興奮に感動、驚嘆と喜び、すべての感情に訴え、沸き立たせる超一級のエンターテイメント、シルク・ドゥ・ソレイユ(以下シルク)で7年間活躍し、驚きに満ち溢れた数々のシルクのショーの中でも特別な舞台装置と凝った演出が光る「O(オー)」に出演してきた…

興奮に感動、驚嘆と喜び、すべての感情に訴え、沸き立たせる超一級のエンターテイメント、シルク・ドゥ・ソレイユ(以下シルク)で7年間活躍し、驚きに満ち溢れた数々のシルクのショーの中でも特別な舞台装置と凝った演出が光る「O(オー)」に出演してきた杉山美紗は11歳、小学校5年生の時、代表としてオリンピックに向けての一貫指導オーディションに参加、アスリートとしての歩みを始めた。

◆【後編】マーメイド・ジャパンからシルク・ドゥ・ソレイユへ “表現者”杉山美紗が駆け抜けた日々の軌跡

杉山美紗(すぎやま・みさ)

●元アーティスティック・スイミング日本代表 1990年9月25日生まれ。神奈川県出身。幼い頃からアーティスティックスイミングを始め、日本代表で世界選手権やワールドカップに出場。2014年に選手引退後、15年からシルク・ドゥ・ソレイユ“O”に7年間出演し、昨年から日本に拠点を移し、水中空中モデル・講演活動等、表現の幅を広げて活動している。

■ロンドン五輪で代表落ち

マーメイド・ジャパンの一翼を担った杉山美紗 撮影:梁川剛

舞台は水の中。当時はシンクロナイズド・スイミングと呼ばれていたアーティスティック・スイミングの分野で活躍し、オリンピックを目指しながら数々の世界大会に出場していた。

2012年のロンドン・オリンピックでは代表落ちしたものの、2013年バルセロナの世界選手権に出場。

だが、そんな日々の中で14歳となったある日、初めてシルク・ドゥ・ソレイユの代表的作品である『アレグリア2』を見て魂が震えるほどの衝撃を受け世界選手権後、あと3年、次のオリンピックまで頑張るのか、どうするのか。それを見極めるため単身でエンタメの本場ラスベガスへと渡り、その空気に触れたのち、アスリートからエンターテイナーへの転身を決意する。

シルク・ドゥ・ソレイユで活動する日本人は何人かいるものの、そこが世界中から選ばれた一級の演者がしのぎを削る厳しき世界であることは言うまでもない。

当時の杉山は英語が堪能なわけでもなく、アメリカとの太いパイプがあるわけでもなかった。だが「やりたいこと、出たいショーがそこにしかなかったから」という理由から、自分を突き動かす熱意と共に究極のエンターテイナーとしての人生を歩みだした。

2023年3月の今現在、コロナ禍を経て5年ぶりにシルクの代表作のひとつである『アレグリア』がこの日本でも公演中であり、これまでも約30年にわたっていくつものショーが来日、シルクの公演を見たという日本人も多いと思うが、シルクの本拠地であるモントリオールや、ラスベガスでの公演は一味も二味も違うという。

インタビューに応える杉山美紗 撮影:SPREAD編集部

ショービジネスの街、ラスベガスは、街全体が「楽しむことを楽しめる」に成り立っており、観客はみなドレスアップをし、食事とお酒を楽しみ、満ち足りて、盛り上がった気分と共にエンターテイメントを堪能しに行く。そのため、会場での盛り上がり方もまたひときわ高いのだ。また、私も以前現地に赴いたシルクの本拠地モントリオールでは、自分たちの街で生まれたこの特別なサーカスを愛し、応援する気持ちが強く、観客のシルクへ向けた愛のオーラのようなものが会場に充満し、本当にハッピーな空気と共に公演が繰り広げられる。

7年間、シルクの中でも珍しい、水と火とアクロバットの演技で構成された傑作「O(オー)」を中心に活躍し、昨年シルクを卒業した杉山に、シルクの一員として活動してきたからこそ語れる貴重な経験と彼女なりの考察を語ってもらった。

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著者プロフィール

Naomi Ogawa Ross●クリエイティブ・ディレクター、ライター

『CREA Traveller』『週刊文春』のファッション&ライフスタイル・ディレクター、『文學界』の文藝編集者など、長年多岐に亘る雑誌メディア業に従事。宮古島ハイビスカス産業や再生可能エネルギー業界のクリエイティブ・ディレクターとしても活躍中。齢3歳で、松竹で歌舞伎プロデューサーをしていた亡父の導きのもと尾上流家元に日舞を習い始めた時からサルサに嵌る現在まで、心の本業はダンサー。