■4針縫ったばかりの傷口を庇わない勇気身長が190センチを超える成人男性が占める割合は、日本人の場合は0.06パーセントとされている。希少価値であることを物語る数字が、サッカー界に限定すればさらに下がる。たとえばフォワードでは、6月30日時…
■4針縫ったばかりの傷口を庇わない勇気
身長が190センチを超える成人男性が占める割合は、日本人の場合は0.06パーセントとされている。希少価値であることを物語る数字が、サッカー界に限定すればさらに下がる。
たとえばフォワードでは、6月30日時点におけるJ1では18クラブに73人が登録されている。そのうち190センチを超えているのはわずか2人。割合は0.03パーセントとなる。
1人は190センチの平山相太。慣れ親しんだFC東京を飛び出し、今シーズンからベガルタ仙台へ新天地を求めた32歳の元日本代表はしかし、左腓骨筋腱脱臼で長期離脱を強いられ、一度もピッチに立っていない。
もう1人は192センチの長沢駿。3シーズンぶりのJ1制覇をうかがうガンバ大阪の最前線で戦い続ける28歳は、外国人選手を含めた総勢110人のフォワードのなかでも最長身にランクされる。
高さを武器に最前線で奮闘する長沢駿(一番右)(c) Getty Images
あらためて説明するまでもなく、相手ゴール前で制空権を握れる「高さ」が長沢の武器だ。ホームの市立吹田サッカースタジアムに川崎フロンターレを迎えた、6月25日のJ1第16節でも異彩を放った。
1点を追う後半23分。左サイドから日本代表MF井手口陽介があげたクロスに、完璧なタイミングでヘディングを一閃。フロンターレの守護神チョン・ソンリョンの牙城に、強烈な弾道で風穴を開けた。
長沢の頭には厳重なテーピングが施されていた。4日前のヴェルスパ大分との天皇杯3回戦で相手選手と接触。右の額部分に4針を縫う裂傷を負ったが、CT検査で異常がなかったことで強行出場していた。
テーピングは傷口を保護するためだったが、いざチャンスになれば庇ってなどいられない。殊勲の同点弾は患部に近い部分にボールをヒットさせていたが、まったく気にならなかったと屈託なく笑う。
「痛みも怖さもなかったので、自然と当てられました。傷口が開かないかが心配でしたけど、何とか大丈夫でしたね」
■徹底した映像チェックが生んだ同点ゴール
チームトップタイとなる今シーズン6ゴール目は、ただ単に「高さ」だけで奪ったものではなかった。フロンターレ戦へ向けて何度も試合映像をチェックしているうちに、ゴールするイメージが浮かんできた。
「クロスに対する川崎さんの対応を見ると、かなりチャンスがあると思ったので」
センターバックを組む谷口彰悟とエドゥアルドが、クロスに対してボールウオッチャーになりやすい癖があることがわかった。だからこそ、チームメイトに対して試合前からこう要求していた。
「できるだけ多くクロスを入れてほしい」
果たして、最大のチャンスはカウンターから訪れた。フロンターレが得た左コーナーキックから、MFエドゥアルド・ネットが放ったヘディング弾を日本代表GK東口順昭がしっかり止める。
すかさず右サイドにいた日本代表MF倉田秋へスローインし、倉田はさらに右前方にいた井手口へパス。力強くボールを運んだ井手口は、FWアデミウソンとのパス交換から中央へ進出してくる。
左足から放たれたシュートは相手のブロックに阻まれ、左タッチラインを割った。ボールを拾ったDF藤春廣輝のもとへ駆け寄った井手口が、右手のゼスチャーとともに「早く!」とスローインを要求する。
一瞬だけ試合が止まったなかで、コーナーキックの攻め上がりから帰陣してきた谷口とエドゥアルドの様子を、長沢は注視していた。いいクロスが入ればゴールを奪える、と確信できた。
「(井手口)陽介がフリーだったこともあって、2人がまったく僕のことを見ていなかった。狙っていた通りの入り方ができましたね」
素早く振り向いた井手口が低く、速いクロスを放った刹那だった。エドゥアルドの背後にいた長沢は隙を突いて前方に回り込み、間髪入れずに宙を舞う。谷口とエドゥアルドは、もはやなす術がなかった。
