「フェルナンド、P12(予選12位)だ。でもQ3までほんのわずかな差だった。トップのハミルトンからは1.2秒落ちだ」「ってことはポールポジションだな! グッド!」 予選を12位で終えたフェルナンド・アロンソは、担当レースエンジニアのマー…

「フェルナンド、P12(予選12位)だ。でもQ3までほんのわずかな差だった。トップのハミルトンからは1.2秒落ちだ」

「ってことはポールポジションだな! グッド!」

 予選を12位で終えたフェルナンド・アロンソは、担当レースエンジニアのマーク・テンプルから結果を知らされてそう言った。パワーユニットにメルセデスAMGくらいのパワーがあれば自分たちが勝てたという、皮肉を込めたジョークだ。


カナダGP予選では12番グリッドを掴み取ったアロンソ

 メルセデスAMGとホンダの出力差は50kW(約68馬力)。ラップタイムにすれば1.0~1.25秒の差になる。そういう計算だ。

「僕らはストレートでどれだけ失っているかを知っている。それを考えると、今日の僕らはとてもコンペティティブ(競争力がある)だった。ストレートでは10km/h遅いけど、それ以外の部分では最高の走りができている」(アロンソ)

 ただし続くQ3で、メルセデスAMGは予選モードでさらに20kW(約0.4~0.5秒に相当)を絞り出し、ルイス・ハミルトンも全身全霊の走りでさらに1秒を縮めてきた。仮にパワーが同じだったとしても、ポールポジションは獲れなかっただろう。

 ストレートが遅いのは、パワー不足が大きな要因ではあるものの、空力面にも理由がある。多くのチームはカナダGP用に空気抵抗の小さいリアウイングを持ち込んだり、Tウイングやモンキーシートと呼ばれる空力付加物を取り払ったりして、ダウンフォースの確保よりも空気抵抗の削減に工夫していた。それに対し、マクラーレン・ホンダはドラッグなど気にせず、ダウンフォースを追求する超低速のモナコGPと同じ空力パッケージを持ち込んで来ていたのだ。

 シミュレーション上はそのほうが1周を速く走ることができるのだろうが、これではストレート速度は伸びず、決勝では苦戦を強いられても仕方がなかった。

 ただ、ホンダに対して大きな失望が渦巻いていたことは事実だ。

 直線とシケインだけで構成されるカナダのジル・ビルヌーブ・サーキットだけに、ホンダのアップデートが投入されることに期待が寄せられていた。しかし、十分な性能を担保するだけの開発が間に合わなかったのだ。

 十分なアップデートが間に合えば「いつでも投入したい」とホンダの長谷川祐介F1総責任者は語っていたが、出力向上の本丸であるICE(エンジン本体)を改良すれば、燃焼効率が上がったぶんだけ排気ガスの温度は下がる。すると、排気を使ったターボとMGU-H(※)からの回生エネルギーが減ってしまうため、そちらのモディファイも必要になる。事態は想像するよりも複雑なのだ。

※MGU-H=Motor Generator Unit-Heatの略。排気ガスから熱エネルギーを回生する装置。

 そもそもカナダGPはコンポーネントの寿命による切り替えのタイミングでないため、ここに間に合わせるためだけに中途半端なものを投入してしまうと、無駄に1基を消費するうえに、この後の何戦もそのままで戦わなければならなくなってしまう。

「特にカナダはパワーサーキットですから、『カナダにはほしいよね』という話はしていましたけど、パワーのあるエンジンがほしいのは、いつだってそうですから。それが今回、ここで入らないということになれば、当然ガッカリすると思います。パワー不足が一番のウィークポイントであることは確かですし、『そこそこよくなりました』っていう程度で許してもらえる世界ではないですからね」(長谷川総責任者)

 カナダGPを前にアップデートが間に合わなかったことで、周辺からはさまざまな雑音が聞こえ始めた。マクラーレンのエグゼクティブディレクターを務めるザック・ブラウンがロイターの記者を自身のオフィスに招き、「忍耐の限界を迎えつつある」と語った記事が駆け巡ったりもした。

 しかし、その背景には単純な性能不足に対するフラストレーションだけでなく、来季に向けた交渉を優位に進めるための駆け引きもある。実際、この記事と時を同じくしてマクラーレンCOOのジョナサン・ニールは青山のホンダ本社を訪れ、八郷隆弘社長をはじめとした首脳陣と交渉を行なっている。

 提携関係の解消を示唆するような発言の数々は、フラストレーションの発露というよりもむしろ、政治的な駆け引きとして発されているにすぎない。チームの内情はずいぶんと異なっているようだ。

「さっきザックとも話しましたけど、現状については僕も含めてチームの全員がフラストレーションを感じていますし、現在の成績に対して失望しているということは隠すまでもないことです。険悪な雰囲気になったりもするし、ものすごく厳しく当たられてもいますけど(苦笑)、しかしそれイコール来年はもうないとか、関係を解消しますとか、そういう話に結びつける人ばかりというわけではありませんから。

 技術面、現場の人間という面では、非常に献身的にサポートしてくれています。逆にパートナーシップがあるからこそ、そこは厳しくモノを言ってくるわけですし、チームとして同じ目標に向かってがんばろうね、というところは変わっていません」(長谷川総責任者)

 12番グリッドから決勝に臨んだアロンソは、上位勢の自滅も手伝って、レース中盤以降は10番手を走行していた。

 パワー不足と空気抵抗の大きさから、燃費をセーブするためにストレートエンドでスロットルを戻す「リフト&コースト(※)」を強いられたり、時に立っていられないほど強く吹きつける向かい風に「これでは順位をディフェンスしようがない」と不満を訴えながらも、なんとか10位をキープして今季初の入賞が見え始めていた。

※リフト&コースト=ドライバーがアクセルをオフにして惰性でクルマを走らせること。


決勝でも力走を見せたアロンソ。今季初の入賞が見えていたのだが......

