●連覇へはいばらの道 3月25日、フィギュアスケートの世界選手権男子フリー。 2日前のショートプログラム(SP)では、宇野昌磨(トヨタ自動車)が104.63点で首位発進し連覇に王手をかけていた。世界選手権を連覇した宇野昌磨 だが、4.25点…

●連覇へはいばらの道

 3月25日、フィギュアスケートの世界選手権男子フリー。

 2日前のショートプログラム(SP)では、宇野昌磨(トヨタ自動車)が104.63点で首位発進し連覇に王手をかけていた。



世界選手権を連覇した宇野昌磨

 だが、4.25点差でフリーを4回転6本の構成にするイリア・マリニン(アメリカ)が続き、チャ・ジュンファン(韓国)は99.64点、キーガン・メッシング(カナダ)は98.75点という緊迫した状況だった。

 さらに宇野は、SP前日の公式練習で痛めていた足首を再度ひねっていて、公式練習の曲かけでも跳べた4回転は終盤のトーループだけ。ループとサルコウは2回転で、フリップは回避という滑りで不安も見せていた。

 フリーは最終組に入ると、暫定1位がたびたび変わる接戦になった。

 最初のジェイソン・ブラウン(アメリカ)が演技構成点95.84点を出す完璧な演技で、合計を自己最高に1.20点まで迫る280.04点にして首位に立つと、続くケビン・エイモズ(フランス)もノーミスで自己最高の282.97点と表彰台ラインを上げた。

 そのあとのメッシングは崩れて順位を下げたが、SP3位のチャがノーミスで滑り、合計は自己最高得点を大幅に更新する296.03点を出してトップに立った。

 SP2位のマリニンはジャンプ3本が回転不足となり、自己最高得点を更新しながらも288・44点にとどまった。

 出番が最後となった宇野は、大きなミスをすればチャに優勝を奪われかねない状況だった。

●ジャンプ回避の裏に冷静な判断

 だが宇野は冷静な滑りをした。直前の6分間練習でも決めていた最初の4回転ループを3.75点の加点にして成功させる。

 次の4回転サルコウは回転不足の両足着氷で3.43点減点されるジャンプになったが、4回転フリップは4.24点の高い加点の完璧なジャンプ。そのあとのトリプルアクセルは空中で軸が少し動きながらも着氷と、上々な滑り出しとなった。



 しかし、宇野にとって大きな得点源である、後半の3本の連続ジャンプは少し意外な形になった。

 ステファン・ランビエルコーチは「不安が残っていたフリップとループは落ち着いてやって、そのあとの3本のコンビネーションジャンプを力強くやればいいという戦略だった」と話す。

 全日本選手権では後半に4回転トーループ+3回転トーループ、4回転トーループ+2回転トーループ、トリプルアクセル+ダブルアクセル+ダブルアクセルと並べる構成だった。

 だが今回、宇野はフライングキャメルスピンのあとの4回転トーループは単発に抑え、続く4回転トーループも着氷を乱してとっさに1回転ループをつけるだけになった。

 そして、トリプルアクセルからの3連続ジャンプも、2本目のダブルアクセルの着氷が詰まって3本目をつけない連続ジャンプにとどめた。

 3本のコンビネーションジャンプが、実質的にはトリプルアクセル+ダブルアクセルのみというもったいない構成になった。しかも、4回転トーループは2本とも4分の1回転不足と判定された。

 そこには、宇野自身の冷静な判断もあった。

「昔は戦略とか他の選手の点数がどうだとかは考えず、全力でぶち当たるという感じでした。でも今はけっこう、これ以上のミスはいけないなという感覚でやっています。

 今回も4回転ループを降りて、4回転サルコウはちょっと厳しいだろうなと思っていたけどなんとか踏ん張れて、4回転フリップも降りられたので、あと1回は失敗しても大丈夫だけど、大きなミスをするとあやしいなというようなことを考えていたんです。だからいつもコンビネーションをやらなくなってしまうんです(笑)。

 それに今回の練習では、コンビネーションはそもそもできていなかったので。あそこで無理して2回転トーループをつけても、1回転の時との違いは1点ちょっとだと思います。

 それが必要だったら僕はやりますけど、この演技内容だったら何が必要か、というのはなんとなく計算している。トーループに2本ともqマークがつくとは思っていなかったけど、両方ともけっこうギリギリだったのであれはあれでいい選択だったと思います」

●大会連覇で「恩返しできた」

 本番ではSP、フリーともに集中し、足首の痛みは感じずに演技ができたという。

「不安はもちろんありました。もし足が治ったとしても、コンディションが全然よくならなかったので、どちらにしても不安はあったんです。

 ただ、フリーの朝の公式練習や演技前の6分間練習では、ともに『できる』というイメージは持てた。ただ、曲かけのプログラムのなかではできていなかったから、それが試合でどうなるかというのを考えながらやっていました。

 だからけっこう地に足がつかないような演技だったかなと思いますけど、いい演技だったし、いい結果だったと思います」

 こう話す宇野のフリーの滑りは、技術点はマリニンとチャに次ぐ3番目の103.13点。演技構成点では抜群の滑りをしたブラウンに次ぐ2番目の93.38点。今季のセカンドベストの196・51点で1位の得点だった。

 SPとフリーの合計もグランプリ(GP)ファイナルに続いて300点台に乗せる301.14点で、2位のチャに5点以上の差をつけて、日本勢では前日の坂本花織(シスメックス)に次ぐ大会連覇を果たした。

 演技終了後には、氷の上に大の字になったまま寝そべった宇野。

「演技を終えて本当にホッとしたというか、久しぶりに練習以上を出さなければいけないという気持ちだったので、ホッとしました」

「もう一回やったら絶対に無理だなという演技をショート、フリーともにできたと思います。演技としてはまだまだやれたかもしれませんけど、今何ができるかと言われたら、本当にこれ以上はできないと言いきれる演技だった。

 そしてどんな内容でも結果というものが、僕を支えてくださった人たちへの恩返しになると思います」

 最初に足首をねんざしたのは2週間前。それからジャンプが狂い始め、競技開始前日に宇野は「本当にひどい状態。練習で20%くらいしか跳べていないジャンプを、試合でどういうふうにできるか、ちょっと興味本位で見ていただけたらと思います」と自虐的な言葉を口にするほどだった。

 しかし、そんななかでもしっかり勝利を収められたのは、彼のこれまでの経験の積み重ねであり、勝利だけを意識した彼の執念が、他の選手より勝っていたからだろう。

 宇野にとってこの勝利は、自信のキャリアのなかでも大きな区切りになるものになる。