ホンダF1の未来(後編)<2026年編>ホンダの「世界一のF1パワーユニット」はいかにして生まれたか? レッドブルは2026年からフォードと提携し、レッドブル・フォード・パワートレインズとしてパワーユニットを供給する──。2023年2月3日…

ホンダF1の未来(後編)<2026年編>

ホンダの「世界一のF1パワーユニット」はいかにして生まれたか?

 レッドブルは2026年からフォードと提携し、レッドブル・フォード・パワートレインズとしてパワーユニットを供給する──。2023年2月3日、ニューヨークの新車発表会で突如として発表されたそのニュースは、日本のF1ファンを震撼させた。

 ホンダはどうなるのか──。いよいよ本当にF1から完全撤退か?



HRCの渡辺康治社長(左)と浅木泰昭・四輪レース開発部長(右)

 2021年かぎりでホンダがF1から撤退したあと、そのパワーユニットを引き続き開発・製造・供給・運営し、レッドブルパワートレインズを支援してきたHRC(ホンダ・レーシング)は、新規定が導入される2026年のパワーユニット製造者登録を2022年11月に行なった。

「ただちにF1参戦を意味するものではありませんが、引き続きモータースポーツの頂点であるF1の研究活動をしていくために製造者登録をさせていただいたということです」

 HRCの渡辺康治社長はそう説明したが、端的に言えば、こういうことだ。

 HRCとしては、2026年以降もF1参戦を続けたい。しかしホンダ本社のゴーサインが出なければ、それはできない。ホンダ社内にはF1賛成派もいれば、反対派もいる。だが、そのベクトルが合致するのを待っている余裕はない......。だから製造者登録を行ない、2026年参戦の可能性を残した。

 メルセデスAMG、フェラーリ、レッドブル・フォード、アルピーヌ、アウディ、そしてHRC──。この6メーカーが2026年に向けて製造者登録を行なっている。

 当然ながら、現チャンピオンPUマニュファクチャラーであるホンダには、すでに複数のF1チームからコンタクトが寄せられているという。しかし、ホンダとしてはまだPUサプライヤーとしてなのか、フルワークスチームとしてなのか、はたまたそれ以外の形態なのか、まだ具体的な決定事項はないという。

「まだ2026年にやるとも決めていないとしか言えませんし、そこについて何か決めたものはありません。将来的にやる可能性はまったく否定しませんし、レース会社HRCとしてはやっていく必要があるのは間違いありません。

 ただ、そこは親会社(ホンダ)と歩みをともにしていかなければいけないので、そのタイミングや条件を揃えていかなければなりません。その時にパワーユニット供給だけにするのか、はたまた別の可能性があるのか......」(渡辺)

【復帰に向けて水面下で交渉?】

 ただし2026年に参戦するのならば、提携先のチームは2025年の初頭までに決まっていなければ、マシン設計に間に合わない。実際にはもっと早い段階で多くのチームがPUマニュファクチャラーと契約を交わすと思われ、HRCに残された時間はそれほど多くない。

「2026年にどうなるかということで言えば、残された時間はものすごく少ないですし、やるとしても選択肢は限られてくると思います。ただし、この先もずっとそうしていくと決めつける必要はないと思っています」

 仮に2026年に間に合わなかったとしても、2027年以降に参戦する可能性もあると渡辺社長は言う。

 開幕戦バーレーンGPで現地を訪れ、今後もF1の現場には度々やってくる予定だという。もちろん、そこでは現行パートナーのレッドブルに配慮しつつも、他チームとの交渉を進めていくことになる。

 そして、ホンダ本社からいつゴーサインが出ても構わないように、HRCでは2026年レギュレーションに沿った研究開発を着実に進めている。

「2026年規定では出力の半分(350kW)をモーターとバッテリーが出すことになりますから、そちらが圧倒的に重要になってきます。じゃあ残されたエンジンが重要じゃないかというと、そんなことはなくて、馬力は落とされますが、だからこそそこの差が勝負を分ける可能性もあると思っています。

