極私的! 月報・青学陸上部 第36回 日本学生陸上競技個人選手権大会――。 会場であるBMWスタジアム平塚内は、ザワついていた。 男子100mの予選で多田修平(関西学院大)が追い風参考記録ながら9秒94のタイムを出し、日本人で桐生祥秀(…

極私的! 月報・青学陸上部 第36回

 日本学生陸上競技個人選手権大会――。

 会場であるBMWスタジアム平塚内は、ザワついていた。

 男子100mの予選で多田修平(関西学院大)が追い風参考記録ながら9秒94のタイムを出し、日本人で桐生祥秀(東洋大)、ケンブリッジ飛鳥(ナイキ)についで3人目となる9秒台を記録したのだ。

 その興奮の余韻が競技場内には残っていた。


キャプテン吉永竜聖はじめ、青学の主力選手は5000mに出場した

 青学の待機場所近くのスタンドには安藤弘敏コーチがひとりで座り、競技を見ていた。17時から始まる5000mに青学は34名の選手がエントリーしており、選手はそれぞれアップを始めているが、競技までにはまだ時間があった。

「今日は4年生に頑張ってほしいね。中村兄(祐紀)が戻ってきているし、今日のレースは優勝争いするんじゃないかな。(暑さが苦手の)田村(和希)も、エースだから暑い中でもしっかり走ってほしい。キャプテン? 吉永(竜聖)は、まだまだだなぁ。練習でも少し離れてしまうし、腰の違和感が出たり出なかったりしている。なかなか戻らないのでちょっと心配。4年生の調子が上がらないので、このままじゃ……という危機感はありますよ。3年生がよくカバーしてくれていますけど、やっぱり4年生が元気よくないとね」

 安藤コーチの表情が曇る。

 下田裕太は関東インカレのハーフで2位に入賞し、調子がようやく上がってきた。田村は、5月9日に走りの練習をスタートさせて、貞永隆佑とともにこの大会が実質的な復帰戦になる。中村は関東インカレで1500mを走り、この大会に合わせて調整してきた。この後のレースを見ないと何とも言えないが、主力の顔ぶれは揃いつつある。

 気になったのは、キャプテンの吉永である。4年生が今ひとつな状態で、自分の調子も上がらない。責任感が強い選手だけに、自分を追い込んでいるのではないかと心配になったのだ。

 吉永は今年1月、新キャプテンに就任した。

「学年で話し合った時、下田という案も出たのですが、下田は発言力も実力もあるし、田村とともに主軸としてずっと活躍しています。このふたり以外で学年の中に責任感のある選手を増やしたいということになり、ふたり以外からキャプテンを選ぶことになったんです。最終的に話し合いをして、多くの人に支持してもらって僕がやることに決まったんですが、僕自身、競技レベルでふたりに追いつき、先頭に立って走るためにはキャプテンになることがプラスになると思いましたし、ふたりに負担をかけないという意味でも僕がやった方がチームとして回るのかなと」

 吉永は鹿児島城西高校時代にキャプテンを経験している。大学2年生の時は学年長になり、個性的な学年をまとめて、先輩や仲間からも高く評価された。そういう経緯があってのキャプテン選出だった。

 だが、3冠3連覇を達成したチームの先頭に立つのだ。プレッシャーもあるだろう。

「そうですね。プレッシャーはありますけど、どちらかというと自分ができるのかなという不安の方が大きくて……。でも、自ら覚悟を持ってやっている姿勢を見せないと周囲もついてきてくれない。また、箱根3連覇という伝統を築いてきているので、それを自分たちの代で途切れさせるわけにはいかない。箱根4連覇達成を目指して覚悟を持ってやっていきたいと思っています」

 副キャプテンには下田が就いた。吉永は並々ならぬ決意で”キャプテン”になったのである。

 しかし、その覚悟とは裏腹に、走りでは”らしさ”を発揮できずにいた。吉永は箱根駅伝直前に故障し、箱根が終わってから3週間ほど走れなかった。チーム練習に合流できたのは、2月の宮崎合宿の途中からだ。そこから2週間ほど調整し、最初のレースとなったのが立川の日本学生ハーフ(3月5日)だった。

