パリオリンピックに向けた日本スポーツクライミング「期待の新星」が、しっかりと最初のハードルを飛び越えた──。 高校2年生の安楽宙斗(そらと/16歳)が4月8日・9日に行なわれたボルダー&リード・ジャパンカップに優勝。今夏にスイスで開催され…

 パリオリンピックに向けた日本スポーツクライミング「期待の新星」が、しっかりと最初のハードルを飛び越えた──。

 高校2年生の安楽宙斗(そらと/16歳)が4月8日・9日に行なわれたボルダー&リード・ジャパンカップに優勝。今夏にスイスで開催される世界選手権への出場権を獲得した。

 結果だけを見れば、安楽にとってボルダー&リード・ジャパンカップのタイトル獲得は2年連続となる。だが、出場選手の顔ぶれなどを比べれば、その価値は大きく異なる。今大会では東京五輪代表で知名度抜群の楢﨑智亜(予選敗退10位)、ボルダーW杯2年連続年間1位の緒方良行(3位)といった実力者を退けたからだ。



大会2連覇で世界選手権の切符を掴んだ安楽宙斗

「2連覇というのは、すごく胸に染みてうれしいです。去年はトップ選手がみんな出ていたわけではなかったですが、今回は世界選手権の出場がかかっていたので全員が出てきたので。だから、リードで完登した時は優勝が決まったと思って、ガッツポーズをしてしまいました」

 そう振り返った安楽は、初日から高次元で安定したパフォーマンスを発揮した。32選手が出場した初日の予選は、ボルダーを4課題中3完登して84.7ポイント。リードは完登して100ポイントでトータル184.3ポイントとし、8人で競う決勝に予選2位で進んだ。

 決勝ではボルダーを4課題中3完登、リードではただひとり完登を記録して174.8ポイント。2位の百合草碧皇(ゆりくさ・あお/20歳)の166.5ポイントを大きく上回ったが、その要因を安楽はこう語る。

「ボルダーは"動き系"の課題が多くて、僕はそういうのを得意にしているので、オブザベーションをした時点で2、3完登はして、点数で離されたくないと感じていました。リードは課題傾向が"持久力系"で、ムーブをミスなく完璧に登らないといけないと思ったので、出番を待つ間もルート図を見ながら、いろんな想定をしながら何度もシミュレーションしていました」

【安楽の課題はフィジカル】

 パリ五輪で実施される「ボルダー&リード」は、成績をポイント換算して順位を決める。ボルダーなら1課題につき1度目のアテンプト(※)で完登すれば25ポイント。4課題すべてを一撃すれば100ポイントを獲得できる。

※アテンプト=スタートを切ること。

 完登できなくても、課題途中に設定されたゾーンまで登れれば、ゾーン1で5ポイント、ゾーン2で10ポイントを手にできる。ただしアテンプト数がかさめば、その分だけ減点されることになる。

 リードは完登すれば100ポイント。途中でフォールした場合は最終ホールドから起算して、10手目までなら各4点、11手目〜20手目までが各3点、21手目〜30手目までが各2点、31〜40手目までが各1点を手にできる。

 たとえば、最終ホールド1手前なら96ポイント、2手前なら92ポイントということ。このほか、次のホールドを保持できなくても、触れば0.1ポイントを獲得できる。

「スピード×ボルダー×リード」の順位をそのまま掛け合わせた数値がポイントになった東京五輪に比べると、計算方法は複雑に感じるかもしれない。だが、重要なのは完登できたかどうか。配点が細かく設定されたことによって、完登に近づいたパフォーマンスが順位に反映されるようになっている。

 安楽は今大会の上位2名に与えられる世界選手権のボルダーとリードへの出場権を手にしたが、今夏の世界選手権で躍動するためには、まだ課題も残されている。そのひとつが、パワフルなムーブを求められるフィジカル強度の高い課題への対応力だ。

 今年2月のボルダージャパンカップでは予選1位通過ながらも、課題のフィジカル強度が高まった準決勝で敗退。今大会も「パワーが必要な課題がたくさん出るのかなと思っていたけど、僕の得意な動き系だったのがよかった」と口にするなど、本人も筋力面でトップ選手に劣っていることは自覚している。

 ただし、一般的に男性が筋力的に本格的に発達期を迎えるのは骨格が安定する18歳くらいからで、まだ16歳の安楽が高いフィジカル強度に適応できないのも当然のこと。そのため現状では、それ以外のところをブラッシュアップすることがフィジカル強度の高い課題への糸口になってくるだろう。

【楢﨑智亜は復活できるか】

 たとえば、決勝のボルダー第2課題。この課題を完登したのは世界屈指のフィジカル能力を持つ緒方良行だけ。緒方以外はゾーン1も獲得できなかったなか、井上祐二(6位)はゾーン1にもっとも近づくクライミングを見せた。

 このシーンについては日本山岳スポーツクライミング協会の無料配信動画をチェックしてもらいたいが、井上は短い競技時間のなかでフィジカルでの真っ向勝負以外の方法を探し、さまざまな動きを試み、同じ動きでも手順を変えながら打開策を模索した。この姿勢こそが、現時点の安楽がフィジカル強度の高い課題を攻略するために求められるところだろう。

 世界選手権に出場できる日本代表枠は「男女各5」。男子はボルダージャパンカップとリードジャパンカップの結果によって出場が決まっている楢﨑明智(9位)と、今大会で上位2名となった安楽、百合草で3枠が埋まった。

 残り2枠は、今シーズンのW杯でのボルダーとリードの成績によって決まる。そのためには両種目でW杯に出場する必要があるが、この資格を持つのは緒方、今年のリードジャパンカップ優勝者の小俣史温(しおん/12位)、そして楢﨑智亜の3人のみ。

 楢﨑智亜は「この2週間くらいで体調を崩してコンディションを落としてしまった」という影響もあって、今大会は予選敗退の10位。この結果に「追い込まれましたね」と語ったその目はすでに、4月21日〜23日の東京・八王子で開幕するワールドカップシーズンに向けられていた。

 否応なく来夏のパリオリンピックが色濃く反映される今季のクライミングシーズン。最初のハードルを制したのは安楽だったが、ドラマはまだ始まったばかりだ──。