マクラーレン・ホンダの今季初入賞は、思わぬ形でやってきた――。2.1kmに及ぶ長い全開区間、そして序盤戦でトラブルが多発したMGU-H(※)の対策品投入によるグリッド降格ペナルティ。最初からこのアゼルバイジャンGPは消化試合になると、…

 マクラーレン・ホンダの今季初入賞は、思わぬ形でやってきた――。2.1kmに及ぶ長い全開区間、そして序盤戦でトラブルが多発したMGU-H(※)の対策品投入によるグリッド降格ペナルティ。最初からこのアゼルバイジャンGPは消化試合になると、チームの誰もが思っていた。

※MGU-H=Motor Generator Unit-Heatの略。排気ガスから熱エネルギーを回生する装置。


アゼルバイジャンGPで9位入賞を果たしたアロンソ

 しかし、金曜日に走り始めてみると、思いのほか感触は良好だった。ひとつは、ホンダが投入してきた『スペック3』の手応え。ICE(内燃機関エンジン)の燃焼系を改良し、出力にして10kW(約13.6馬力)ほど、ラップタイムにして0.25~0.3秒の向上を果たしてきたと見られている。

「いわゆる内燃機関の部分を大きく変えて、燃焼効率と馬力を上げています。スペインGPに入れた吸気系のアップデートよりもさらに大きく、(シーズン中の)アップデートとしてはそれなりにいいレベルのものではありますが、残念ながらまだこれで他メーカーを凌駕できるわけではありませんから、よくなっていく過程の途中経過であるという風に捉えていただければと思います」(ホンダ・長谷川祐介F1総責任者)

 ただし、間に合ったのは1基のみ。金曜の走行開始時点ではまだマッピングの熟成もできておらず、ドライバビリティなどに課題を残しながらの走行とならざるを得ないほどタイトな投入だった。それでも、効果ははっきりと確認できたという。

「データ上で見ると明らかにアップデートの取り分(効果)が確認できましたし、十分に効果は出ていたと言えます」

 この手応えから土曜日以降も継続して使用したかったが、フリー走行2回目でギアボックスが壊れ、駆動が抜けたことで瞬間的に回転数が跳ね上がってオーバーレブしてしまったため、ホンダは物理的なダメージを懸念して旧型のスペック2に戻すことを決めた。予選でクリアラップが取れなかったうえに、0.1秒以下の差でQ2進出を逃してしまったことを考えると、スペック3が使えていればQ2に進んで本来のパフォーマンスを見せることができたのではないか、という感もある。

 もう一方では、車体側のアップデートも効いた。

 これまで大柄なリアウイングを使い続けてきたマクラーレンMCL32だったが、バクーでは長いストレートに合わせて薄型のリアウイングを持ち込み、フラップ内側をカットしたフロントウイングと併せて空気抵抗の削減に努めてきた。

 ライバル車を見れば、リアにはもっと薄いウイングを装着しており、なかにはフロントのフラップを一部取り払ってまでドラッグを低減――つまり最高速を優先しているチームもあることを考えると、MCL32のそれはまだ決して十分とは言えないかもしれない。

 それでも、旧型に比べて最高速は10km/hほど伸び、60kWものパワー差にもかかわらず、最高速の差が対メルセデスAMGで13m/h、対フェラーリで8km/h程度に収まっているのだから、上々のアップデート効果を得られたと言えるだろう。全体的にドラッグが大きいマクラーレンの空力に、空気抵抗が少なく効率のいいパッケージが加わったのは大きい。

 マクラーレンのマット・モリス(チーフエンジニアリングオフィサー)はこう語る。

「車体はスペインGPで半分、モナコGPでもう半分のアップデートを投入したのが効果を発揮していて、今回はここ(アゼルバイジャンGP)に合わせた薄い前後ウイングも持ち込んできたので、車体性能はレッドブルに並びつつある。サーキットによっては彼らをしのぐ性能を発揮していると思う。ただし、カナダもここもそうだけど、ストレートの長さとパワー不足を考えると、ウイングをもっと寝かせたいところではあるが、コーナーからの立ち上がりでのトラクションを考えると、そこまでフラップを寝かせるわけにはいかないんだ。パワーがあと60kWあれば何も問題ないんだけどね!」

 フェルナンド・アロンソは「ストレートで2.5秒から3秒は失う」と大げさに言うが、60kWのパワー差ならば、ラップタイムにして1.5秒。メルセデスAMGがまだ予選モードを使っていないQ1では40kW差であり、ラップタイムの不利は1秒。完璧なアタックが決められなかったQ1でのメルセデスAMGとのタイム差は2.351秒だったが、FP-3(フリー走行3回目)では1.999秒差。そう考えると、トップとの差は車体で1秒、パワーユニットで1秒というところまで縮まってきていると言える。