「練習ができていなかったので、立川にはトラックシーズンに向けて土台作りのような感覚で出させてもらったんですが、レースがハイペースで後半ラップを落としてしまいました。まだまだですが、状態が悪い中でもまとめることができたのでよかったです」

 タイムは1時間4分4秒だったが、学内では6番で復帰レースとしてはまずまずだった。

 吉永は春のトラックシーズンで巻き返し、10000mで28分40秒切りを目指し、5000mは安定していつもで13分台を走れる状態を作る。そうして夏合宿で走り込み、3大駅伝につなげていくというプランを考えていた。

 4月の日体大記録会(10000m)では、29分28秒12で自己ベストを更新したが、5月の静岡の長距離強化記録会(5000m)ではパっとせず、関東インカレにも名前がなかった。

 表情にはいつもの吉永らしい明るさがなかった。この頃、大きな悩みを抱えていたという。

「実は3月から4月にかけて、監督の考えに僕がちょっとついていけなくて、うまく連動できていなかったんです」

 吉永は厳しい表情でそう言った。

「監督の理想というか、求めるものと僕のキャプテンとしての理想に差があって……。監督はがむしゃらに自分のためにがんばることがチームのためになり、それがチームにいい影響にもたらすという考えでした。僕は自分の結果が出なくても、チームのために、という考えでチームを運営していたんです」

 第三者から見れば、原監督の考えも吉永の考えも理解できる。

 原監督は自らの経験に基づいた組織論的な視点で、さらに吉永個人の状態が上がらないことと4年生全体がパっとしないことに危機感を覚えたがゆえに、そう発言したのだろう。一方、吉永はキャプテンになったからには自分のやり方でリーダーシップを発揮し、チームをまとめていきたい思いがある。

 チームのために、そして、チームを強くしたい思いは共通だが、その方法論とキャプテン像に違いがあったのだ。吉永は就任時、理想のキャプテン像についてこう語っていた。

「僕の理想は走りで引っ張るというよりも、そこにいるだけでチームの雰囲気が締まるようなキャプテンです。(3代前キャプテンの)藤川(拓也)さん、(2代前キャプテンの)神野(大地)さんは、そういうタイプで、そこにいるだけで僕らはちゃんとしないといけないと思えるキャプテンだった。そういう厳しさを持ち、チームのためになるなら嫌われ者にもなる、そんなキャプテンになりたいです」

 吉永の言う厳しさとは、もちろん部員に対するものもあるが、むしろ自分自身に向けられているような気がする。

 吉永は温和な性格で、気遣いのできる選手だ。その性格ゆえに安藤悠哉前キャプテンは、「あいつは優しいし、すごく気を遣うタイプ。そのぶん、下田ら同学年の選手に厳しく言えるかが心配。とにかく自分の思う通りにやってほしい」と、吉永にエールを送った。

 自分の優しさが徒(あだ)となって優柔不断になったり、仲間に言うべきことが言えないとチーム運営に支障をきたす。吉永はそれを理解していたからこそ、自分に厳しさを求めた。仲間との信頼関係を築くために誰よりも自分を律し、チームのために自己犠牲をいとわず、自らしんがりをつとめようとした。それが吉永の考えるリーダーシップだったのだ。

「最初は悩みましたけど、4月に一度、監督と意識のすり合わせをして、求められているものがだいぶ理解できるようになってきました。今後はその部分を修正しながら、自分の調子を戻していかないといけないと思っています」

 監督との”違い”をならしていく作業と並行し、5月は就職活動でも忙しかった。吉永は卒業後、実業団ではなく一般企業への就職を決めた。そのために就活が忙しくなり、練習にもなかなか身が入らない状態が続いていたという。そうしたさまざまな出来事が彼本来の明るさを失わせ、調子を狂わせる要因のひとつになっていたのだ。

