スポーツシューズの進化を追いかけて34年。発売中の書籍『人は何歳まで走れるのか? 不安なく一生RUNを楽しむヒント』の中でも、シューズの選び方のコツを紹介しているが、先日行なわれた箱根駅伝と市民ランナーのシューズの関係性についてまとめてみ…
スポーツシューズの進化を追いかけて34年。発売中の書籍『人は何歳まで走れるのか? 不安なく一生RUNを楽しむヒント』の中でも、シューズの選び方のコツを紹介しているが、先日行なわれた箱根駅伝と市民ランナーのシューズの関係性についてまとめてみた。
2020年の箱根駅伝では、多くの選手がピンク色のナイキの厚底シューズを使用した
かつて箱根駅伝を走るようなランナーが履くシューズは、アッパーという足を包む部分と、アウトソールと呼ばれる地面に接する底の間にあるミッドソールというパーツは薄いというのが常識であった。ミッドソールには着地時の衝撃を吸収し、ランナーの足を守るという役割があるが、日々の練習で鍛えられた上級ランナーの場合、着地衝撃を吸収するよりもランナーの脚力を路面に効率よく伝達することを優先したのである。
そんな状況に変化が起こり始めたのは、2017年のこと。ナイキがトップアスリート向けにリリースしたレーシングシューズ「ナイキ ズーム ヴェイパーフライ 4%」は、従来の試合用レーシングシューズと異なり、練習用ジョギングシューズのような厚いミッドソールを有していたのである。
このシューズが登場した当初は、「こんな厚いミッドソールのシューズでスピードを出すことができるのか?」という懐疑的なランナーも少なくなかった。だが、ズームx フォームと呼ばれるかつてないレベルに反発性の優れたミッドソール素材、その内部にカーボンファイバー製プレートを配した構造のこのシューズを履いたエリウド ・キプチョゲ(ケニア)を始めとしたランナーが、世界各地のロードレースで好記録を連発。これによって、世界中のトップランナーの多くが、厚いミッドソールのレーシングシューズを履くこととなった。
翌2018年の箱根駅伝では、このシューズは大学生アスリートからも高い支持を得ることに成功。全ランナーの3割近い58名がナイキのシューズを着用し、同社は初めて箱根駅伝におけるシェアNo.1ブランドに輝いたが、そのうち40名ほどが「ナイキ ズームヴェイパーフライ 4%」を着用し、同ブランドの躍進に貢献したのである。
自分が初めて「ナイキ ズーム ヴェイパーフライ 4%」を履いて走ったときに強く感じたのは、ミッドソールの跳ねるような感覚が凄いのと、蹴り出し時に踵を押し上げるような内蔵されたカーボンファイバープレートの存在感。GPSウォッチを確認すると、自分で思っているよりもkmあたり20〜30秒速いペースで走っていた。その一方で着地から蹴り出しまでに揺れるというか、ぐらつく感じもあったので、「このシューズは自分のようなサブ4レベルのランナーが履きこなすのは難しいだろう......」と判断するのに時間はかからなかった。
しかしながらナイキは、類似の構造を採用し、トップランナーのトレーニング、一般ランナーの練習及びレースに最適な「ナイキ ズームフライ」も用意しており、私はこのシューズのおかげもあり、2018年7月のゴールドコーストマラソンで、7年半ぶりにフルマラソンの自己記録を更新することができた。
このときに思ったのは、「この種のシューズはトップランナーだけのものではない」ということ。前足部寄りの着地で走ったほうが、シューズの持つパフォーマンスを発揮しやすいということはあったが、市民ランナーの間にも厚底レーシングシューズは徐々に浸透していった。
2019年の箱根駅伝でもナイキの快進撃は続く。95名がナイキのシューズを履き、シェアは4割を超えて2年連続の1位。そのうちの90名近い選手が「ナイキ ズーム ヴェイパーフライ 4%」や、その後継モデルである「ズーム ヴェイパーフライ4% フライニット」を履き、シェアの大幅アップに貢献したのである。
ナイキはその成功に満足することなく、次のステップへと進む。それが2019年春に発表された「ナイキ ズームエックスヴェイパーフライ ネクスト%」である。このシューズは、前作からのフルモデルチェンジであり、アッパー、ミッドソール、アウトソールのすべてが一新された。
そして、このシューズはデザインだけでなく、機能面でも大きな変更が加えられた。それは「ナイキ ズーム ヴェイパーフライ 4%」のパフォーマンス性能をフルに発揮するには前足部の着地が求められたのが、このモデルでは中足部の着地や踵からの着地をする選手にも好結果を記録したように、汎用性が前作から著しく向上した。その汎用性の高さは2020年の箱根駅伝でも証明され、8割を超えるランナーが「ナイキズームエックスヴェイパーフライ ネクスト%」を着用した。
このニュースは大々的に報道され、市民ランナーの間でもこのシューズの激しい争奪戦が繰り広げられ、運よく手に入れたランナーの多くが次々に記録を更新すると、
「あのシューズを履くとPB(自己ベスト)を更新できる!」
「3万円近いプライスは決して安くないが、記録が大幅に伸びるなら投資する価値はある!」
と、一般ランナーの間でもより一層話題になり、その人気はさらに高まった。
2023年の現在、ナイキ以外からもアシックスの「メタスピードシリーズ」やアディダスの「アディゼロ アディオス プロシリーズ」といった厚底レーシングシューズが展開されており、これらシューズも箱根駅伝において確固たるポジションを築くことに成功。それに影響されて両社の厚底レーシングシューズも市民ランナーの間でもポピュラーな存在となっている。
「サブ4の壁に何度となく跳ね返されたランナーが、初めて厚底レーシングシューズを履いて走った館山若潮マラソンで、3時間40分台でゴールした」
「30km以降急にペースダウンすることが続いていたランナーが、最後までペースをキープできた」
「フルマラソンを走った後、翌日にもほとんどダメージを感じなかった」
という話を一般のランナーから聞くことも珍しくない。
2017年にナイキが初めて同種のプロダクトをリリースしてから6年を迎えようとしているが、今では厚底レーシングシューズはトップアスリートだけのものではなく、市民ランナー、それもサブ3.5やサブ4レベルのランナーにとってもあたりまえの存在になりつつある。