 しかし残り2周、なんとエンジンが壊れてしまった。

「エンジン、エンジンがブローアップした」

 前の周とまったく同じく280km/hでの走行中に、何の予兆もなくICEのクランクシャフトが床を突き破った。吹き出したオイルがエキゾーストにかかって白煙が上がる前に、アロンソはブレーキングをしてマシンを止めた。

「最悪のシナリオを教えてあげようか。この後、エンジンが壊れてリタイアする、なんてね!」

 4~5周前、無線で言った冗談が現実のものになるとは、アロンソ自身も思っていなかったことだろう。

 これまでMGU-Hのトラブルは何度も起きてきたが、当該のシャフトとベアリングはすでに対策が施されて、実質的に問題は解決している。しかし、今季これまで一度も壊れたことのないICEが壊れたことに、長谷川総責任者もショックを隠せない様子だった。

「エンジンそのものが壊れたというのは本当に久しぶりですし、今年は初めてです……。(スペインGP金曜のようなオイルタンク起因などではなく)純粋にICEのどこかが焼きついたとか、折れたとか、かじったとか、壊れたとかいうことだと思います。

 ここまでにエンジン本体のレシプロ系にトラブルが出たことはありませんでしたし、ポイント獲得目前にエンジントラブルのせいでポイントを落としたということもありませんでしたから、そういう意味ではエンジントラブルのせいでポイントを失ったということにショックを受けています」

 レース中にエンジニアからショートシフトを避けろという指示は出ていたが、セーフティカー走行中に低回転域でシフトアップを繰り返し、「どんなエンジンにもある、使ってはいけない回転域でシフトしてしまった。それですぐに壊れるというものではないが、それでダメージを負ってしまった可能性もある」(ホンダ関係者)という。いずれにしても、HRD Sakuraで開けてみれば原因は判明し、負荷によって壊れるものは剛性を増せばいいだけなので、対策を施すのも難しいことではない。

 リタイア直後に「グローブを投げ入れても届かないと思って」観客席へ飛び込み揉みくちゃになるファンサービスをしたアロンソは、「またエンジンがギブアップしてしまった。どうすることもできないし、次またがんばるしかない」と、それほど強い批判は口にしなかった。しかし、レース後に技術陣全員で行なうデブリーフィングには出席せず、サーキットを後にして”無言の抗議”をした。

 あと2周もっていれば、今季初入賞で、わずか1ポイントとはいえマクラーレン・ホンダは大きな前進を果たすことができたと言えたはずだった。しかし、今のマクラーレン・ホンダにはその力がなかったと言えば、それまでだ。

 ストレートが遅く、エンジンが壊れたことで、すべてがホンダのせいだと考え、極めて辛辣な声をぶつける人々もいる。それに対して、技術と結果で応えるしかないことはホンダもわかっている。

「もちろん申し訳ないというか、情けないというか、不甲斐なさを感じます。そういう声も真摯に受け止めますし、なんとかしなきゃという気持ちでいっぱいです。この状況で褒めてくれる人なんていないでしょうし、我々としても反論するようなこともありません。結果がすべてだと思っていますから、前を向いて努力し続けるしかないと思っています」

 外に向けては何かと政治的な背景を有したコメントが取り沙汰されるレーシングディレクターのエリック・ブリエも、2018年のマクラーレン・ホンダの提携継続について問われると、両者がその成功に向かって突き進んでいると改めて答えた。

「我々の間には長期的な契約があるし、両者の組織において非常に強力な関係を築いている。今はパドックでの噂やあれこれのせいで”熱”があるが、我々はもっとパフォーマンスを向上させたいし、ドライバーたちがフロントロウを争えるようにしたい。

 我々も忍耐を失いつつあるが、我々はこのプロジェクトを信じなければならないし、やれることは100%果たさなければならない。この状況を打開するために、長谷川さんやホンダの人々とは話し合いを重ねてきているし、いずれ我々の目標を達成できるように努力しているところだよ」

 次のアゼルバイジャンGPは、2kmにも及ぶ長い全開区間がある。今回ICEが壊れてしまったことで、次戦では新たなICEの投入がほぼ確定的となった。つまりは、大きかろうと小さかろうと、何らかのアップデートが投入されることになる。

「そうですね、そういう意味では必ず何らかのものは入ります。それがスペック3と呼べるものにできるかどうかはまだわかりませんが、2.5でも2.1でも、必ず何かは入れます」(長谷川総責任者)

 世間で言われているようなマクラーレン・ホンダ存続の危機は、あくまで政治的な雑音にすぎない。そんなことよりも、純粋に技術的な正念場に差しかかっている。それが、今のホンダが置かれた状況なのだ。