アゼルバイジャンGP決勝を走り終えて、マシンから降りてきた角田裕毅は、疲労困憊の様子を見せた。 たしかに暑さもあった。だが、その疲れは肉体だけでなく、精神的なものもあったはずだ。 今シーズン初めて、うしろではなく、前を見て戦うレースができ…

 アゼルバイジャンGP決勝を走り終えて、マシンから降りてきた角田裕毅は、疲労困憊の様子を見せた。

 たしかに暑さもあった。だが、その疲れは肉体だけでなく、精神的なものもあったはずだ。

 今シーズン初めて、うしろではなく、前を見て戦うレースができた。しかし、秒差で何台ものマシンが連なるDRS(※)トレインの中でマクラーレン勢に挟まれ、前もうしろも見ながらの緊迫の周回が50周も続いたのだ。

※DRS=Drag Reduction Systemの略。追い抜きをしやすくなるドラッグ削減システム/ダウンフォース抑制システム。



市街地バクーのコースを攻めまくった角田裕毅

「そうですね(笑)......でも、マクラーレンの2台にサンドイッチになっていたので、うしろを見ながらもレースをしていました。ひとつのミスも許されない状況のなかだったんですけど、最後までミスなく走りきれたのがよかったと思います」

 金曜の予選では渾身のアタックで今季初のQ3に進出し、8番グリッドからのスタート。

 このバクーに投入した薄い前後ウイングの効果で、ストレートスピードはライバルと同等レベルになった。アルファタウリが伝統的に得意としてきた低速コーナーでは、空力に大きく頼ることなく走る。

「正直、ここまでパフォーマンスがあるとは思っていなかった。弱点だったストレート速度の遅さを、英国ビスターの空力部門のみんなが懸命に改善してアップグレードを持ち込んでくれて、マシンをコンペティティブにしてくれた。

 この結果はとてもうれしいですし、今後に向けてワクワクしています。今年初めてほかのチームと同じようなスピードで走れているので、そこはレースに向けてもいいなと思います。スプリントレースや決勝でも戦えそうですし、楽しみです」

 残念ながら土曜のスプリントレースは、1周目の混乱のなかでチームメイトと接触してダメージを負い、リタイアを余儀なくされてしまった。チームにとってまったく利益にならない強引なドライビングに怒りをにじませながらも、角田はすぐに頭を切り替えた。

「僕らは決勝でのポイント獲得にフォーカスしていましたし、スプリントはそれほど重視していませんでしたけど、ここで走るのはタイヤのデグラデーションを見るうえでもかなり重要な機会だった。なので、僕にとっては大きなロスです。でも、気持ちをリセットして、明日のレースで最大限にチャンスを生かせるように頑張りたいと思います」

【ピアストリとのバトルは圧巻】

 決勝のスタートではやや出遅れ、マシン性能に優るジョージ・ラッセル(メルセデスAMG)とランス・ストロール(アストンマーティン)に先行を許してしまった。だが、無駄な争いを避けたという意味では悪い判断ではなかった。

 マクラーレンのオスカー・ピアストリを後方に従え、つけ入る隙を与えないどころか徐々に引き離していった。そして8周目にピットインし、ピエール・ガスリー(アルピーヌ)やアレクサンダー・アルボン(ウイリアムズ)ら先にピットインしていたライバルたちのアンダーカットを阻止する。

 セーフティカー導入を挟み、リスタートでは果敢に並びかけてくるピアストリとサイドバイサイドのバトル。ターン1でアウトから抜いていったピアストリに対し、角田はターン2でインに飛び込み、2台は並んでバックストレートへ。

 ターン3のブレーキングでアウトに並びかけるピアストリに対し、角田はインのラインを譲らず並んでターンイン。今度は右コーナーとなるターン4ではアウトに回ることになるが巧みなドライビングでサイドバイサイドをキープし、次のターン5で再びインを取ってレイトブレーキングから相手のラインを潰すように前に出て勝負を決めた。

 前日のスプリントレースとは対照的な、お互いに1台分のスペースを残しながらサイドバイサイドを続けたフェアなバトル。ここでピアストリの先行を許さなかったことが、このあとの展開を大きく変えた。

「あそこは絶対に引けなかったですね。あそこで引かなかったからこそ、この結果があるので、そこがよかったと思います」

 ここから、ハードタイヤでステイアウトするエステバン・オコン(アルピーヌ)とニコ・ヒュルケンベルグ(ハース)を先頭とする集団に抑え込まれることになった。

 各車がDRSを使えるためDRS効果が帳消しになり、オーバーテイクができないDRSトレイン状態。しかし、ほんのわずかでも隙を見せればつけ込まれ、後方に続くドライバーたちに次々と抜かれていくことになってしまう。

【実力で奪い取った1ポイント】

「とにかくミスをしないように、常に前走車のDRS圏内にとどまるように心がけて走っていました。マクラーレンとはペースが同じようでも、セクター2は少し向こうのほうが速いなと感じました。ただ、その後のストレートで追いつけてはいたので、よかったですね」

 最後はオコンとヒュルケンベルグがピットインして、角田はもとの10位に復帰。予選から決勝まで、実力で掴み取った価値ある入賞だった。結果的に、リスタート直後のピアストリとの攻防が入賞を分けたとも言える。



アルファタウリのエースらしくなった角田裕毅

「もちろん、いい気分です。本当は7〜8位を狙っていましたけど、ポイント獲得で終えることができたことは大きいですし、最低限のいいレースができたと思います。

 特に昨日クラッシュがあったので、チームスタッフに修復してもらった分の恩返しもできたかなと思っています。たった1ポイントですけど、この1ポイントは僕らにとってはとても大きいですし、今後もこういうレースを続けていく必要があると思っています」

 チームの想像以上のパフォーマンスを見せたマシンは、着実に進化してはいるものの、根本的な部分がすべて改善されたわけではない。長いストレートと100km/h以下の中低速コーナーしかないバクーでは、このマシンの弱点が見えにくくなっただけだ。

 しかし、数少ないチャンスでマシンと自分自身の実力をすべて引き出し、ライバルの自滅がなくとも実力でポイントを持ち帰る。この1ポイントは、アルファタウリにとっても角田にとっても、非常に重みのある1点になった。

「特に予選であそこまでのパフォーマンスというのは、正直ここのサーキットだけだろうと思っています。あまり高く予想はしないように、期待はしないようにしています。まだまだマシンの開発が必要だと思いますし、僕もそれを手助けできるように頑張りたいと思っています」

 そう語る角田の目には、チームリーダーとしての自覚と自信がはっきりと宿っていた。