現役ドライバー松下信治が「F1新時代」を語る(中編) 2022シーズンのF1世界選手権は、レッドブルが22戦17勝という圧倒的な勝利で幕を下ろした。ドライバーズタイトルも年間史上最多15勝をマークしたマックス・フェルスタッペンが2年連続で獲…

現役ドライバー松下信治が「F1新時代」を語る(中編)

 2022シーズンのF1世界選手権は、レッドブルが22戦17勝という圧倒的な勝利で幕を下ろした。ドライバーズタイトルも年間史上最多15勝をマークしたマックス・フェルスタッペンが2年連続で獲得。まさに2022年は、レッドブルとフェルスタッペンのシーズンとなった。

 FIA F2参戦とF1テストプログラム経験からヨーロッパのレースをよく知る松下信治は、「2022年のフェルスタッペンには精神的な成長が見られた」と語る。その大きな要因になっていたのは、チームのサポートだろうと松下は指摘する。

「F1ドライバーってすごいな」「2022年を象徴するスピンオフ」



2019年からフェラーリに乗るルクレール

「レッドブルのクルマが速いのは明らかですが、マックス自身に関して言えば、アグレッシブさはグリッド上でナンバーワン。今まではそれで結構とっ散らかっていたけど、チャンピオンになったこと、いいクルマに乗っていること、チームから最大限のサポートを得られていることによって、アグレッシブさを不必要に誇示する必要がなくなったことが大きかったと思います。

 今のマックスはまだ25歳なのに、60歳みたいな落ち着きのメンタルです(笑)。かつてのルイス・ハミルトン(メルセデスAMG)も強かったけど、そのハミルトンよりも強さを感じるのは、アグレッシブさの度合いがハミルトンよりも上で、なおかつそれが崩れない、崩しようがないところなんだと思います」

 レッドブルはかつて「コーナリング最速の空力マシン」として知られてきたが、今季型RB18ではマシンコンセプトをガラリと変えてきた。空気抵抗を可能なかぎり削り、ストレートでの速さを追求。ライバルに10km/h以上の最高速差をつけることも珍しくなかった。

 ドライバーとしては、コーナーで最速のマシンよりもストレートで最速のマシンのほうがいいと、松下は言う。

【現役ドライバーならではの視点】

「僕もいろんなマシンに乗ってきて思うんですけど、やっぱり"直線番長"のクルマのほうがいいですよ。そのほうが抜きやすいし、(コーナーが遅くて)うしろに迫られたとしてもコーナーでは抜かれないんで。

 基本的にオーバーテイクというのは、次のコーナーへのブレーキングで起きるものなので、次のコーナーまでに全開区間は必ずあるんだから、そこで引き離せばいいんです。そういう考え方で言えば、乗っている側からすればストレートが速いマシンのほうが全然いい。

 ただ、予選一発という観点では、コーナー重視だから予選は厳しくなる。だけど、RB18の場合はコーナーが致命的に遅いわけではなく、コーナーだってそれなりに速いので、ストレートが速ければ決勝で抜けますからね」

 ストレートでは圧倒的に最速で、コーナーではフェラーリやメルセデスAMGのほうが優れているものの、レッドブルも中団グループのマシンに負けるほどではない速さを持つ──。

 その絶妙なバランスが、シーズン全体を通して多くのサーキットで高い競争力を持つマシンパッケージにつながった。「ストレートが長く全開率が高いサーキットが多い現在のF1カレンダーを見ての判断だろう」と松下は推測する。

 さらには、マシン改良が進むにつれてフェルスタッペンのドライビングスタイルにマシン特性が合致していったことも、年間15勝という独走につながったと松下は見ている。

「F1って、ストレートではこう、コーナーではこう、この速度域ではこう......みたいに、常にいいところを取ろうとするんですよね。それがF1のすごさなんですけど、レッドブルはマックスのためのチームだし、どうすればマックスが力をフルに発揮できるかがすごくよくわかっているんだろうな、という印象を受けます。

