ホンダF1の未来(前編)<2023年編> 2023年の開幕戦バーレーンGPは、レッドブルがワンツーフィニッシュで独走勝利を飾った。ライバルを圧倒するそのマシンに搭載されているパワーユニットには、『ホンダRBPTH001』という名前が冠されて…

ホンダF1の未来(前編)<2023年編>

 2023年の開幕戦バーレーンGPは、レッドブルがワンツーフィニッシュで独走勝利を飾った。ライバルを圧倒するそのマシンに搭載されているパワーユニットには、『ホンダRBPTH001』という名前が冠されている。

 MADE IN JAPAN──。

 栃木県のHRC Sakuraで作り上げられた、世界一のパワーユニットだ。


レッドブルのボディに刻まれた

「HONDA」の文字

 ホンダは2021年かぎりでパワーユニットサプライヤーとしての活動を終了し、F1から撤退した。だが、昨年途中からチームパートナーとして、レッドブルの車体にロゴを掲げている。そして、子会社のレース専門企業HRC(ホンダ・レーシング)がパワーユニットをレッドブルパワートレインズに供給している。

「HRCはテクニカルパートナーとしてレッドブルパワートレインズと技術支援契約を交わしています。HRCとしては今までと何ら変わりはなく、パワーユニットを組んでそれをオペレーションし、レッドブルパワートレインズと協議しながら一緒にやっていくというかたちです」

 HRCの渡辺康治社長は、今のホンダとHRCの体制をこう説明する。

 供給されるパワーユニットは、2021年に投入してドライバーズチャンピオンを獲得した"新骨格"RA621HをベースとしてE10燃料に対応し、さらに今年は開発が凍結されているなかでも許される信頼性対策を施してきたもの。

 昨年はトラブルを未然に防ぐために4基目を投入したり、パワーを抑えて使う場面もあった。しかし、今季は信頼性対策を施したことで本来のパワーが絞り出せるようになっていると、浅木泰昭・四輪レース開発部長は語る。

「やはりエンジンのテスト数が多くなってくると、なかには問題を起こすものも出てきたりしました。なので、供給するエンジンの全数にそういった問題が起きないようにするというのが、今年の開発です。

 問題が起きればほかにも起きる可能性があるので、パワーセーブせざるを得なくなったり、もしくは4基目を投入しなければ競争力が確保できないという状況になります。今年はそういうことがないような開発をしてきました。これによって『パワーを抑える必要がなくなった』と言っていただくのがよいかと思います」

【ホンダが作るといいんです】

 同時に浅木は、開発が凍結されていないハイブリッドの制御ソフトウェアはさらにプログラミングを進め、充放電時のエネルギーロスの提言やドライバビリティの向上も図ってきた。

 開発責任者の角田哲史エンジニアによれば、昨年の時点で「電動領域については明確にアドバンテージがあった」と言い、他メーカーよりもハイブリッドのディプロイメント(アシスト)が効く時間が長かった。

「2021年の途中から投入したバッテリーセルの効果も大きいと思っています。こういう戦いの肝になる部分には、ホンダの技術を入れないといけないと思って開発を進めていて、最後の最後でようやく間に合って投入できたバッテリーです。

 やはり、ホンダが作るといいんですよ。内部抵抗がすごく少ないバッテリーを作ったので、同じ電気を出し入れしても、熱になって失われるエネルギーが少なくなる。それに電気が熱になると、冷却用のラジエターも大きくしなければいけなくなる。その効率というのは、競争の根幹に関わってくる部分なんです。

 だから、角田が申し上げた『電動領域でのアドバンテージ』というのは、内製で高効率バッテリーにした結果得られたことであるという、ホンダの技術力をアピールするものなんです」(浅木)

 浅木が開発責任者に就任した2018年以降、ホンダはホンダジェットの航空エンジン部門や次世代燃料などを研究する先端技術研究所、特殊な"熊製メッキ"を誇る熊本製作所など、ホンダグループ全体にある多岐にわたる知見を総動員して、F1用パワーユニットを磨き上げてきた。

