国枝慎吾(ユニクロ)や上地結衣(エイベックス)の活躍で、広く知られるようになった車いすテニス。その大会では主に、3つのクラスで試合が行なわれていることはご存知だろうか。国枝は男子、上地は女子、そしてもうひとつのクラスが「クァード」だ。…

 国枝慎吾(ユニクロ)や上地結衣(エイベックス)の活躍で、広く知られるようになった車いすテニス。その大会では主に、3つのクラスで試合が行なわれていることはご存知だろうか。国枝は男子、上地は女子、そしてもうひとつのクラスが「クァード」だ。三肢以上に障がいがあるクラスで、男子や女子に比べるとまだ認知度は低いが、独自の”工夫”と”戦術”で観る者を魅了する面白さがある。今回は、このクァードの魅力をご紹介しよう。


世界ランキング2位のデビッド・ワグナー(左)と1位のディラン・アルコット(右)

 クァードは、英語で四肢まひを意味する「Quadriplegia 」(クァードリプリジア)の略称。男女混合で試合が行なわれる。握力がない、あるいは弱くてラケットが握れない場合は、ラケットと手をテープで巻いて固定することが認められている。また、障がいのため汗をかきにくい選手も多く、霧吹きなどで体温調節をはかる工夫をしている。車いすの操作が難しい選手は、電動車いすを使用してプレーを行なう。

 クァードのテニスの特徴、それは「予測」と「駆け引き」だ。もちろん、男子と女子のクラスもそれができる選手が強いのだが、手にも障がいがあるクァードの選手は、車いすを漕ぐのが遅くスピードが出にくい分、より戦略的なプレーが求められる。相手のプレーの先を読み、逆回転や外に逃げるサーブなど、さまざまなショットを駆使して攻め込むテニスはクァードならでは。そして、そのショットの正確性も必見だ。

 そうしたプレーに長けているのが、世界2位のデビッド・ワグナー(アメリカ)だ。胸から下が麻痺している彼は、素早く動けない分、球筋を読み、丁寧なラケットワークで正確にショットを打ち分ける。ミスが少なく、自分がどこに打てば、どうボールが返ってくるのか計算し尽くされたその頭脳プレーには、他国のライバルたちも舌を巻く。パラリンピックのシングルスではアテネとロンドンで銀メダルを獲得。ダブルスの名手でもあり、こちらは電動車いすのニック・テイラーと組んでアテネから大会3連覇を果たしている。

 そんな彼の前に立ちはだかるのは現在、世界ランキング1位のディラン・アルコット(オーストラリア)である。世界トップランカーがエントリーした今月中旬の「ジャパンオープン」(福岡県飯塚市)では、決勝で両者が対決。アルコットが6-4、3-6、6-3のフルセットを制し、大会3連覇を果たした。

 このアルコットには、ワグナーとはまた違うストロングポイントがある。比較的身体の状態がよく、手にテーピングなしのアグレッシブなプレーで試合のリズムを作ることができるのだ。実は、車いすテニスのジュニア選手として活躍しながら、車椅子バスケットボールのオーストラリア代表にも選ばれ、北京パラリンピックで金メダル、ロンドン大会でも銀メダルを獲得している。その後、車いすテニス界に戻り、本格的に競技に取り組むことになったわけだが、車椅子バスケットボールで培ったチェアワークと、左右に伸ばせば1m95cmある長い手から繰り出す強打で、一躍トップの仲間入りを果たした。2015年に全米オープンで初優勝するとその勢いはさらに増し、リオパラリンピックでは単複で金メダルを手にしている。

 30回以上対戦している両者の試合はいつも接戦だ。今回は、とくに特徴的なふたりのプレーヤーを紹介したが、それぞれの選手の個性やプレースタイルを理解すれば、観戦者もきっと「試合を読む」楽しさを感じられるだろう。それもクァードクラスの魅力のひとつだ。

 テニスのグランドスラムには「車いすの部」がある。男女のウィンブルドンはこれまでダブルスのみ開催されていたが、2016年からシングルスも行なわれるようになり、選手たちの高いモチベーションになっている。一方のクァードは現在のところ、グランドスラムで行なわれるのは全豪オープンと全米オープンのハードコート2大会のみ。全仏のクレーコート、ウィンブルドンのグラスコートはクァード選手の負担が大きいとされているからだ。また、男子と女子は世界ランキング7位までの選手と、ワイルドカード1枠の計8人のドローで実施されるが、クァードはわずか4人で、非常に狭き門となっている。

 日本人選手では、諸石光照(フリー)と川野将太(シーズアスリート)の2選手に、さらなる飛躍への期待がかかる。現在の世界ランキングは諸石が8位、川野が16位。配球のうまさが光る諸石は、相手の嫌がる場所を突く正確なショットで世界をにらむ。川野は世界トップクラスと評されるスライスが武器だ。ふたりはパラリンピックでもダブルスを組み、ロンドン大会では4位入賞を果たしている。

 彼らに続けとばかり、この数年は国内のクァードの競技人口も増加傾向にあるという。橘信宏クァード日本代表コーチは、「2020年の東京パラリンピック開催が決まったこともあり、クァードでやろうという選手が増えたようだ」と語る。車いす男子でプレーしている菅野浩二(リクルートオフィスサポート)も、もともと頸椎損傷で手にも障がいがあることからクァードへの転向を考えており、「自分のクァード選手としての可能性に挑戦したい」と話している。クァード選手として活動するには、国際テニス連盟(ITF)の書類審査や認定会で合格する必要があるが、東京までの3年間でガラリと様相が変わりそうな勢いだ。

 実に奥が深い、クァードの世界。ぜひこれからも注目してほしい。