現役ドライバー松下信治が「F1新時代」を語る(後編) 2022シーズンは8年連続王座を占めてきたメルセデスAMGの牙城が崩壊し、新規定マシンが生み出すポーポシング(バウシング)と呼ばれる症状に苦しめられることになった。 この苦戦は「意外だっ…

現役ドライバー松下信治が「F1新時代」を語る(後編)

 2022シーズンは8年連続王座を占めてきたメルセデスAMGの牙城が崩壊し、新規定マシンが生み出すポーポシング(バウシング)と呼ばれる症状に苦しめられることになった。

 この苦戦は「意外だった」と言う松下信治だが、そこから挽回してシーズン終盤戦に優勝争いに絡んできたのは、2023年の復活を期待させるに十分な証拠だという。

「F1ドライバーってすごいな」「2022年を象徴するスピンオフ」
「ルクレールには負荷がかかりすぎている」



角田裕毅の2年目は入賞わずか4回に終わった

「2021年の最後はいろいろあって、レッドブルのマックス(・フェルスタッペン)がチャンピオンになったとはいえ、実力として"真のチャンピオン"はメルセデスAMGだったと僕は思っていた。なので2022年、彼らがあそこまでマシン開発に失敗して苦労したのは驚きました。

 でも、今まで8度王座を獲ってきたというのは、マグレでは絶対にできないこと。ここまで回復してきたのも偶然ではないと思うので、2023年はメルセデスAMGが挽回してくるのは間違いないと思います」

 第21戦サンパウロGPでは、ジョージ・ラッセル(メルセデスAMG)が初優勝を挙げた。彼が涙を流しているのを見て、これまでの彼の苦労と感情を思い出したという。

「メルセデスAMGに移籍した時点で、ジョージはいずれ絶対に勝つと思っていたし、むしろ意外と時間がかかったなと思ったくらいです。(シャルル・)ルクレールにしてもジョージにしても、F2時代に見ていて明らかにレベルが違うのはわかっていた。

 ドライバー同士、肌感で感じるものなんですけど、そういうドライバーって実力だけでなく運やオーラみたいなものもあって、勝つべくしてあっさり勝つんです。だけど、ジョージはメルセデスAMGに乗れた瞬間にチームが遅くなるとか、意外と運に恵まれなかったなと。

 優勝して彼が泣いていたのを見ると、『こんなはずじゃ』っていう思いはずっとあったはず。ウイリアムズ時代も『下から上を見ていたんだろうな』と彼の気持ちがわかった気がしました。

 ルクレール(25歳)、ランド・ノリス(マクラーレン/23歳)、アレクサンダー・アルボン(ウイリアムズ/26歳)と、同世代のドライバーたちがF1で表彰台に立ってスターになっていくなか、ジョージはウイリアムズでなかなか花を開かせるチャンスがなくて、ようやくそれが報われたわけで、あれだけエモーショナルになったのも同じドライバーとしてよくわかります」

【角田がF1で生き残るためには】

 一方でルイス・ハミルトン(メルセデスAMG)は2007年のデビュー以来、初めて無勝利のシーズンを過ごすことになった。だが、ハミルトンの腕が衰えたとは思わないと松下は見る。

「僕的に現時点で、ハミルトンはF1史上最もグレートなドライバーだと思っている。彼もジョージも100%ちゃんと集中できる状態になった時でないと、正確な評価はできないのかなと。

 今年はマシンがバラバラな状態だから、その状況でどちらのほうが速いという評価しても、来年はまた別の話になると思います。チーム内部にいるわけではないから、この苦境から挽回する なかで、どちらのドライバーの貢献度が大きかったのかもわからない。外から見ているだけでは、どっちのドライバーがいいのかは判断できないと思います」

 2年目の角田裕毅(アルファタウリ)はマシン性能が奮わず、入賞はわずか4回。ランキングも17位と苦しいシーズンを強いられた。

 ドライバーとしての成長は間違いなく見られたが、もっと上を目指すのならライバルを圧倒するような何かが必要だと、松下は叱咤激励する。

「今年の裕毅を見ていると、F1に慣れてきてチームにファミリー感が出てきたのは明らかに感じられた。それによってパフォーマンスが上がってきたところもあったと思います。

 ただ、僕は完全に彼の味方で『頑張ってほしい』という思いがあるから言うけれど、F1という世界で生き残っていくためには、ここからさらにステップを上げていく必要がある。そのための『コイツはやっぱりスゲぇな』っていうシーンは、2022年は少なかったように思います」

 チームメイトのピエール・ガスリーに対して、予選では対等の走りを見せたものの、決勝では不運や戦略ミスもあって、角田はガスリーの半分のポイントにとどまった。ガスリーがアルピーヌに抜擢されたように、角田がトップチームに移籍して花を咲かせるためには「"武器"が必要だ」と松下は指摘する。

【角田の成長にリスペクト】

「裕毅も一発の速さはあると思うけど、強いて挙げるなら、予選でライバルを圧倒する速さは大きいですよね。予選が速ければドライバーとして認められるし、(一流と認める)理由になるような顕著な差を作るのはすごく大事だと思います。

 バトルがメチャクチャ強いとか、タイヤマネジメントがうまいとか、ドライバーの能力として上げられるいくつかの要素のうち、今の裕毅がどこか圧倒的に秀でているかというと、今のところはそうでないように見えます。そういう圧倒的な武器みたいなものがあると、次が見えてくるのかなという気がします」

