今年からABEMAで全9戦が無料生配信されることになり、右肩上がりでファン層を広げている全日本スーパーフォーミュラ選手権。4月上旬に富士スピードウェイで開幕を迎え、4月22日・23日には鈴鹿サーキットで第3戦が開催された。 F1に次ぐ速さ…

 今年からABEMAで全9戦が無料生配信されることになり、右肩上がりでファン層を広げている全日本スーパーフォーミュラ選手権。4月上旬に富士スピードウェイで開幕を迎え、4月22日・23日には鈴鹿サーキットで第3戦が開催された。

 F1に次ぐ速さを誇るフォーミュラマシンは、世界中のドライバーからも注目を集める。ここで結果を残すことによって、次なる「F1」へ飛び立つステップとなるからだ。

 かつては皇帝ミハエル・シューマッハ(1991年@F3000時代/→ジョーダン)、近年ではストフェル・バンドーン(2016年/→マクラーレン)やピエール・ガスリー(2017年/→トロロッソ)など。そして今季、将来F1へステップアップする可能性を最も感じさせるドライバーが、TEAM MUGENのリアム・ローソン(21歳)だ。



デビューウィンを飾った21歳のリアム・ローソン

 ニュージーランド出身のローソンは、これまで数々のF1ドライバーを輩出してきた「レッドブル・ジュニアチーム」のメンバーである。まだ21歳でありながら、レース経験は非常に豊富。2021年のドイツツーリングカー選手権ではランキング2位、2022年のFIA F2ではランキング3位を獲得している逸材だ。

 シーズンオフの初テストから、ローソンは丁寧なドライビングでマシンに負担をかけないなど、関係者の間でも評価は高かった。そして迎えた開幕戦・富士、ローソンはとんでもない大記録を打ち立てたのである。

 今シーズンの第1戦と第2戦は、土曜日と日曜日に予選と決勝をそれぞれ行なう2連戦。土曜日の第1戦・公式予選、ローソンはいきなり3番手のタイムを叩き出し、サーキットに集まったモータースポーツ関係者全員を驚かせた。

 そこまで皆が驚くのも無理はない。ローソンにとってこの富士スピードウェイは、スーパーフォーミュラのマシンはおろか、実走行をすること自体が初めてだったからだ。

【ぶっつけ本番でコースイン】

 例年なら開幕直前に、富士スピードウェイで公式テストが行なわれる。しかし今年は、シーズン序盤の過密日程を回避するために実施されず。さらに唯一の練習機会となるはずだった前日(4月7日)のフリー走行も、悪天候によって中止となっていた。

 予選前の練習時間が限られていることは覚悟の上で臨んだローソンでも、さすがに"ぶっつけ本番"は想定外。「(第1戦の)前夜は緊張で眠ることができなかった。予選前は特に神経質になっていたなと、自分でも感じるよ」とローソン本人も語っていた。

 予選前のローソンから漂う雰囲気は「開幕前のテスト時と明らかに違っていた」と、チーム関係者も言う。しかし、緊張や焦りに押しつぶされることなく、現状置かれた課題を瞬時に分析し、それを速さにつなげた実力はさすがとしか言いようがない。

「予選方式がノックアウト(勝ち抜け)から45分の計時予選(時間内に自由に走行してベストタイム順でグリッドが決定)に変わったので、まずはコースに慣れることに集中するための時間を作った。そこで得た経験をもとに、最後は必死にタイムを更新していった」(ローソン)

 限られた状況下を言い訳にせず、自分自身で打開策を見つけ、結果につなげていく──。かつてのバンドーンやガスリーなど、のちにF1のシートを掴んでいったドライバーたちがスーパーフォーミュラの現場で実践していたことを、ローソンはまったく同じようにやっていた。

 予選と同じ日に行なわれる決勝レース。スタート前のグリッドでTEAM MUGENの田中洋克監督に話しかけると「本当にローソンはすごい!」と興奮していた。しかし、我々が本当に驚かされたのは、その数時間後だった。

 レースは序盤からアクシデントが続出する波乱の展開。だが、ローソンは新人らしからぬ冷静なドライブで周回を重ねていった。8周目には大湯都史樹(TGM Grand Prix)を追い抜いて2番手に浮上。さらにトップを走るチームメイトでスーパーフォーミュラ2連覇中の野尻智紀(TEAM MUGEN)の背後に迫った。