 決勝では上位勢がクラッシュやトラブル、ペナルティで後退したことでアロンソが一時的に5位を走る場面もあり、メルセデスAMGやフェラーリ、レッドブルやウイリアムズ、フォースインディアには為す術なく抜かれてしまったものの、ハースやトロロッソとは同等のペースで走る力を見せた。

「ノーバッテリー、ノーパワー! そのせいでコーナーで、ものすごくリスクを負って攻めなければならないんだ!」

 アロンソは長いストレートの終盤で120kWのディプロイメント(エネルギー回生)が切れることに不満をぶつけたが、ERS(エネルギー回生システム)の性能はどのパワーユニットもほぼ同じだ。パワーユニットにトラブルが発生していたわけでもない。

 その証拠に、一時的に放電を最小限にとどめてバッテリーへの充電を優先するモードにすると、ラップタイムは1分50秒台になり、予選モードに切り替えフル充電した4MJ(※)を1周で使い切るアタックをすると、翌周には1分45秒台を記録した(放電は1周あたり4MJまで可能だが、充電は1周あたり2MJまでと規定されているため、4MJを使うためには事前に「充電ラップ」が必要となる)。

※MJ=メガジュール。


バクーの市街地コースを走るマクラーレン・ホンダ

 残り5周でこれを2回やったアロンソは、49周目に1分45秒168という自己ベストタイムを記録しているが、これは全体で6番目であり、47周目にセバスチャン・ベッテルが通常モード(つまり2MJのディプロイメントのみ)で記録したファステストラップからは1.727秒差だった。

 43周目のメインストレートでカルロス・サインツに抜かれて8位を失ったアロンソの苛立ちが、前の発言につながったのだろう。

「(スリップストリームに)つかれてしまって、完全にストレートスピード負けでした。バッテリーがないという件については、データ上にトラブルの発生を示すようなものはありませんでしたし、少なくともトロロッソに対してディプロイメントが先に切れていたとは思えません」(長谷川総責任者)

 マクラーレンのデータによれば、MCL32は実質的な最終コーナーであるターン16のトラクションが弱かったといい、この前の周からラップタイムが1秒以上も遅れていた。

「最終的にはストレートスピードで負けて抜かれてしまいましたけど、その前はラップタイムで離していくときすらありましたし、DRS(※)圏内にも入られていませんでしたから、抜かれる心配はないだろうと思っていたし、(何もなければ)守り切れたんじゃないかなという思いはありますけどね……」

※DRS=Drag Reduction Systemの略。ドラッグ削減システム/ダウンフォース抑制システム。

 長谷川総責任者はそう言って、初入賞の喜びよりも獲れたはずの8位を逃したことに落胆の表情を見せた。

「なんて残念なことだ。今日のレースは勝てたはずだ!」

 レース中盤の混戦のなかでアロンソは言った。つまり、パワーが人並みにあればこの混戦に乗じて優勝争いができたのに、というのだ。

「だって、セーフティカー先導中に僕らは(ダニエル・)リカルドの後ろを走っていたんだからね。ルイス(・ハミルトン)がヘッドレストを失い、セバスチャン(・ベッテル)がペナルティを受け、キミ(・ライコネン)がリタイアし、フォースインディアの2台が同士討ちしたんだから、たとえ優勝できていなくても自動的に表彰台に乗っていたはずだ。だけど、今日の僕らには十分な速さがなかった。それだけのことだ」

 たしかにレース序盤のセーフティカー導入時、アロンソは見事な優勝劇を演じたリカルドの後ろを走っていたが、それはリカルドがブレーキトラブルのため序盤にピットストップを強いられたからであり、すぐにリカルドは中団勢を次々と抜いていった。

 車体性能がほぼ同じレッドブルがあのようなレースをしたのを見て、パワー差がなければ自分も彼のように抜いていって表彰台くらいは獲れたのに……と言いたかったのだ。

 ただ、車体性能の向上とともに『スペック3』でパワーユニットの進化にも手応えが得られた。次戦のオーストリアGPからは、このパワーユニットが両ドライバーのマシンに実戦投入されることになる。バクーで対策型MGU-Hを投入してペナルティを消化しておいたことで、後方グリッドからのレースを強いられることもないはずだ。

「スペック3が入れられれば十分にポイントは狙えると思っています。始めからポイント獲得を目指して、きちんと戦っていけると思います」(長谷川総責任者)

 予選7位を獲得した5月のスペインGP以来約2ヵ月ぶりに、通常のグランプリサーキットへとF1サーカスは戻る。車体、パワーユニットともに進化したマクラーレン・ホンダがそこでどんな走りを見せてくれるのか、楽しみにしたい。