いけると今はすごく自信があるので、まだまだここでは終われないという気持ちが強い」

 1回戦のプレーの中で、杉田が一番気を使ったのはリターンだった。

「先週のトルコはすごい速いコートだったけど、今大会は芝がしっかりかむコートなので非常に遅い。それを徐々に修正できた。ファーストセットを取られていたらフィジカル的にきつかったと思うけど、しっかりと取れたので、気持ち的にかなり余裕がでました」

 杉田は2014年ウインブルドンで、グランドスラムの予選を18回目の挑戦で初めて勝ち上がり、本戦入りを決めた。「何度も予選で弾き飛ばされた」と振り返る杉田は、これまでグランドスラムの予選では25回も負けている。だが、グランドスラム本戦は5回目の挑戦で、初勝利をつかみ取った。

 今回の杉田は大きな勲章を手にしてのウインブルドン入りだった。

 ウインブルドンの直前週に開催されたATPアンタルヤ大会で、ツアー初優勝を果たした。プロ11年目、28歳でつかみとったビッグタイトルだ。

 決勝では、気温44度の酷暑の中、アドリアン・マナリノを6-1、7-6(4)で破り、今年から新設されたアンタルヤ大会の初代チャンピオンとなった。

「(決勝戦終了直後に)ベンチに戻ってゆっくりしている時に、どんどん嬉しさが込み上げてきましたね。日本男子でツアー優勝したのは本当に少ないですし。マナリノは3度(決勝進出しながら)優勝を逃している。僕はワンチャンスを活かせた。本当に嬉しいですね」

 日本男子選手としては、松岡修造、錦織圭に次ぐ3人目の快挙。そして、グラスコートでのツアー優勝は、杉田が日本男子史上初となった。

「日本男子3人目、やっぱ興奮しますね。本当に誇らしいことですし、本当にここまで来るのが長かった」

ストイックで我が道をいくタイプの杉田。彼のツアー初優勝を、1歳下の錦織圭は自分のことのように喜んだ。

「すごく嬉しいですね。個人的にもいい友達であり、いいライバルでもあるので。ツアーを優勝することは、やっぱり簡単ではないですし、プラス芝というところが、なかなか日本人には難しい条件で優勝している。今週(ウインブルドン)もがんばってくれると嬉しいですね」

 また、ウインブルドンでは杉田が尊敬するロジャー・フェデラーから「先週(アンタリヤ大会)、おめでとう」と声をかけられたという。

 今季のグラスシーズンで杉田は、ATPチャレンジャー(ATPツアーよりひとつ下のカテゴリー)のサービトン大会で1セットも落とさず優勝し、チャレンジャーレベルで9個目のタイトルを獲得し、いいスタートを切れたのがよかったと振り返る。

 さらに遡れば、当時なかなかトップ100を切れないなかで、2016年シーズンには、6月のATPシュツットガルト大会から10月のマスターズ1000・パリ大会まで合計14大会もツアーの予選や本戦にチャレンジし、少しずつ成績を残して一時90位までランキングを上げることができた。この経験と実績が、ツアー定着を目指す杉田にとっては貴重なものとなった。

「本当にチャレンジだった。ダメだったらしょうがないという昨年のシーズンだった。そこで踏ん張れたのが大きい」

 主戦場がツアーとなれば、対戦相手のレベルもおのずと高くなり、ハイレベルな試合の中で杉田はもまれて次第に実力をつけていった。

 2017年4月には、杉田が不得意なクレーコートのATPバルセロナ大会で、予選決勝で敗れたもののラッキールーザーとして本戦入りを果たし、ベスト8に進出する快進撃を見せた。

 4月以降、杉田はリシャール・ガスケ(27位、フランス)、パブロ・カレノブスタ(17位、スペイン)、ダビド・フェレール(39位、スペイン)などの実力者を破っている。トッププレーヤーからの勝利が杉田に大きな自信をもたらし、プレーのレベルが向上していく相乗効果が生まれた。持ち前のグランドストロークの安定感がさらに増し、サーブもグラスコートでは有効な武器となっている。

「(トップ選手との対戦で)勝てない時は、そこですごく消耗したし、そこで自分の波が崩れた。そういう戦いを多くこなして、非常にフラットな自分でいられる部分はある」

 アンタルヤ大会の優勝による250ポイントを獲得して、杉田はATPランキングを66位から自己最高の44位まで上げ、松岡修造の46位を抜いて日本男子史上2番目に高いATPランカーになった。

「いや、ここまで上がるとは正直思ってなかった」と杉田は謙遜しながら、「どこまで自分のレベルを安定させられるかが勝負」と、待ち受ける戦いに向けて、気を引き締める。

 ウインブルドン2回戦では、数日前に戦ったばかりのマナリノ(51位、フランス)と再戦することになった。ツアーの予選やチャレンジャー大会での対戦を含めた対戦成績は、杉田の2勝1敗だ。

「タフマッチになるだろうね。杉田は決して容易な対戦相手ではないから。(アンタルヤ大会とは)コンディションがまったく異なるので、自分のベストをできるだけ尽くして、よりいい試合にしたい」

 こうマナリノが語る一方で、杉田は再戦を待ち望むかのように自信をのぞかせる。

「先週やっているので(笑)。(ツアーの中ではグラスシーズンは短く)特殊なサーフェスである芝で、(右利き選手と比べて左利きという)特殊なプレーは難しい戦いになると思う。自分がベストのいい状態にいるので、素晴らしい選手と戦えるように最高の準備をしたい」

 いま、杉田は自他共に認めるベストコンディションで、テニスの聖地での戦いに挑んでおり、彼自身のテニスへの期待も当然高まっていく。

「(自分に対して)過度の期待はいけないですけど、今シーズンはかなりの選手に勝ってきている。特に自分のホームである芝では、かなりのパフォーマンスを出せるんじゃないかなと。自分のテニスさえできれば、上位の選手にも勝てると思っています」

 ツアー初優勝によってトッププレーヤーの仲間入りを果たした杉田。ウインブルドンで好結果を残して、さらなる高みへ上がることができるかどうか、彼のプレーから目が離せない。