 そして、2021年のF1最終年シーズンを前に、わずか2カ月で作り上げた"新骨格"パワーユニットがその総決算となり、世界一のパワーユニットとなった。

「2020年にフタを開けたら、メルセデスAMGにはまだ余力があって追いつけなかった。これは新骨格エンジンを投入する以外に勝てないな......と思っていたら撤退発表ですから、最後に1年しかないならそれを出すしかないじゃないですか。10月に撤退を聞いて、12月にはもう出荷しなきゃいけないわけですから、本当に時間がなかったんです」(浅木)

【やれる確証なんてなかった】

 すでに途中まで開発が進んでいたとはいえ、新型コロナの影響で開発が凍結されていた新骨格パワーユニットを、残り2カ月で完成まで漕ぎ着ける──。内燃機関の開発スパンからすれば、あり得ないくらいの無謀な挑戦だった。

 しかし、ホンダの技術者たちは「やります」と答え、実際にそれを成し遂げた。当時開発のプロジェクトリーダーで、今年から現場オペレーションの総責任者となった折原伸太郎エンジニアは当時をこう振り返る。

「もともとは『もうやらない』ということになっていたのが、急に呼び出されて『行けるのか?』と言われたので、『行けますよ』と答えました。やれる確証なんてありませんでしたけど、もう撤退すると言われたら、やりたいですよね(笑)。相当タイトな目標でした。ただ、それを決断してチャンピオンを獲れたわけですから、浅木さんが流れを変えてくれたんだと思います」

 2021年にドライバーズタイトルを獲り、2022年には22戦17勝という圧倒的な強さでダブルタイトルを獲得。性能でも、信頼性でも、ホンダの技術者たちが作り上げたパワーユニットが世界一になった。

「あれは本当に奇跡ですよ。火事場の馬鹿力じゃないけど、ホンダの技術者の目の色が変わるとこういうこともできるんだ、という感じでした。あの時のパワーは、本当にいいものを見せてもらいました。こんな苦しい状況下でもやれる、世界一になれるという成功体験をした技術者は、レース以外のどこに行っても活躍できると私は信じています」(浅木)

 第4期序盤の苦境のなか、誰もが「やれるかぎりのことをやれ」と言われて浮き足立ち、実力が出せなくなっている状況を見抜いた浅木は、「これとこれをやる。これは要らない」と開発アイテムの取捨選択の決断を驚くほどのスピードで下していったという。

 折原エンジニアは「その決断の速さや絞り込みを見て、F1のリーダーというのはこういう人なんだろうな、そのくらい別格なんだ、ということを開発の立場からは感じました」と当時を振り返る。

【青春を取り戻したような気分】

 2018年に開発責任者に就任した浅木が最初に言ったのは、「組織の檻に閉じ込められていた猛獣のような技術者を解き放ち、彼らの能力を遺憾なく発揮させてやることが自分の仕事だ」ということだった。そして、浅木はそれを実践し続けてきた。

「ホンダにはいろんな技術者がいて、私の同期や先輩も変な人ばかりでした(笑)。でも、上司とうまくいかなくて相手にされなかったような奴でも、本当に助けてくれるのはそういう人なんです。

 みんな人づき合いのうまい80点くらいの人ばかりでは、世界一にはなれないと思う。変な人がいなければできなかったことがいくつも積み重なって、今のパワーユニットができているんです。

 普通の人の集まりじゃなかったから、何か違うことをやっていた会社。だからこそ、こういうことが実現できたんだという自負はあります。本当に『世界初』とか『世界一』というのは、そういう人材がパワーを出せないと難しいんじゃないかと私は思います」

 この5年間を振り返って、浅木は「F1に来て、今まで誰も見たことのないような技術を発見したり、世界一のバッテリーを作って、工夫して、技術力で勝つことができて楽しかった。もう1回、技術屋になって青春を取り戻したような気分でした」と笑顔を見せた。

 こうして生み出され、さらに磨かれた世界一のパワーユニットが、2023年もまたレッドブルとアルファタウリに搭載されてF1を戦い、頂点を目指している。レッドブルとの提携は2025年までと決まったが、ホンダの技術者たちは「2025年までダブルタイトルを獲得し続ける」と口々に語る。

 ホンダスピリットは今も、その目に燃え続けている。

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