名コーチ・伊勢孝夫の「ベンチ越しの野球学」連載●第3回《現在、セ・リーグは昨年の覇者・広島が快調に首位を走っている。その広島を7.5ゲーム差で追っているのが、金本知憲監督率いる阪神だ。この両チームは交流戦明けの最初のカードで対戦。結果は…

名コーチ・伊勢孝夫の「ベンチ越しの野球学」連載●第3回

《現在、セ・リーグは昨年の覇者・広島が快調に首位を走っている。その広島を7.5ゲーム差で追っているのが、金本知憲監督率いる阪神だ。この両チームは交流戦明けの最初のカードで対戦。結果は雨天ノーゲームを挟んで、広島が連勝した。このカードを観戦した伊勢孝夫氏は、結果以上に、両チームの間にある決定的な差を指摘した》

(第2回はこちらから>)


変幻自在のバッティングで広島打線を牽引する菊池涼介

 一昨年までヤクルトのコーチをしていたこともあり、この両チームの対戦をじっくり見るのは久しぶりだった。しかし、すぐに両チームの違い、より正確に言えば”差”を感じた。特に目についたのが、打席における打者の”意識の差”だ。

 たとえば、6月23日のカード初戦。広島打線は徹底した逆方向のバッティングで、阪神先発のランディ・メッセンジャーを打ち崩した。それに対して阪神打線は、広島先発のクリス・ジョンソンに何を仕掛けるわけでもなく、ただ打席に入ってバットを振っているだけに映った。チームとしてどう相手投手を攻略するのか。もちろん、試合前のミーティングはしているのだろうが、打席から攻略の意図がまったく見えてこなかった。

 逆方向という言葉はよく耳にすると思うが、これを意識することで強引なバッティングをしなくなり、ミートの確率も上がる。なにより、ボールをよく見ることにつながる。相手投手を攻略する基本的な攻め方なのだが、実はこれが簡単ではない。

 この試合、特に目立ったのが広島の菊池涼介だ。3回にメッセンジャーから追い込まれながらライトにヒットを放った場面があったが、あの打席、追い込まれるまで外角の真っすぐにピクリとも反応せず、いかにも「内角の変化球を待っています」という雰囲気を漂わせていた。

 ところが、2ボール2ストライクから外角に投じられた勝負球の真っすぐにコツッとバットを合わせ、ライト前に弾き返した。あれは2ストライクまでじっくり自分の打ちたい高さ、コースを待ち、最後に「そら来た」という感じでバットを出した打席だった。

 また、6月25日の試合で岩貞祐太からホームランを放った打席も興味深かった。菊池は内角に攻めてくる球を逆方向にファウルで逃げていたのだが、追い込まれると一転して引っ張り、レフトスタンドに運んだ。

 あれは菊池の名演技とも言えるが、それだけ打席できっちりとボールを見ているということにほかならない。もう”やりたい放題”といった感じだ(笑)。厳しい言い方になるが、阪神バッテリーが菊池の意識に追いつけていない。そんな印象を受けた打席だった。

 選球眼といっても、ただストライクとボールを見極めるだけではない。ストライクであっても、自分が打つべき球でなければ手を出さないことも、選球眼の大事な要素である。ただ、これが実に難しい。まず前提としてストライクのなかで自分が打てる球なのか、そうでないのかを瞬時に判断しなければならないからだ。よく打ち損じという言葉があるが、自分が打てる球に手を出し、それを捉える技術があれば必然的に打ち損じは減る。いい成績を残す打者に打ち損じが少ないのは、技術が優れているだけではなく、しっかりボールを見極めることができているからだ。

 ちなみに、打ち損じかそうでないのかはタイミングでわかる。タイミングが合っていての凡打なら打ち損じだが、タイミングが合わずに凡打になるケースは、打者の選択ミスである。つまり、打ちにいくべき球種やコースでないのにバットを出した場合だ。

