2004年アテネと2008年北京は伊調千春が2大会連続で銀メダル、2012年のロンドンでは小原日登美が金メダル、そして2016年のリオデジャネイロでは登坂絵莉(とうさか・えり/東新住建)が金メダルを奪取――。オリンピック4大会すべてに…

 2004年アテネと2008年北京は伊調千春が2大会連続で銀メダル、2012年のロンドンでは小原日登美が金メダル、そして2016年のリオデジャネイロでは登坂絵莉(とうさか・えり/東新住建)が金メダルを奪取――。オリンピック4大会すべてにおいて、女子48キロ級は日本がメダルを死守してきた絶対的階級だ。


女子48キロ級で圧倒的な強さを見せた須崎優衣

 6月18日、東京・代々木国立競技場・第2体育館にて「明治杯全日本選抜選手権」が行なわれた。女子レスリング王国ニッポンが誇る最軽量級を制したのは、高校3年生・17歳の須崎優衣(すさき・ゆい/JOCエリートアカデミー/安部学院高)。昨年に続いて大会2連覇を達成するとともに、今年8月にフランス・パリで開催される世界選手権への出場権をほぼ手中にした。

 小学校5年生だった2010年以降、須崎が国内外で敗れたのは1試合のみ。それも高校1年のとき、初めてシニア大会に出場した2015年全日本選手権で7歳年上の入江ゆき(自衛隊体育学校)に挑んだ決勝戦だけだ。その入江にも、翌年の全日本選抜決勝では7-3でリベンジを果たしている。
 
 須崎の最大の武器は、なんといってもスピード。高速タックルでオリンピック3連覇を果たした女王・吉田沙保里(志学館大副学長)も「スピードは私よりある」と絶賛するほどだ。

 スピードは特にタックルで強みを発揮するが、須崎の場合は反応の速さに加えて、相手がタックルに入ってきても素速いバックステップで足にも触らせない。しかも、この1年は日本代表コーチでもある吉村祥子エリートアカデミーコーチのもとで、下半身を徹底的に強化。より低く構えられるようになってディフェンス力がさらにアップしたことにより、今大会では3試合とも失点ゼロの完封勝ちを収めた。吉村コーチも「完璧に防御しながらも、技を繰り出せるようになった。タックルだけでなく、ポイントを獲れる強みが増えている」と、須崎の成長ぶりを認めている。

 また、エリートアカデミー・レスリング監督として須崎を中学2年から指導してきた菅芳松(すが・よしまつ)日本協会事務局長は「体幹、足腰が強く、パワーもある。まるで伊調馨(いちょう・かおり/ALSOK)の若いときのようだ」と評する。

 日本レスリング界で現役のエリートアカデミー生が世界選手権に出場するのは初の出来事。そこで金メダルを獲得して2020年の東京オリンピックにつなげたいところだが、須崎にはやらなければならないことがもうひとつある。それは「打倒・登坂絵莉」だ。

「リオデジャネイロオリンピックに行かせていただき、生で応援しましたが、登坂先輩の活躍は感動的でした。私もあんな金メダリストになりたい。ただ、尊敬していますが、今は倒さなければならない相手。登坂先輩に勝って、真の日本一になります」

 登坂はオリンピック後、左足親指のケガが悪化し、昨年12月の全日本選手権を欠場。今年1月に手術に踏み切り、現在も本格的なスパーリングはできていない。吉田沙保里に憧れ、高校入学以来、常に吉田を間近で見ながら自らを追い込み、誰よりも練習することによってオリンピック王者にまで登り詰めた登坂にとって、この1年のブランクは大きく、いつ、どこまで取り戻すことができるか。

 もともと減量がきつかった登坂だけに、復帰に際して1階級上げることも予想される。しかも、世界レスリング連盟は今年8月の理事会で、階級とともに試合方式も変更すると発表した。日本では今年12月の全日本選手権から「新階級・新方式」が採用される。

 階級がどのように変更されるかは今のところわからないが、試合方式についてはすでに現行の各階級1回戦から決勝戦までを1日で行なう形を廃止し、2日間で行なうことが決定した。それにともない計量も、これまでは試合前日の1回だけだったが、変更後は各試合日の朝にそれぞれ行なわれることになる。

 その結果、過酷な減量をしなければならない選手にとってはさらに厳しくなり、登坂が最軽量級から1階級上げる可能性は高まるだろう。リオデジャネイロオリンピック53キロ級で銀メダルを獲得した後、日本代表コーチ兼任となった吉田がもし復帰しないのであれば、登坂が階級アップするのはほぼ確実だ。

 だが、その階級には昨年の世界選手権(非オリンピック階級のみの大会)55キロ級で優勝し、昨春から国内外10大会連続負けなしの向田真優(むかいだ・まゆ/至学館大)がいる。「ポスト吉田」の呼び声も高く、53キロ級で出場した今回の全日本選抜では圧倒的な強さを見せつけ、大会2連覇を達成した。

 今大会はリオのメダリストのうち、登坂、吉田、伊調の3名が欠場。金メダリストの川井梨紗子(ジャパンビバレッジ/60キロ級)と土性沙羅(どしょう・さら/東新住建/69キロ級)は優勝したものの、男子銀メダリストの太田忍(ALSOK/グレコローマンスタイル59キロ級)と樋口黎(ひぐち・れい/日体大/フリースタイル61キロ級)はともに敗れ、世界選手権への出場を逃した。2020年に向けて国内の代表争いは、男女とも今後ますますヒートアップしてくるに違いない。

 そして、その台風の目となるのが、須崎や向田たち――エリートアカデミー生およびその出身者だ。

 エリートアカデミー事業は、JOC(日本オリンピック委員会)が「国際競技力の向上およびその安定的な維持の施策の一環として、ジュニア期におけるアスリートの発育・発達に合わせ、トップアスリートとして必要な競技力・知的能力・生活力の向上を目的」として、2008年にスタートした。

 アカデミー生は東京・西が丘にある味の素ナショナルトレーニングセンターを拠点に生活し、近隣の中学や高校に通学する。国内最高の練習施設でナショナルチームコーチの指導を受け、規律正しい生活を送り、管理栄養士やトレーナー、カウンセラーなど優れたスタッフのサポートを受けながら、常にライバルを意識し、しのぎを削っている。

「朝、ライバルたちが走っていたら、どんなに眠くてもやらないわけにはいかない」
「一緒に食事していて、ライバルが栄養バランスを考えて食べていたら、嫌いなものでも食べる」

 ライバルは同じ競技者だけではない。須崎は「卓球の平野美宇ちゃんや張本智和くんが世界で活躍するのを見て、刺激を受けました。私はふたり以上の金メダルを獲ります」と決意を述べた。

 エリートアカデミー最大のメリットは、世界で戦うトップアスリートと同じ場所で練習できることだろう。オリンピックや世界選手権に出場し、好成績を収めた選手たちの息遣いを感じながら、本気の練習を目の当たりにする。メダリストと言えども、思うように練習できずに泣いたり、コーチと衝突することもある。そうした生の姿を見ることで、オリンピックや世界選手権が身近に感じられ、世界と自分との距離がわかる。

「強い選手は練習後も、ひとりで補強トレーニングをやっています。アカデミーに来て、トップ選手はすごく努力をしていることを知りました。私もやらなければ! 自分もやっていけば、世界で勝てる選手になれる」

 3年後、地元・千葉の幕張で行なわれる東京オリンピックを見つめ、自分に言い聞かせるように須崎は語った。