 アスリートの友人ともよく話すんですけど、自分がプロとしてこのポジションまで上がってきたのは自分の強みのおかげであって、弱点を強くすることに力を注ぎすぎると、強みがほったらかしになったりする人って意外と多い。

 でも、レッドブルとマックスは『自分たちの強みはここだから、ここを極めるんだ』っていうその意思疎通ができている。だからこそ、マシン開発もマックスが行きたい方向にどんどん行っているんだろうなと思います」

【フェルスタッペンは王様】

 2022シーズン終盤に起きた、レッドブル内のチームオーダー騒動。それについて、チームからの指示を拒絶したフェルスタッペンの感情はわからないとしながらも、前述のようなチームとの関係性を考えれば理解できる行動だとも言う。

「僕はそういう立場になったことがないし、正直わかりません。ただ、あれを見た時に思ったのは、マックスは『王様なんだろうな』ということですね。自分では意識していないかもしれないけど、『(レッドブルは)俺のチームだ』っていう意識が心のどこかにあるんだと思います。

 レーシングドライバーはその(勝利の)ためにレースをしているわけだから、カッコいいなと思いました。そう思えるのもすごいし、チームにもそう思わせているんだからすごい。チェコ(セルジオ・ペレス)の立場だったら『ふざけんなよ、クソ野郎!』って思うでしょうけどね(笑)。

 だから、あのマックスの行動はちょっと意外でした。ハミルトンだったら『ありがとう』ってオーダーに従ったと思うんですけどね」

 一方、開幕当初は最速のマシンを手にしていながら、レッドブルとの争いに持ち込むことすらできなかったフェラーリについて。その最大の要因は、チーム代表をすげ替えてどうにかなるものではなく、チーム組織を構成する一人ひとりがうまく噛み合っていないことに原因があるのではないかと松下は推測する。

「フェラーリのドタバタは今に始まったことではないと思うし、シーズン中のアップダウンはチームとしての統率が取れていないことやいろんな理由があるでしょう。だけど、レースって全員が歯車ですから、それが目まぐるしく回っていくなかで、ひとつでも欠けていたらうまく回らなくなる。チームとして歯車がうまく噛み合っていないなという印象を受けました。

 だから、チーム代表が替わったからといっても絶対によくはならないだろうし、大変でしょうね。レッドブルは一度も代表が替わっていないのに、フェラーリはその間に何人替わったんだ、その間に何回チャンピオンになれたんだっていう話ですから」

【無線でのルクレールの叫び】

 前編でも触れたように、シャルル・ルクレール(フェラーリ)はドライバーとして求められる以上の仕事をこなさなければならず、それが結果としてミスにつながる場面も少なくなかったと松下は見ている。

「チャールズ(ルクレール)の無線を聞いていると、"叫び"が多いですよね。ストレスを発散させるような叫び。それに表われていると思います。

 自分がコントロールできない要素でレースを落とす......というのがあまりに多いので、それもレースと言えばそうなんだけど、言い方はおかしいかも知れないけど、マックスとルクレールの戦いがフェアに見えないくらい差があるなっていう。ドライバーがやらなきゃいけないチェックリストが多すぎて、ドライバーがやらなくてもいい負荷がかかりすぎているんですよね」

後輩・角田裕毅にあえて厳しい言葉「トップで花を咲かせるには...」

【profile】
松下信治(まつした・のぶはる)
1993年10月13日生まれ、埼玉県さいたま市出身。4歳の時にF1日本GPを観戦して「F1レーサーになる」夢を持つ。幼少期からカートで腕を磨き、2011年に鈴鹿サーキットレーシングスクールに入校して首席で卒業。2014年に全日本F3で王者となって2015年からGP2シリーズを主戦場とする。2016年・2017年はマクラーレン・ホンダのテストドライバーを経験。2020年途中から日本に戻り、昨季はスーパーフォーミュラ初優勝を飾った。