 現地で取材していてはっきりと感じられたのは、2年目の角田が精神的に大きく成長したことだった。特にガスリー離脱が確定的になってきたシーズン後半戦に入ってからは、さらなる学習と成長への意識が強まり、日本GPで大歓声を浴びたことでも、またひと回り大きくなった。

「それは単純に一度経験したことが増えてきて、たとえば苛立つようなことが起きても、一度経験していれば二度目は『これはこないだムカついたのと同じだな』って捉えられ、いちいちイライラしなくても済むようになるから、驚いたり取り乱したりもしない。それが経験というもので、裕毅にとっても2年目はそういう成長がたくさん見られたんだと思います。

『追いかけるお兄ちゃん』がいる立場から、『これからはコイツには負けられない』という立場になるから、それによってどんどん意識が変わってきているんだと思います。鈴鹿でもすごく丁寧にファンサービスをしていたし、責任感のようなものがすごく見えましたね。

 それは、僕が到達したことのない領域だと思います。それを見て『ステージが男を作る』というのもはっきりと感じた。そこにいる裕毅に対してリスペクトの念を持ちます。本当に人ってステージによって変わるし、それを乗り越えられる力があるかどうかが大切なんだと思います」

【F1挑戦はあきらめていない】

 そして2022年は、FIA F2初年度ながら2回のポールポジションと2勝を挙げてランキング5位に入った岩佐歩夢に対しても、松下は高く評価する。

「歩夢はね、すごいと思っています。彼はやばい。速さがどうとかじゃなく、見た目もそうだけど、何よりメンタルが『おっさん』なんですよ、いい意味で(笑)。

 自分が同じ年齢でF2を戦っていた時のことを振り返ってみても、歩夢は本当に周りがよく見えています。だから、自分がどう行動すればいいかもよくわかっている。でも僕は一切、褒めません。歩夢にはここから先を期待しているし、ここで褒めるようなドライバーじゃないんで。

 先輩として声をかけるとしたら、今しかないから常に自分を追い込んでもらいたいし、裕毅にも歩夢にも『もっと前を見ろ』と。これからも厳しい言葉を投げかけ続けたいと思っています。

 今年スーパーライセンスが獲れなかったのは残念だけど、仮に今年獲れたとしてもシートに空きはなかった。F1に行った時にある程度の経験値があったほうが絶対にいいので、あんまり早く行きすぎても意味がないと思うんですよね」

 そして松下自身も、まだF1への挑戦をあきらめてはいない。

 かつてF2でのチームメイトは、ストフェル・バンドーン(2017年〜2018年マクラーレン)、セルゲイ・シロトキン(2018年ウイリアムズ)、アレクサンダー・アルボン(2019年〜2020年トロロッソ→レッドブル、2022年〜ウイリアムズ)、フェリペ・ドルゴビッチ(2023年アストンマーティン)と、ほぼ全員がF1への切符を手にしている。

 彼らとの実力差を考えても「正直言って、彼らがやっていることが超人的な領域だとはまったく思っていない」と言いきれるからだ。

「僕は日本に戻ってきて、日本で結果を残さないことには何も言えないので、まずは日本でチャンピオンを獲らなければいけないと思っています。(年齢的に)いつまでもシングルシーターに乗れるわけではないこともわかっているので、2023年はものすごく勝負の年になると思っています。

 スーパーフォーミュラで勝つのもすごく難しいことだけど、自分にはそれができる能力が備わっていると信じている。なので、それを言葉で言うだけでなく、結果で証明したいと強く思っています。

 僕のなかでF1は、常に一番大きな存在。F1でもケビン・マグヌッセン(ハース)やニコ・ヒュルケンベルグ(ハース)が帰ってきたり、ニック・デ・フリース(アルファタウリ)がデビューのチャンスを掴んだりという事例もある。やっぱりあきらめたくない。

 本当にそう思えなくなったらあきらめるしかないけど、いまだにそう思えているということは、チャンスがゼロではない。そうやって今、自分を追い込んでいます」

【インディ経由でF1参戦も?】

 日本で結果を出したとしても、現実的にはF1への道は開けない。しかし、インディに挑戦してそこからF1へのルートをこじ開けることは、F2を経験してヨーロッパを知る松下には十分現実的な可能性があると言える。

「もちろん、日本から直接ヨーロッパへ、という話にはならないと思うけど、インディからF1へという道もある。今アメリカに注目が集まってきているから、マクラーレンのようにインディドライバーをテスト起用したりというチャンスもある。現実的に有り得る話だと思っています。

 だけど、時間はどんどんなくなっていくから、その危機感もあります。でも、そのプレッシャーや危機感を味わえるからこそ人生は楽しいし、そのなかで全力で戦っていくことを楽しんでもいます」

 新時代からさらに一歩前へと進むF1と、そこでうごめくドライバーたち──。そして、夢への挑戦を続ける松下信治の2023年にも期待したい。

【profile】
松下信治(まつした・のぶはる)
1993年10月13日生まれ、埼玉県さいたま市出身。4歳の時にF1日本GPを観戦して「F1レーサーになる」夢を持つ。幼少期からカートで腕を磨き、2011年に鈴鹿サーキットレーシングスクールに入校して首席で卒業。2014年に全日本F3で王者となって2015年からGP2シリーズを主戦場とする。2016年・2017年はマクラーレン・ホンダのテストドライバーを経験。2020年途中から日本に戻り、昨季はスーパーフォーミュラ初優勝を飾った。