中央大・吉居大和は1区ではなく2区で起用された 今回の箱根駅伝での中央大学の総合2位は、単純に順位という結果だけではなく、区間配置の重要性と監督の指導がいかに重要か、改めて感じさせてくれるものだった。 1区、多くの指導者は吉居大和(3年)の…
中央大・吉居大和は1区ではなく2区で起用された
今回の箱根駅伝での中央大学の総合2位は、単純に順位という結果だけではなく、区間配置の重要性と監督の指導がいかに重要か、改めて感じさせてくれるものだった。
1区、多くの指導者は吉居大和(3年)の配置を予想していただろう。
前回、箱根駅伝の1区で吉居は、スタート直後から飛び出して独走。これまでの集団走から六郷橋での勝負という流れを破壊した。区間新の走りで、総合6位という結果の導火線となった。
昨年の出雲駅伝も1区で吉居が飛び出し、中央大は箱根から続く1区戦略を他大学に見せていた。全日本大学駅伝では直前まで吉居の調子が上がらず、1区起用には至らなかったが、目片将大(青学大4年)が飛び出し、中央大が作ったトレンドを他大学が踏襲していった。
1区飛び出しの流れは箱根でも続くだろうというのが、他大学の読みとしてあった。実際、他大学は1区で遅れまいとして目片を始め、エース級やスピードに自信がある選手を配置していた。
【藤原監督の作戦がハマった】
おそらく、1区の区間エントリ―を見た時、藤原正和監督はほくそ笑んだに違いない。
今回の箱根のためにバラまいた餌に食いついてきたなと。その裏をかき、藤原監督はエース吉居大和を2区に置き、3区にエースクラスの中野翔大(3年)を置いた。
「大和を2区に置いたのは、昨年の大和の走りを見て、他大学さんは1区にある程度いい選手を持ってくるだろうなと思ったからです。よい選手が揃うと牽制しあうので、絶対にスローペースになる。そうなると2区からよーいドンになるからエースを持ってこないと出遅れてしまう。エースで広げた差を3区でもう追いつけない差にするということで中野を置きました。昨年の流れと今年のレースの流れを読んでのことで、うちとしては一番自信があるオーダーになりました」
藤原監督の読みどおり、1区は関東学生連合の新田楓(育英大4年)が飛び出したものの、他大学は牽制しあい、序盤は1キロ3分5秒前後で推移するスローペースになった。鶴見中継所では、11位の城西大まで30秒以内で飛び込んでくる大混戦になった。
藤原監督の読みが当たったのだ。
レースは狙いどおりに進行していく。2区ではエース吉居大和が突っ込んで入り、粘り、最後は近藤幸太郎(青学大4年)の引っ張りにも助けられて区間賞。トップで襷を3区の中野に渡した。中野も区間賞の走りで首位をキープ、4区吉居駿恭(1年)で3位に落ちたが5区の阿部陽樹(2年)が区間3位と好走し、往路は2位で終えた。首位の駒澤大とは、30秒差だった。
「中野は後半にあと10、20秒稼げればよかったですし、駿恭はピークをきちんと作ってあげていれば区間賞の可能性があったと思います。出雲も全日本もエース区間を走り、ピークを過ぎていたので、耐える走りになるだろうなというところがあったんですが、よく頑張ってくれた。5区までほぼ予定したレース展開ができたのに優勝できなかったのは、指導者の差だと思っています」
藤原監督は悔しそうな表情を浮かべたが、それでもトップとの差を30秒以内と想定していたことを考えれば、往路では理想どおりの駅伝を展開したと言える。
復路区間は、ずらりと3、4年生を並べた。「ひとりで上位を走れるという狙いを持った配置」と藤原監督が言うとおり、単独になってもマイペースで自分の走りに徹することができるメンタルを持った選手を置いたが、ここでの安定した走りが最終順位につながった。全10区間、駒澤大同様に大きなブレーキ区間がなく、往路復路ともに藤原監督の読みと狙いがマッチングし、総合2位はまさかではなく、必然であったと言えよう。
優勝にあと一歩足りなかったが、2022年大会を思い出してみれば、中央大は10年ぶりにシード権を確保したばかり。それが翌年の今回は、2位だ。往路優勝を逃した際、「指導者の差」と自身は語っていたが、この成長度こそ指導の賜物でしかない。
【「寄り添う指導」に転換】
藤原監督は、今回の箱根駅伝まで7年間、中央大を指導してきたが、5年目に監督自身の指導の変化と、選手の意識の変化という大きな転換期を迎えている。