■史上初の無観客試合で決めたJ1初ゴール
カーブの軌道を描きながら左側から飛んでくるクロスに対して、長沢は空中で頭を左から右に振り、額の右側に薄く当てることで微妙にコースを変えてゴール右隅に流し込んだ。
「ああいうボールが来たら、もうこっちのものかなと思いましたね。ピッチもスリッピーだったので、すらしながら叩く感じのイメージができていたし、それを上手く実践できました」
キックオフ前から降りやまない雨の影響で、濡れた芝生の状態まで計算に入れた。目の前でワンバウンドさせればボールが滑り、チョン・ソンリョンは余計に反応しづらくなる。
一瞬のうちに放たれた、難易度の高い技術と判断力が凝縮された一撃。もっとも、西の横綱・ガンバのレギュラーポジションをほぼ手中にするまでの軌跡は、決して順風満帆なものではなかった。
現在はガンバの主力として躍動(c) Getty Images
日本有数のサッカーどころ、静岡県清水市(現静岡市清水区)で生まれ育った長沢は、小学生のころから地元の選抜チーム、清水FCで長身ストライカーとして名を馳せていた。
清水エスパルスのジュニアユース、ユースをへて2007シーズンにトップチームへの昇格を果たした。しかし、最初の4年間はわずか7試合に出場しただけで、リーグ戦では無得点に終わった。
2011シーズンからロアッソ熊本、京都サンガ、松本山雅FCへ期限付き移籍。J2の舞台で3年間の武者修行を積み、エスパルスに復帰した2014シーズンからストライカーの象徴でもある「9番」を背負った。
迎えた3月23日。プロになって8年目にして、待望の初ゴールが生まれる。舞台となった埼玉スタジアムにはしかし、誰一人として観客がいなかった。
一部サポーターが人種差別的な横断幕を掲出したとして、浦和レッズがJリーグから制裁措置として科された現時点では唯一となる無観客試合。歴史に残る一戦の先発メンバーに、長沢は名前を連ねていた。
■ガンバ大阪でゆっくりと花開く潜在能力
いつもなら大声援にかき消される、選手たちがピッチで発する声とボールを蹴る無機質な音だけが響く異様な試合を動かしたのは、長沢の右足だった。
前半19分の左コーナーキック。FW大前元紀(現大宮アルディージャ)があけたボールに、MF六平光成が合わせる。強烈なシュートはGK西川周作に防がれたが、こぼれ球に長沢が反応した。
「確かに公式戦の雰囲気はなかったけど、僕は埼玉スタジアムでプレーするのが初めてだったので、無観客で逆に緊張しなかったのかなと。サポーターがいないのはすごく寂しかったけど」
ようやく第一歩を踏み出せた喜びと、サポーターとそれを共有できなかった無念さ。試合後に複雑な胸中を打ち明けた長沢は、こんな言葉も残していた。
「こういうときに点を取れば逆に目立つと思うし、また違う道が開けてくると思う」
ガンバへ完全移籍で加入したのは2015年7月。エスパルスのトップチームに昇格したときの指揮官、長谷川健太監督のラブコールに応えるかたちで、遅咲きの花を少しずつ、ゆっくりと咲かせている。
潜在能力がゆっくりと開花 (c) Getty Images
「もう1点取って、勝ち切れなかったのがフロンターレ戦の課題。もっとクロスが欲しかったのもあるけど、僕自身、最後のほうはちょっとバテていた。そういう時間帯でもっと踏ん張れるようにならないと」
自己最多だった昨シーズンの9ゴールを上回るペースでネットを揺らし続けていても、もちろん満足できない。7月からは新外国人のライバル、24歳の韓国代表FWファン・ウィジョも加入する。
高さで制空権を支配するだけではなく、相手の最終ラインの裏へも巧みに抜け出すなど、多彩なスタイルも身に着けつつある。ハリルジャパン入りを望む声があがっても決して己を見失わず、現在地をしっかりと見つめながら、長沢は成長へとつながるゴールを貪欲に追い求める。
長沢駿(c)Getty Images
長沢駿(c)Getty Images
長沢駿(c)Getty Images