現役ドライバー松下信治が「F1新時代」を語る(前編) 2022年のF1は、レッドブルのマックス・フェルスタッペンが年間15勝という史上最多記録を成し遂げ、2年連続シリーズチャンピオンに輝いた。マシンはグラウンドエフェクトを軸とした新規定に刷…

現役ドライバー松下信治が「F1新時代」を語る(前編)

 2022年のF1は、レッドブルのマックス・フェルスタッペンが年間15勝という史上最多記録を成し遂げ、2年連続シリーズチャンピオンに輝いた。マシンはグラウンドエフェクトを軸とした新規定に刷新され、フォルムもコース上のバトルも従来とは大きく生まれ変わった。

 また、3年ぶりに開催された鈴鹿の盛り上がりのみならず、世界中のグランプリで若い世代を中心とした大観衆が詰めかけるなど、2022年はまさに「F1新時代」となった。

 そんな新しいF1は、現役ドライバーの目にどう映ったのか?

 スーパーフォーミュラ(SF)とスーパーGTに参戦する日本のトップドライバーである松下信治は、FIA F2でヨーロッパのレースを熟知し、現在・過去のF1ドライバーたちとのつながりも多い。マクラーレンの育成プログラムでシミュレーター作業に従事し、2016年〜2017年にはF1のテストドライブを経験するなどリアルなF1を知る数少ない彼に、2022年のF1新時代を語ってもらった。



史上最多の勝利数でF1王者に輝いたフェルスタッペン

 新規定のF1マシンは、バトルを増加させるべく、グラウンドエフェクト化が推進された。その効果は「予想以上にはっきりと見て取ることができた」と松下は語る。

「デザイン的に近代化してカッコよくなったのと、明らかにバトルが増えたのはいいことだなと思います。一番面白かったのは、シルバーストンのバトルですね。トップ争いではないけど、地元の英雄ルイス・ハミルトン(メルセデスAMG)がうしろからウワッと追い上げてきて、(フェラーリのシャルル・ルクレールとレッドブルのセルジオ・ペレスが)三つ巴でグチャグチャッとなったところで抜いていくというのが、お客さん目線でも面白かったかなと思います」

【アロンソやベッテルが輝いた】

 そういったなか、約30%のバトル増加は「ベテランたちの腕が光る場面を演出した」と松下は考えている。

「バトルが増えたことで、ベテランの活躍できる場が増えたと確信しています。僕もバトルが強いのは豊富に経験があったからで、日本に帰ってきてからもバトルをした回数は周りのドライバーに比べて圧倒的に多いからバトルに強い。

 もちろん、最初から持っている上手・下手というのもあるけど、バトルは一発の速さとはまた違った別のスキルで、その瞬間に本能的に反応してやるものだから、そういうところの巧みさを磨くには経験値がすごく大事。だから、フェルナンド・アロンソ(アルピーヌ/41歳)やセバスチャン・ベッテル(アストンマーティン/35歳)のようなベテランの活躍の場が増えたんだと思うし、それによって面白さが増したなと感じました」

 その一方で、マシン重量が798kgに引き上げられたことの変化と、空力・タイヤ特性によるアンダーステア傾向なマシン挙動の変化も見て取れたと、松下は指摘する。それでも「バトル増加は間違いなくドライバーにとっても歓迎すべきことだ」と言う。

「スピードは明らかに遅くなっているし、フラフラしているし、僕が乗った(2017年の)ハイダウンフォースの頃のF1マシンに比べれば乗りづらいんだと思います。もちろん速いクルマに乗るほうが楽しいに決まっているんですけど、バトルができるほうが楽しいし、何より会場のお客さんの数が全然違いますから、そういうところで活躍したい。

 ドライバーって基本的には目立ちたがり屋ですからね。F1の前座としてFCJ(フォーミュラ・チャレンジ・ジャパン)で走った時も、観客の皆さんからもらうパワーが間違いなくあって、集中力も全然違いました。SFよりもGTでレースをするほうがお客さんがたくさん入っているから『よっしゃあ!』っていう気分になるし。リップサービスじゃなくて、本当にそういうパワーはあるんです」

