ノーサイドの瞬間、明治大のWTB(ウィング)石田吉平(4年)はピッチに倒れ込み、しばらく起き上がることができなかった。 12月25日、東京・秩父宮ラグビー場にてラグビー大学選手権の準々決勝が行なわれた。関東対抗戦2位でシード校となった明治…

 ノーサイドの瞬間、明治大のWTB(ウィング)石田吉平(4年)はピッチに倒れ込み、しばらく起き上がることができなかった。

 12月25日、東京・秩父宮ラグビー場にてラグビー大学選手権の準々決勝が行なわれた。関東対抗戦2位でシード校となった明治大は、ライバルの早稲田大(対抗戦3位)と激突した。

『対抗戦の早明戦で敗れたチームは、大学選手権での再戦でリベンジを果たす』

 過去5シーズンで4度──。今季の対抗戦の早明戦で快勝(35-21)した明治大は、このジンクスを跳ね返すべく大一番に臨んだ。しかし、結果は早稲田大に惜しくも21-27で屈し、またも壁を打ち破ることはできなかった。



試合終了と同時にピッチに倒れ込んだ明治大の石田吉平

 ノーサイド直後、試合の感想を聞かれた石田は、目を赤くしながら言葉を発した。

「負けたのはキャプテンである自分の責任です。(大学)4年間がフラッシュバックしてきた。悔しさもありましたが、明治で4年間やってきた仲間に申し訳ないという気持ちと、今後(明治大でプレー)できないっていう寂しさと口惜しさとが入り交じっていた」

 明治大のチーム状態は決して悪くなかったという。前半にトライを挙げた副将CTB(センター)齊藤誉哉(4年)は「油断はしていなかったです。昨年は(対抗戦で負けて)逆の立場だったし、僕らも勝ちたいという強い気持ちで臨んでいた。準備は完璧だったし、アップの雰囲気も良かったのですが......」と首をかしげた。

 例年と比べても今季の明治大は学年に関係なく仲がよく、チームはひとつにまとまっていた。4年生も対抗戦に入ってから2度ほど寮で飲み会を開き、本音を話し合って結束力を高めていたという。

 対抗戦の早明戦から3週間ほど空いたことも影響があったのかもしれない。一方で早稲田大は12月11日の3回戦で「台風の目」東洋大(リーグ戦3位)に勝利して勢いがあった。

「緊張とかプレッシャーとか不安とか、そういうものがあったと思います。慣れないといけないですが、会場に飲み込まれていたのが一番大きい」(石田)

【後半10分が試合の分岐点】

 快晴ながら寒風が強く吹くなか、試合は始まった。「ハングリースピリッツ」を試合テーマに掲げて臨んだ明治大だったが、序盤のプレーは固く、選手の声もあまり出ていなかった。

 そんななかで早稲田大に先制トライを許し、PGで得点を重ねられる。それでも前半終了間際、武器であるモールを押し込んでHO(フッカー)松下潤一郎(3年)がトライを挙げ、14-13で折り返すことに成功した。

 やっと勢いが出てきたと思われた後半最初の10分、明治大は相手陣でアタックを続けるが、自らのミス、そして早稲田大の粘りのディフェンスにトライを奪うことができなかった。

『負けに不思議の負けなし』

 勝負のアヤから言えば、やはりここで追加点を挙げておかなければならなかったのだろう。

「意外と(ゴールラインが)遠かった。相手陣22メートルに入ってから、フィジカルでも勝っていたし、一歩前に出られていたが、それでもこじ開けられなかった。やってきたことは間違いでなかったですが、早稲田大のほうが一枚上手だった」(齊藤)

 早稲田大は後半、HO佐藤健次(2年)とPR(プロップ)井元正大(4年)のFWの前1列の選手を次々と投入。それに押された明治大は前半優勢だったスクラムで2度反則を犯してしまい、試合の流れが相手に傾いていく。

 その隙を見事に早稲田大に突かれた。後半17分、スクラムを起点にトライを奪われ、その2分後にもパスをインターセプトからトライを許し、27-14とリードされてしまった。

 明治大もすぐに動き、HO紀伊遼平(4年)とPR大賀宗志(4年)を投入。ゴール前でスクラムにこだわり、後半28分には1トライ&1ゴールで逆転できる6点差まで追い上げた。

 奇跡の逆転を目指し、アタックを続けた。残り時間わずかで、キャプテンの石田にボールが渡る。外にもうひとり選手がいたが、石田は「考えてはなかった。自分の体が思うままに行った」とステップで内に切れ込んだ。だが、相手にタックルされて倒れたところを早稲田大キャプテンFL(フランカー)相良昌彦(4年)にジャッカルされて、万事休す。

【目指すは100周年で日本一】

 明治大は6シーズンぶりに「正月超え」を果たせなかった。

 明治大を率いた神鳥裕之監督は語る。

「セットプレー、特にスクラムは優位に働いていたが、(後半)少し反則が取られたところは素直に早稲田大さんの準備や強さがあったのかなと思っています。そこを凌駕するチームを作らないといけない。

(早稲田大は)やはり強い相手ですので、中3週間ではやりづらさや難しさはあったが仕方がない。連続して勝つことで成長できると捉えていた。対抗戦2位という順位、このスケジュールで、我々としては最善の準備をするだけだった」

 キャプテンとして明治大の先頭に立った石田はこの1年、SNSでの誹謗中傷で精神的に苦しんだという。

「正直きつかったし、孤独でしたし、つらかった。数えきれないくらい、ひとりで泣いた。でも、明治大のキャプテンなので、そういうこととも戦うことは当たり前だと思っていたし、日本一という景色を全員で見に行きたかった。チームメイトのみんながいたので、乗り越えられたし、人として成長できた。キャプテンになったから、明治のみんなが大好きになった」

 1923年創部の明治大ラグビー部は、2023年が創部100周年の節目のシーズンとなる。99代目の石田キャプテンは「後半はみんな最高のプレーしてくれたので、感謝の気持ちを伝えたい。来年が創部100周年なので、明治の歴史として『100周年で日本一』を期待しています」と後輩たちにエールを送った。

 この悔しい経験を糧に、創部100周年を迎える来季、紫紺のジャージーは王座奪還を目指す。