 個人選手権大会前も腰痛に悩まされ、調子は万全ではなかった。

「あまり期待しないでください」

吉永は苦笑いを浮かべてスタートに立ったが、やはり結果は芳しくなかった。自己ベスト(13分49秒83)から1分も遅い14分50秒71と、らしくないタイムに沈んだ。

「全然ダメでした。1000mですでにキツかったんですが、2000mまではなんとかレースの流れに乗れていました。でも、2000mから3000mで一気に3分台に落ちてしまって……。調子が悪い時は3000mから4000mがそのくらいのタイムで、それでも残り1000mはなんとか粘れる感覚だったんですけど、今はその余裕が全然ない」

 吉永の言う通り、すでに1000mの時点で先頭集団と離れてしまっていた。練習で距離走やインターバル走はできているというが、それが試合にうまく結びつかない状態だ。

 トラックシーズン最後のレースは7月1日、世田谷記録会になる。

「そこで1本いい走りをしたいですね。やっぱり夏前に1本でもいい走りをして、こいつ伸びてくるなっていう走りを見せないと、夏にいくらいい練習ができたとしても出雲で(監督が自分を)使うのが難しくなると思うんです。今はまだフォームのバランスが悪いうえに、必要以上の疲労がたまって、ちょっと負のスパイラルにハマっていますが、なんとかがんばって調整し、世田谷では14分一桁を出すことができればいいかなって思います。チーム自体は……3年生中心に調子がいいですし、今はチームのことにあまり手が掛かっていないので、まずは自分の調子を取り戻します」

 吉永は、流れる汗をぬぐいながら、そう決意を述べた。

 仮に世田谷でタイムが出なくても夏が味方してくれるだろう。昨年も夏前まではそれほど調子がよくなく、夏に走り込んで調子を上げ、全日本大学駅伝出場(3区)を勝ち取った。

「今年の目標は、昨年の安藤さんのように3大駅伝をしっかり走ること。箱根ではアンカー、もしくは復路のエース区間である9区を走りたい」

 昨年、箱根を走れなかったからこそラストチャンスに賭ける気持ちは強い。

 今、吉永はキャプテンの重さ、大変さを改めて噛みしめているだろう。こんなにキツイものなのかと思っているかもしれない。外的なプレッシャーも秋の駅伝シーズンに入ると大きな波となって吉永に襲い掛かってくる。

 その時、どれだけ踏ん張れるか。神野がキャプテンだった時、ケガに苦しみつつも最後は箱根連覇を達成した。その時と同じように、彼を慕う多くの人に支えられて、吉永はキャプテンとしての任務を全うしていくはずだ。

 それが吉永の強み、でもある。

*     *     *

 夕方、5000mの表彰式が行なわれた。青学は2位に橋詰大慧(たいせい/3年)、3位に小野田勇次(3年)が入った。


橋詰(左)が銀メダル、小野田が銅メダルと3年生の調子がいい

 橋詰は好調を維持し、安定感が出てきた。間違いなく3大駅伝のメンバー候補になるだろうし、さらに大化けする可能性もある。

「夏に走り込んでもっと鍛えて、チームの勝利のために貢献したい」

橋詰は謙虚にそう言うが、彼の活躍は本当に頼もしい。1、2年時は故障ばかりで満足に走れなかったが、地道に練習を重ね、昨年秋から急成長した。チームには故障者や伸び悩む選手がいるが、橋詰の成長は彼らにとっても大きな希望なのだ。

 小野田は「風邪をひいていたんですけど、なんとか我慢できた。最初から前のペースについていったのがよかった」と、笑顔を見せた。病んでいたようにはまったく見えない元気印だが、スピードも粘りもついてきた。今年は出雲、全日本の平地での快走も期待できそうだ。

 3年生は森田歩希(ほまれ)、橋間貴弥らが無難な走りを見せた。2年生は鈴木塁人(たかと)と生方敦也がよかった。1年生は神林勇太、市川唯人、岩見秀哉の3人が頭ひとつ抜け出てきそうだ。

 前期最後のレースとなる世田谷記録会では、いったい誰が吠えるだろうか。