【人生につきまとう"ひとり"を表現】 2月26日に開催された羽生結弦の単独アイスショー『GIFT(ギフト)』。 会場となった東京ドームには3万5000人の観客が訪れ、国内の他に韓国や台湾などでも生中継されたライブビューイングに集まった観客は…

【人生につきまとう"ひとり"を表現】

 2月26日に開催された羽生結弦の単独アイスショー『GIFT(ギフト)』。

 会場となった東京ドームには3万5000人の観客が訪れ、国内の他に韓国や台湾などでも生中継されたライブビューイングに集まった観客は3万人にも及んだという。

 バレエ曲『火の鳥』を皮切りに全12曲を滑り、東京ドームを「羽生結弦の世界」にした。

 制作・総指揮を羽生が務め、演出家のMIKIKOも協力した規格外のアイスショーだ。

 バックネット側からバックスクリーンに向かって縦60m、横30mのフィギュアスケートの競技会と同じ規模の長方形のリンクがつくられ、その先には大きなスクリーンが設置された特設会場。



『GIFT』に出演した羽生結弦 ©2023 GIFT Official

 その両側には東京フィルハーモニー交響楽団と、『GIFT』のためのスペシャルバンドが控え、生演奏でコラボレーションする演出だった。

 大型スクリーンでは、自分と対話してつむがれる物語が、羽生自身の言葉で展開されていった。

「自分自身が今までの人生の経験のなかで、"ひとり"ということを幾度も経験してきましたし、実際にそう感じることは今でもあります。それは、僕の人生のなかで常につきまとうものかもしれないです......。

 それは、みなさんの人生のなかでも大なり小なり存在しているもので。だから、僕の半生を描いたような物語でありつつも、でも、みなさんにとっても、『きっとこういう経験はあるんじゃないかな』と思って綴った物語たちです。

 少しでもみなさんの『ひとりという心』に贈り物を、というのか、ひとりになった時に帰れる場所を提供できたらいいなと思って、この『GIFT』をつくりました」



©2023 GIFT Official

【北京五輪でつかみきれなかった夢をつかむ】

 スクリーンにはモノローグに関係したイメージ映像も数多く映し出された。

『火の鳥』で始まった演技は、『ホープ&レガシー』や、映画『千と千尋の神隠し』の『あの夏へ』と続く。

 リンクの周りにつくられた小さなステージでは、MIKIKO氏が率いる女性ダンサーたちによる「イレブンプレイ」も踊り、照明とともに幻想的な空間をつくり出した。

 そして『バラード第1番ト短調』を滑ったあとには、2022年2月10日北京五輪、そして2023年2月26日という文字が映し出され、明るい照明が当たるリンク上にジャージ姿の羽生が登場すると、「6分間練習です」と英語でアナウンスされた。

 競技選手時代のように、3回転ループから跳び始めてからジャージを脱ぐと、下に着ていたのは昨シーズンのショートプログラム(SP)『序奏とロンド・カプリチオーソ』の衣装だった。



©2023 GIFT Official

 4回転トーループ+3回転トーループと、イーグルからの4回転サルコウをきれいに決めた。

 そして、名前をアナウンスされてから本番の演技。北京五輪ではミスをした4回転サルコウをきれいに決めると、大きな歓声が上がる。

 さらにセカンドでは、両手を挙げた4回転トーループ+3回転トーループとトリプルアクセルをしっかり決め、即座にチェンジフットシットスピンに移り、伸び伸びとしたステップシークエンスを滑ってコンビネーションスピンで締める演技。

 会場の大歓声にうれしそうな笑顔で応えると、荒い息をしずめたあと、上を向いて「ありがとうございます」と、丁寧にあいさつをして前半を終えた。

「『序奏とロンド・カプリチオーソ』は自分にとって、北京五輪でやりきれなかったという思いが強くあるプログラムです。それに、あのプログラムでは『夢をつかみきる』という物語が、自分のなかにはあります。

『GIFT』のストーリーのなかにも、『夢』という存在がものすごく大きくあって。そういう意味でも、(公演)前半の一幕のなかで夢をつかみきったという演出をしたかったのもありました。

 ただ、北京五輪を連想させるような演技をしたうえで『ロンカプ』をやったのは、あの時は夢をつかみきれなかったからであって......。

 あの時、夢をつかみきれなかったものを今回つかみとるんだとか、逆に4回転半だったりまだつかみきれていない夢に向けてもこれから突き進むんだ、みたいなイメージを込めて滑らせていただきました」

 そして後半は、リンク周りに立ったバンドの生演奏で『レット・ミー・エンターテイン・ユー』を滑ると、次はadoの『阿修羅ちゃん』で会場を盛り上げた。

 そして『オペラ座の怪人』や『ノッテ・ステラータ(星降る夜)』なども滑る。さらに、氷上に「Fin」と終了を告げる文字が映し出されたあとにあいさつ。



©2023 GIFT Official



©2023 GIFT Official

 ショーに協力した人たちを詳記して感謝を述べ、音楽監督を務めた武部聡志氏が、今回のためにつくってきた『GIFT』という曲を演奏する。

 その後、曲が『春よ、来い』に変わると会場が照明で桜色に染まり、プロジェクションマッピングのなかで心のこもった滑りを見せた。

 最後はもう一度着替えて『SEIMEI』が流れるなかに登場。終盤のスピンからコレオシークエンスにつないでスピンで締める滑りを見せた。

【プログラムに新たな命を吹き込む】

 約2時間半の公演。羽生は「本当に大変なことだらけでした。まず東京ドーム公演ということよりも、ひとりでこの長さのスケートのエンターテインメントをつくるというのが非常に大変なことで......。

 今シーズン初めて完全に単独で滑りきるアイスショーをやってみて、『2時間半持つかな?』と正直思ったんですけど、ドームの会場だったからこそできる演出と、MIKIKO先生や東京フィルハーモニーとか本当に名だたるメンバーが集まったからこそできた、総合エンターテイメントがつくれたのではないかと実感しています」と振り返る。

「正直、課題ももちろん出ているし、もっとこうすればよかったというのもあります。ただ、『GIFT』という公演に関しては一回きりで、本当にフィギュアスケートならではの一期一会な演技がひとつずつできたということに関しては、自分自身すごく誇りを持っています。

 少しでもみなさんのなかに今後、ひとつのピースでもいいので記憶に残ってくださったらうれしく思います」

 今回滑った12曲のプログラムは、それぞれに違う意味を持っているもので、『GIFT』という物語とはまったく関係がないものだとも羽生は言う。

「『GIFT』という物語にこのプログラムたちを入れることによって、もしくは演出とともにこのプログラムがあることによって、それぞれに新しい意味をつけられるのではないかというふうにも考えて滑りました。

 フィギュアスケートは言葉のない身体表現だからこそ、受け手の方々がいろんな意味を感じることができるのも醍醐味だなと思っていて。

 だからこそ物語をつくって、その物語のなかのひとつのピース、そしてプログラムが見られた時に、どんなことをみなさんが受け取ってくださるかということを考えながら、プログラムを構成しました」

 自分がこれまで演じたプログラムを、「過去の遺産」にせず、また新たな命、生命力を吹き込みたいという思い。それもまた、新たな道を歩き出した羽生がやってみたいことなのだろう。

 プロ転向後、『SharePractice』から『プロローグ』を経て『GIFT』へと続いてきた羽生の取り組みは、ここからさらに始まっていく。