「敗れざる者」 その境地こそ、スポーツの醍醐味と言える。勝負には負けたかもしれない。しかし、人生では負けていないというのか。 今回の全日本選手権には、美しき敗れざる者たちがいた。【「時の人」から悔しい2年間】「去年はケガで、今年は体調で..…

「敗れざる者」

 その境地こそ、スポーツの醍醐味と言える。勝負には負けたかもしれない。しかし、人生では負けていないというのか。

 今回の全日本選手権には、美しき敗れざる者たちがいた。

【「時の人」から悔しい2年間】

「去年はケガで、今年は体調で......。スケートとは別のところで滑れないというのは、すごく悔しくて。たとえば、ジャンプの崩れだったら練習で元に戻せるんですけど。その練習もできなくて」

 松生理乃(18歳、中京大中京高)は、声を振り絞るように言った。



全日本選手権13位の松生理乃

 2年前、松生は全日本ジュニア選手権で優勝し、全日本選手権でも4位に躍進した。次世代を担うスケーターとして、時の人のひとりだった。それだけに、ここ2年の状況は忸怩(じくじ)たるものがあるだろう。

 滑りたいスケートを、滑ることができない。それは本人にしかわからない苦痛だろう。

 今シーズン、グランプリ(GP)シリーズ・スケートアメリカでは、体調不良で、フリースケーティングを欠場。どうしようもなく、もどかしかったはずだ。

 それでも彼女は全日本選手権のリンクに立って、滑りきっている。

 ショートプログラム(SP)はジャンプが決まらず、20位と低迷した。しかし、プログラムコンポーネンツだけを見たら、上位4番目だった。表現者としては異彩を放って、厳しいなかでも足跡を残した。続くフリーは13位。トータル179.85点で総合順位も13位まで挽回している。

 小さいかもしれないが、松生は確実な一歩を新たに踏み出していた。

【トリプルアクセルで転倒し無念の涙】

 昨シーズン、北京五輪や世界選手権に出場し、一躍脚光を浴びた河辺愛菜(18歳、中京大中京高)も、全日本では敗れざる者のひとりだった。

「目標としては、去年を超える。表彰台を目指したいと思いますけど、結果にこだわり過ぎず。自分の演技のよさを伝えられるように、表現に気をつけて」



9位の河辺愛菜

 開幕前日のミックスゾーンで、河辺はそう意気込みを口にしていた。昨季は五輪出場権を獲得するまで、その勢いで一気に駆け抜けている。躍進は目覚ましかったが、心身ともに消耗したのだろう。今も調子は戻っていない。

 そしてSPでは6位。ルッツの着氷が乱れるなど悔いが残った。

「やらずに後悔したくなくて。トリプルアクセルは失敗も多いですが、跳べる回数も多くなってきているので」

 河辺はそう言って、フリーで代名詞となった大技・トリプルアクセルを入れることを明言していた。自信というよりは、勝負への不退転の決意だった。昨シーズンはその賭けに勝っていたのだが......。

 フリーは冒頭のトリプルアクセルで転倒。どうにか持ち直したが、後半のフリップでも再び転倒した。得点は伸びず、11位だった。結局、総合9位まで順位を落とした。

「トリプルアクセルは挑戦したい気持ちが強かった」

 取材エリアの河辺は、無念さに涙で声を詰まらせた。自分との戦いだったのだろう。失敗はしたが、生き方を裏切らなかったことは次につながるはずだ。

【シンデレラストーリーのさなか「弱さが出た」】

 そして渡辺倫果(20歳、法政大)は、今回の全日本で主役候補のひとりだった。

 渡辺は、昨シーズンの全日本から一気に台頭した。今シーズンは、ケガで欠場の樋口新葉の代替でGPシリーズ出場が決まると、スケートカナダでいきなり優勝し、NHK杯でも5位と健闘。

 GPファイナルに出場すると、颯爽と4位に躍進し、表彰台にあと一歩まで近づいた。まさにシンデレラストーリーだった。



12位の渡辺倫果

「去年は東日本選手権の優勝者ではありましたが、五輪出場とかは関係なかったんで、8位以内が目標(結果は6位)でした。でも、今年は表彰台も視野に入れていて。違った立場、感覚で臨む全日本になりました。今シーズン前半で得た経験はすごくいいものだったと思うので。頑張って過去の自分を超えられるように」

 渡辺はそう言って、表彰台を狙っていた。トリプルアクセルは強力な武器だったし、挑戦者特有の勢いもあった。試合を重ねることで、右肩上がりに強くなっていた印象もある。

 ただ、全日本は挑戦者の勢いを飲み込む場でもある。

「悪い意味で、気負いすぎて。GPファイナルは出場しましたが、全日本はまた違いました」

 渡辺はそう振り返っている。SPは18位と出遅れた。

「前は力むくらいで跳んでいたんですが、最近は力を抜かないと跳べなくなって。6分間練習では、流して跳べていたんです。でも、今度は流して飛ぶことにとらわれてしまって。変な、いやな緊張というのがありました。調子よくできてしまっていただけに、その感覚に頼りすぎたというか」

 フリーに向け、「はい上がっていけばいい」と気持ちを入れ替え、冒頭でトリプルアクセルをどうにか成功させた。しかし、ジャンプの転倒やルッツの失敗などが響き、大きく巻き返すことはできなかった。フリーは9位にとどまり、総合12位だ。

「弱さが出ました。出ないように練習する必要があって。その意味では、自分には伸びしろしかないです」

 渡辺は断固として言った。今シーズン全体のパフォーマンスが評価された格好だろう。2023年2月には四大陸選手権、3月には埼玉で開催の世界選手権出場も決まっている。そこで彼女の真価が問われる。

「世界選手権は五輪以外では最高峰の戦いだと思うので、そこでどこまで通用するか、ベストの演技で、いけるところまでいってみたいです。ピークを持っていけるように頑張れたらなと」

 渡辺は虎視眈々だった。

 3人は敗れざる者として、次の戦いに挑む。勝負は糾(あざな)える縄の如し。次に勝てば、局面はひっくり返せる。スケート人生に敗れるまで、戦いは果てしなく続くのだ。