【2年連続王者の野尻が...】

 しかし、ローソンが無理に仕掛けることはない。そして中盤戦へと突入すると、義務となっている1回のタイヤ交換を野尻より先に済ませる作戦に出た。一方、これを知った野尻は一気にペースを上げて翌周にピットインを敢行し、ローソンの逆転を阻止しようとする。

 この時、ローソンはタイヤのウォーミングアップが済んでおらず、多くのドライバーが苦戦を強いられるピットアウト直後「アウトラップ」の最中。それもかかわらずローソンはハイペースで周回し、逆にタイヤ交換直後でスピードの乗らない野尻を捉えて逆転に成功した。

 さらにローソンは、ここで勝負に出る。厳しい状況のなかで2周続けてファステストラップを更新し、あっという間に野尻を5秒後方まで引き離したのだ。

 レース終盤に後続でアクシデントがあり、セーフティカーが導入されて築いた差はリセットされてしまったものの、ローソンの圧巻の走りは誰もが驚愕した。そして、最後までセーフティカーが解除されないままレースは終了となり、ローソンが見事にデビューウィンを飾った。

「デビュー戦で優勝できるなんて、本当に信じられない気持ちだ。正直、レース前はお腹が痛くなるくらい緊張したけど(笑)、すばらしいレースをすることができた。クルマのバランスも非常によくて、最高の状態で僕を送り出してくれたTEAM MUGENに感謝している」(ローソン)

 開幕戦でまさかの"黒星"を喫した野尻は、2016年にチームメイトとして戦ったバンドーンと重ね合わせ、ローソンの実力を改めて認めた。

「ストフェル(バンドーン)も日本に来ていきなり速かったし、リアムも(最初から)それなりの選手だとは思っていましたが......『やっぱりそうだよね』という感じです。今年3連覇を獲るためにも、やっつけなきゃいけない相手なのだと思います」

 2年連続でチャンピオンを獲得した野尻としては、日本の舞台で初めてレースをする海外ドライバーに負けた心境は複雑だろう。「ここで彼に負けたら『今のスーパーフォーミュラ(のレベル)はどうなんだ?』と言われそうな気がするので負けてはいけないのですが、正直『けっこう速いよ......』と思っています(笑)」と本音をこぼす場面も見られた。

【過去にない異色のドライバー】

 初優勝から一夜明けた第2戦。ローソンは予選4番手からスタートし、安定した走りを見せてまたも上位争いを展開。今度は3位でチェッカードフラッグを受けた。だが、セーフティカー導入中にピットインする場面で前のクルマとの間隔を必要以上に開けたとして5秒加算のペナルティを受けて、最終結果は5位となった。

 その2週間後、鈴鹿サーキットで行なわれた第3戦では、予選でミスがあって8番手に沈む。しかし、ローソンはスタート直後から激しいドライブで鈴鹿のコーナーを攻め、前方のマシンを次々とオーバーテイク。3周目のシケインでは狭い内側のスペースに飛び込み、王者・野尻をコース上で抜き去る荒技も披露した。

 一時は2位まで順位を上げたが、終盤は展開に恵まれず4位に後退。しかし開幕3戦すべてでポイントを獲得し、首位から7ポイント差のドライバーズランキング3番手につけている。

 ローソンの新人らしからぬ安定感も驚きだが、なにより特筆すべきは、昨年12月のルーキーテストから一度もクラッシュを犯していないという点だ。田中監督によると、今まで来日してきた外国人ドライバーのなかでは「異色のキャラクター」だという。

「彼の印象として、テストの時から『日本人ドライバーのような乗り方をするドライバーだな』と思っていました。多くの外国人ドライバーはまず120%までマシンを攻めて、そこから落としていくようなやり方をしますが、彼は徐々にペースを上げていってクルマを作っていく。日本人ドライバーのようなやり方です。

 とにかく慎重。でも、いざとなったら一発の速さも出す。特に(第1戦の)ピットアウト直後の速さはすごかったですね。今まで我々のチームで走った外国人ドライバーのなかでは異色の存在です」(田中監督)

 新人ローソンの登場により、シリーズ全体の流れが変わりつつあるように感じられた。スーパーフォーミュラからF1へ──。今後もローソンの走りから目が離せない。