 またバッティングというのは、打順や試合の局面で大きく変わってくる。そうした状況をどこまで頭に入れて打席に入れているのかも重要な要素になってくる。

 阪神の打者を見て感じたことは、初球から積極的に振ってくることだ。もちろん、金本監督の方針だろうし、積極的に打ちにいくこと自体、悪いことではない。ただ、阪神の選手を見ていると、球種もコースもお構いなく、ただ振り回しているだけに映った。要するに、自分が打てる球なのかどうか、十分な認識に欠けているのだ。

 たとえば、カウント2-1や2-0といった打者有利のカウントでさえ、狙い球を絞りきれていないスイングの選手がいた。結果、中途半端なスイングとなってポップフライというシーンが何度かあった。これなど、まさに”意識”に欠けた打席と言えよう。

 雨でノーゲームになった6月26日の試合では、初回に先頭の高山俊がカウント3-2から薮田和樹の投じた、見送ればボールの高めの球を空振りして三振。続く上本博紀は3-1から、やはり高めのボール球に手を出してレフトフライ。このふたりの打席を見て、いかに状況判断ができていないかがわかった。

 というのも、前日、阪神は1対13の大敗を喫していた。その翌日の試合となると、いかに先取点を取るかが重要になる。そう考えると、1、2番打者の役割はいかに出塁するか、である。それに広島先発の薮田の制球は不安定だった。「これなら無死一、二塁のチャンスがつくれるな」と思っていたのに、結果は二死走者なしである。

 このふたりに限らず、阪神の選手、特に若手には広島の選手たちと比べて大きな差を感じてしまった。打ちにいくのはいいが、それならせめてもっとしっかりしたスイングをしてほしいものだ。どんな練習をしているのか、疑問に思ってしまう。

《広島といえば、かつてはキャンプからトスやティー打撃と言われる練習で他チームと大きな違いがあった。たとえば、野村謙二郎、江藤智、前田智徳らが主力の時代。彼らが率先して、まるでボールを叩きつぶすのではないかと思うほどのスイングでネットに突き刺していた。その練習だけで足がフラフラになる光景は、カープの名物となっていた》

 私も広島には阿南準郎監督時代の2年間(1987~88年)、打撃コーチとしてお世話になった。高橋慶彦や正田耕三、小早川毅彦らが主力で活躍していた時代だ。

 その当時の広島の選手がバットを振る量たるや、他球団とは比べものにならないほど多かった。なかでも凄かったのが高橋慶彦だ。全体練習終了後、彼につかまると1000球ぐらい打ち込みの相手をさせられる。そうなると夜まで何もできない(笑)。とにかく「バットを振りすぎて死んだ者はおらん」というのが、当時の広島にはあった。その”伝統”は、スイングの量こそ多少は減ったかもしれないが、今もしっかりと受け継がれている。

 その象徴的な選手が鈴木誠也だ。6月27日の試合で、鈴木は初回に外角球を引っかける形で三遊間にゴロを放った。たまたま飛んだコースがよくレフト前にヒットになったが、次の2打席目も同じようなバッティングで、今度はショートゴロに倒れてしまった。このときの鈴木の悔しがり方はハンパなかった。

 おそらく鈴木は「また引っかけてしまった。わかっていたのに……」と思ったのではないだろうか。結果云々より、自分のスイングができず同じような不本意なバッティングをしてしまったことが腹立たしかったのだろう。

 だが、8回の打席では外角の球をしっかりライトに弾き返した。それまでの力任せの強引なバッティングとは違い、素直に強く叩く彼本来のバッティングを見せた。前までの打席の反省を、しっかりその試合で修正した。決して「ヒットを打ったからいいや」では終わらせない。それが鈴木の良さだろう。

 昨年”神ってる”でブレイクした鈴木だが、彼の活躍は決してまぐれとは思わないし、勢いだけでもない。しっかりとした技術があり、打席のなかでも高い意識を持っているからこそ、あれだけのプレーができたのだ。

 ペナントレースはまだ続く。もちろんこの先、広島、阪神とも「勝った、負けた」が繰り返されるだろうし、ゲーム差が一気に縮まることもあるかもしれない。だが現状を見る限り、両チームには順位以上に間違いなく大きな差があると感じた。それは”意識”という大きな差だ。

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