「監督になった当初は、選手に、スリッパを揃える、目の前のゴミを拾うとか、とにかく生活面で何もできていなかったんです。まずは時間を守る、掃除をする、挨拶をすることを徹底して、寮やグラウンドを掃除するなど、かなり細かいことまで全部指導していました」
5年目、細かい指導や怒ることをやめた。学生の話を聞いて反論して抑え込むのではなく、寄り添う指導をすべきだという妻の助言が大きかったが、自分が言い続けてきたことが選手に根づき、選手自身でチームを回せるようにしていかないとチームが発展しないと思ったからだ。そのために聞き役に回り、選手がやりたいことを支え、軌道修正する時にアドバイスをすることにした。
「選手の成長を見守る。これが令和の時代の指導なのかなと思いますね」
藤原監督の指導が変化し、選手が自発的に動くようになると、強くなるために必要なことが見えてくる。速くなろうと考えると意識も高くなる。そういうマインドになるキッカケになったのが、5年目、吉居大和、中野翔大の入学だった。
「大和の世代が入ってきて、上の世代が『ヤバい奴が入ってきた。これは負けられない』と思ったことや、大和の意識に引きずられて、みんなの意識も上がっていき始めたところが大きな変化のスタートになったと思います。実際、大和の姿を見て『自分も大和みたいな選手になりたい』と入学してくる子が増えました。意識が低い選手がいても、そのままでいることが許されないとわかり、いい意味で意識が高い方向に流されていくようになりましたね」
吉居大和の姿に憧れたり、ああなりたいと思う下級生たちは、何をやらないといけないのか。先輩の姿を見て学び、時には質問したりして走力を研鑽していった。そういうサイクルが完成し、「強いチームのマインドになりつつある」と藤原監督は感じている。
【優勝するために必要なこと】
ただ、今回優勝した駒澤大の背中は、まだ遠い。ミスで優勝を逃した青学大との差もあると感じている。優勝した駒澤大との1分42秒差からは何が見えたのだろうか。
「1分42秒差がついてしまったのは、僕らが3位を目指すと言ってスタートしたチームと、3冠を狙うと言ったチームとの1年間の積み重ねの差が出たのかなと思っています。3位狙いで、優勝を狙えるようなマインドを作ってあげられなかった。大和のような選手を5人作ろうとやってきましたが、5人では足りなかった。やっぱり戦える選手を20名用意し、分厚い選手層を作っていかないといけない。その対策を練っていかないといけないので、ホッとしている暇はないですね」
吉居大和レベルの選手が必要だと語るのは、単に中央大が勝つためのことだけではない。吉居大和のような高いレベルの選手を10人以上、揃える努力をしていかないと日本長距離界のレベルが上がっていかず、世界で戦える選手が出てこないのではないかという危機感があるからだ。
一方で箱根を勝つことは、古豪といわれる中央大の使命でもある。今回の1分42秒差は、単純計算するとひとり10秒短縮する努力が必要になる。トップレベルの10秒は高いハードルになるが、いつまでも吉居大和や中野に頼っていては、チームは本物の強さを身につけることはできない。
「これは個人的に思っていたことなんですが、うちは部員が40名程度しかいないんです。そのなかで下の選手がもう上を目指せないと思ってしまうことが一番よくないんです。その子たちにいかにモチベーションを持たせ、高いレベルでやっていくか。下のレベルが上がっていくと自然と上のレベルも上がるんですよ。チーム全体のマインドを『やってやる』というふうにしていかないと駒澤という厚い壁はなかなか破れないと思います」
吉居大和、中野らが最上級生になった4月からのチームは、より一層期待感が膨らむ。彼らの進級とともに箱根駅伝も12位―6位―2位と順調に階段を上がってきた。
「レース後、4年生はホッとしていましたが、下級生たちは2位でも悔しそうな表情をしていました。まだ、我々は勝ったわけでもないですし、何も手にしていない。100回大会で優勝はずっと言い続けてきていることなので、大和たちは強烈に意識していると思います。後輩たちも先輩についていこうとしていますので、次の1年でどのくらい強くなれるかがカギですね」
選手に寄り添い、個性を輝かせて個の能力を高めていく藤原流の指導が箱根を制し、王道と言われた全体主義的な箱根強化に果たして風穴を開けられるか。
中央大・藤原監督と選手たちの壮大な挑戦は、続く──。