【鈴鹿で日本人が戦う姿に感銘】

 特にそれを肌身で感じたのが、3年ぶりに開催された日本GPだった。現地に足を運んだ松下は、鈴鹿の熱狂ぶりに驚いたという。

「正直ビックリしました。鈴鹿は毎年行っているんですけど、ここ数年で一番お客さんがたくさん入っていたし、女子とか子どもや若い人も多くて、今までとは雰囲気が全然違いましたね。

 角田裕毅(アルファタウリ)が日本人として戦う姿を、僕があの立場だったらどうだったんだろうと想像しながら見たりして、そういう意味では普通のグランプリとは見方が違っていました。もちろん僕はF1ドライバーではないんだけど、裕毅が声援を受けている姿を見て『あぁ、やっぱりF1ドライバーってすごいな』って思ったり。

 それと、岸田首相が見にいらっしゃったというのも、僕的には大きいかったですね。F1って海外では大統領や首相が隣席するイベントなのに、日本だけは今まで全然だったのが、今回のことでモータースポーツの社会的地位が上がったなという感じがしました」

 それは日本で走る現役ドライバーとしても、いい刺激になったと松下は言う。

「鈴鹿に大勢いたF1ファンの人たちは、我々の(国内の)レースにはまったく来てくれていないわけで、この人たちはふだんどこにいるんだろうって不思議にも思いました(苦笑)。F1を見て『レースって面白いな』って思って、SFにも足を運んでくれるようになればいいなって思うんですけど。そこはドライバーとして危機感を感じています。

 何人のお客さんを会場に呼べるかっていうのは、ひとりのアスリートとしての価値でもある。そういうこと(ファンサービス)に興味のないドライバーもいて、自分も含めてF1ドライバーに比べてファンの数は全然少ないわけだから、僕らは危機感を持たなきゃいけないと思うんです。JRP(SFを主催する日本レースプロモーション)だけじゃなくドライバーにも責任があると思っています」

【珍しかったルクレールのミス】

 そんな松下が2022年で最も印象に残った場面は、第12戦フランスGPでルクレールがスピンオフを喫し、タイヤバリアから脱出できず「ノー!」と絶叫したシーンだという。

 開幕時点では最速のマシンを誇り、タイトル争いの最有力候補であったはずのフェラーリとルクレールが、どうして2022年のタイトル争いから脱落し、ここまで圧倒的な差をレッドブルにつけられたのか──。フランスGPはルクレールの単純なミスだけでなく、それを如実に物語っている2022年シーズンを象徴する場面だったのだと松下は言う。

「ルクレールがミスをしたこと自体が珍しいというのもありますけど、あれはチームが劣っているぶん、ドライバーにかかる負担やプレッシャーが大きくて、それが出てしまった瞬間だったなと感じました。

 ルクレールが常に100%とか101%で走らなきゃならなかったのに対し、マックスは余裕を持って走れているから、ミスも少ない。クラッシュした時に叫んでいましたけど、ルクレールはレッドブルとマックスに対抗するために、常にいっぱいいっぱいで走っていたわけです。

 チームがもっとドライバーをサポートしてくれれば、ドライバーとしては余裕を持って走れるけど、常にいっぱいいっぱいで走っていると、ちょっとしたことで崩れてしまう。だから、あれは一見単純なドライバーのミスに見えるけど、実際にミスではあるんだけど、結局のところは『チーム力の差なんだ』とドライバーとしては感じました。

 その後に(レッドブルとフェラーリの)差ははっきり見えたわけですけど(苦笑)、でもああいうのってドライバー本人はわからないもので......。気づかないうちにオーバードライブしていて、気づいたときにはああなっているということなんです。これが見えない差なんだなって思いましたね」

「ルクレールには負荷がかかりすぎている」

【profile】
松下信治(まつした・のぶはる)
1993年10月13日生まれ、埼玉県さいたま市出身。4歳の時にF1日本GPを観戦して「F1レーサーになる」夢を持つ。幼少期からカートで腕を磨き、2011年に鈴鹿サーキットレーシングスクールに入校して首席で卒業。2014年に全日本F3で王者となって2015年からGP2シリーズを主戦場とする。2016年・2017年はマクラーレン・ホンダのテストドライバーを経験。2020年途中から日本に戻り、昨季はスーパーフォーミュラ初優勝を飾った。