 そのどちらも、ホンダが得意としている技術です。だから(参戦の)判断が下ればいつでも何でもできるように準備するのが、技術屋としての責務だと思っています」(浅木泰昭・四輪レース開発部長)

 自社開発バッテリーを軸とした電動領域のアドバンテージは、ホンダの売りのひとつである。さらに2026年に導入される100%カーボンニュートラル燃料も、実はホンダが2021年からすでに実用化している技術。この分野でもアドバンテージがあると浅木は言う。

「エンジンは燃料が変わることで馬力は下げられます。しかし、カーボンニュートラル燃料の開発能力やそれに合った燃焼の開発能力といったところで、差が出てくることになると思います。

 カーボンニュートラル燃料をきちんと開発する能力がなければ、馬力は出せないんじゃないですかね。我々は2021年から燃料の主成分はカーボンニュートラル素材で戦っていましたから、知見はけっこうあると思っています」

【ライバルが続々とF1参入予定】

 若い技術者たちは、F1撤退にともなってホンダのさまざまな部署へと散り、カーボンニュートラル時代に向けた新しいモビリティの開発に当たっている。しかし、従来の約半数のスタッフがHRC Sakuraに残り、今も現行パワーユニットのオペレーションや信頼性対策、そして2026年に向けた基礎研究開発に従事している。

「異動して1年経って様子を聞くと、HRC Sakuraにいた人たちは『スピード感が全然違う』と言いますね。それが、それぞれの分野でやっていた人たちにも相当刺激になっているようです。

 やはりレースは相手が待ってくれませんから。決断しなければいけない時に決断するとか、時間軸の感覚が全然違うんですよね。有耶無耶にして過ごせませんし、否応なしに決断を迫られますので。

 失敗したら失敗したで皆にわかるように失敗するから、その場にいられなくなるかもしれないし。そうやって淘汰されて、優秀な人が残ってきたんじゃないですかね」(浅木)

 その間もHRCの作ったパワーユニットは勝ち続け、さらにF1の世界的な人気高騰でF1の市場価値が増大し、ホンダと同様に電動技術でカーボンニュートラル時代に立ち向かおうとしているアウディ、フォード、そしてキャデラックなども続々とF1参入を打ち出してきた。

 2026年に向けて、ホンダの心が動く要素は揃ってきている。

「みんな『ホンダ』という一人称で語りますけど、結局のところホンダというのは人の集合体だから、実際には『これがホンダ』というひとつの人格なんてない。そのなかでみんなの気持ちがどう動くかということで、この先の方向性が決まっていくでしょう。

 HRC Sakuraの人間は、結果でその人々の気持ちを変えるという仕事があるんだと思っています。そういう思いで技術者たちはやっていますし、実際にこの2年でずいぶん気持ちを変えてきたとも思います」

【本田宗一郎の想いを受け継ぐ】

 創業者・本田宗一郎は「レースをしなければホンダはない」と言った。ホンダらしさの根底には、レース活動によって得られる知見や自信、独創性があり続けてきた。浅木が手がけ苦しい時期のホンダを何度も支えてきたオデッセイやN-BOXといった斬新なアイデアは、間違いなくF1での成功体験と自信、発想力から生まれたものだ。

 だが、実際のF1活動は本業の業績によって大きく左右され、第3期の撤退後はプロジェクト終了によってF1参戦に関する知見や設備が失われ、第4期の大苦戦につながった。何より、F1で得られたはずの知見が継承されなかった。

 それではダメだ。

 ホンダの"DNA"であるモータースポーツを確実に将来へと受け継いでいくための土台──それがHRCであり、F1活動だ。ホンダがホンダであるために、絶対に欠かすことのできない存在、それがF1だ。

「条件が揃った時にF1をやるんだけど、そうすると、条件が揃わなくなると辞めるということにもなるんです。今までずっと、その繰り返しになってしまっている。そういうことじゃダメなんです」(渡辺)

 HRCの技術者たちは、今も2026年に始まる次世代のF1を見据えて研究開発に没頭している。ぜひその努力が報われ、そしてF1で得た知見と成功がさらにホンダを豊かにしてくれるような未来が来ることを願いたい。

 ホンダがホンダであるために──。