せっかく”ハットトリック”に近づいたのにね――。 レース後の記者会見で、室屋義秀にそんな言葉が掛けられたことからも分かるように、「室屋の3連勝なるか」が、今回のレースにおける大きなテーマとなっていたことは間違い…

 せっかく”ハットトリック”に近づいたのにね――。

 レース後の記者会見で、室屋義秀にそんな言葉が掛けられたことからも分かるように、「室屋の3連勝なるか」が、今回のレースにおける大きなテーマとなっていたことは間違いない。



3戦連続で表彰台に上り、年間ポイントで単独首位に立った室屋

 ハンガリーの首都、ブダペストで行なわれたレッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ第4戦。結論を先に言えば、室屋は3位に終わり、第2、3戦に続く3連勝を逃した。要するに、注目を集めた偉業達成はならなかったわけだ。

 それでも3戦連続の表彰台は、室屋にとって初めて。またひとつ、優勝とは別の形で強さを示した一戦になったと言っていいだろう。

 まず、他のパイロットたちに、「室屋強し」を印象づけたのは、予選のフライトだったのではないだろうか。

 予選の最後に飛んだ室屋は、1本目で1分00秒912を記録し、早くも2位につけた。だが、トップのピート・マクロードとのタイム差は、まだ1秒以上もあった。それほど、マクロードが残したタイム、59秒508は(その時点では)図抜けていた。

「このままならピートがぶっちぎりになってしまう。彼を安心させたまま、終わらせるわけにはいかない」

 そんな想いで臨んだ2本目のフライト。室屋は先をいくマクロードの尾翼に指先で触れるがごとく、0.442秒差まで迫り、この予選でマクロードと2人だけとなる59秒台(59秒950)のタイムを叩き出した。

 予選1本目ですでに十分なタイムを残しながら、2本目でさらにそれを縮めてみせた室屋。誰の目にも、コンスタントにタイムを残せる状態にあるのは明らかだった。

 翌日のラウンド・オブ・14では、室屋はいきなり昨季の世界王者、マティアス・ドルダラーとの対戦を強いられた。ドルダラーが予選でオーバーGを犯し、13位に終わったことで生まれた好カードだったのだが、もはや今の室屋にとって、これまで何度も苦杯をなめさせられてきたドルダラーですら、臆する相手ではなかった。

「あの(59秒台の)タイムを見れば、マティアスは全開で行かざるを得ないし、またオーバーGする可能性は結構あるだろう」

 予選を終えた時点で、室屋はそんなことを話していたが、結果は見立て通りのオーバーG。まさに室屋の思うツボだった。

 先に飛んだドルダラーがオーバーGによるDNF(ゴールせず)に終わったことで、室屋はフィニッシュさえすれば、ラウンド・オブ・8進出が決まる状況となった。しかし、室屋はそれでもなお、さらに自らの強さを誇示するかのように、圧巻のフライトを見せつけた。

 室屋が記録した1分00秒572は、ラウンド・オブ・14全体でもトップとなる圧倒的な好タイム。かつての絶対王者にして、現在はレッドブル・エアレースの解説者を務めるポール・ボノムをして、「無理をしなくても、スムーズに飛べばタイムを出せる状態にある」と言わしめる日本人パイロットは、オーバーGの危険性を排除しても、トップタイムを出せるだけの余裕を残していた。

 すると、続くラウンド・オブ・8で対戦したマット・ホールもまた、自滅するようにオーバーGを犯した。



圧巻のフライトが、昨季の年間1位のドルダラー、同2位のホールを追いつめた

 前日の予選までとは異なり、この日の本選レースは、スタートゲートから見て向かい風が強く吹き、対気速度という点ではスピードが出やすい条件下にあった。予選のとき以上に、最初のバーティカルターンでオーバーGが起こりやすい状況にあることは、誰もが認識していたはずだった。

 にもかかわらず、ドルダラーにしても、ホールにしても、無理を承知でバーティカルターンに突っ込まざるをえなかった。室屋の強さが、彼らを精神的にジワジワと追いつめていったことは、想像に難くない。

 それほどまでに高いレベルで安定したフライトを続けていた室屋だったが、結果的に、最後の最後で落とし穴が待ち受けていた。

 ラウンド・オブ・8のフライトで、シンキング・ザ・ゲート(機体が沈みながらゲートを通過する)という、(我々にとっては耳慣れない、室屋にとっては思いもしない)ペナルティを取られてしまったのである。

 室屋にしてみれば、「それまでとまったく同じフライト。今までは(ペナルティを)取られなかったのに、えっ?っていう感じだった」。

 だが、ジャッジがそう判断した以上、ファイナル4でも同じことが繰り返される不安は残る。

「余計なリスクを冒すべきではない」

 それが室屋の、そしてチーム・ファルケンの下した結論だった。室屋は、3連勝の可能性が小さくなることを覚悟のうえで、軌道修正を図った。

「ファイナル4で同じペナルティを受けてしまえば、4位に終わる可能性がある。それならば、多少タイムが落ちたとしても、ライン取りを変えてペナルティを避けよう」

 果たして、安全策を選んだ室屋は3位に終わった。覚悟の上とはいえ、3連勝となる優勝を逃す結果となったのである。

 しかし、レース後の室屋に暗さは微塵も感じられなかった。何が何でも優勝にこだわるのではなく、取れるポイントを確実に取る。そんなシーズン前からの目標(というより、姿勢と言ったほうがいいのかもしれない)を貫いた充実感が、むしろ上回っていたからだ。

「ファイナル4では離陸する前から、ライン取り(を変えること)は決めていた。タイムもラインも作戦通り。年間を通して考えれば、いいレースができたと思う」

 室屋はそう語り、通算4個目となる”銅メダル”を喜んだ。

 この結果、9ポイントを加算した室屋は、チャンピオンシップポイントを39まで伸ばした。第3戦終了時点では、マルティン・ソンカと30ポイントで並んでいたが、第4戦で4位に終わったソンカに2ポイント差をつけ、これで室屋が単独トップに立ったことになる。

 今後の展開を見通し、室屋は「今回、マティアスをラウンド・オブ・14で倒せたのは大きかったし、ここからはマルティンと一騎打ちになってくるんじゃないか」と語る。それを考えれば、ここで確実に9ポイントを”拾った”ことは賢明な判断だった。急がば回れではないが、浮き沈みを最小限に抑え、こうしてポイントを重ねていくことが、年間総合優勝への近道になるのだろう。

 しかし、そうした理屈は承知のうえで、それでも3連勝のチャンスだったのだ。しかも、ラウンド・オブ・8までの流れは完全な勝ち試合。せっかくのチャンスを自らフイにする決断を下したことに、少なからず後悔はないのだろうか。

 最後にそんな疑問をぶつけると、室屋はまったく気にするそぶりもなく、笑顔で語った。

「また1勝目からやり直せばいい」

 楽しみは先に取っておこう。ひとつずつのレースを確実に重ねていけば、再びチャンスは巡ってくるに違いない。そう納得させられるほど、この日の室屋は、3位という結果以上に強かった。