12月5日、「プロローグ」に出演した羽生結弦 12月5日、青森県八戸市のフラット八戸で開催された、プロアスリート・羽生結弦の単独アイスショー「プロローグ」。11月の横浜2公演に続き、12月2日からの八戸2公演を経たツアー千秋楽。羽生は、気力…
12月5日、
「プロローグ」に出演した羽生結弦
12月5日、青森県八戸市のフラット八戸で開催された、プロアスリート・羽生結弦の単独アイスショー「プロローグ」。11月の横浜2公演に続き、12月2日からの八戸2公演を経たツアー千秋楽。羽生は、気力に満ちた滑りを見せた。
【すごく大変なショーだった】
ひとりだけの「6分間練習」から始まるアイスショー。トリプルアクセル+2回転トーループ、4回転サルコウを決めると、競技会の本番と同じアナウンスで『SEIMEI』の演技へ移った。4回転サルコウと4回転トーループ、トリプルアクセルをきれいに降りると、ステップシークエンス後の演技後半にはトリプルアクセル+3回転トーループ、トリプルアクセル+1オイラー+3回転サルコウをキレよく決めた。
そして、ショー後半には、初出場となった2011年グランプリ(GP)ファイナルで演じた『ロミオ+ジュリエット』の映像が流れるなか、途中から姿を現すと、サーキュラーステップから滑り出し、トリプルアクセル+3回転トーループ、3回転ルッツ+2回転トーループ+2回転トーループを。
そして3回転ループを跳んでからコンビネーションスピンをして気迫のこもったコレオシークエンスを滑ると、3回転サルコウを跳んでからフライングチェンジフットコンビネーションスピン。キレのあるジャンプを連発していた。
そして、そのあとに演じた新プログラム『いつか終わる夢』でも、気持ちを前面に出し、力強い滑りで魅せた。
「今日はもう最初から最後まで全力で、全部気合いが入っていました。やっぱり自分のなかでも(ツアーの)最後だということがもちろんあったし、最後だからこそ、最後まで体力を残しながらも全力を尽くしきることをやっていかなければいけないので。
そのバランスは僕にしかわからないと思うけど、すごく大変なショーではありました。競技者的な観点かもしれないけど、ちゃんとジャンプを決めきり、ノーミスでやれたので自分にとっても自信になりますし、いい演技を届けられたという達成感になっています」
まるで1時間半のプログラムを演じているようなアイスショーについて、羽生は笑顔でこう語った。
「ずっと滑り続けなければいけないし、プログラムによっていろんな気持ちの整え方だったり、届けたいメッセージだったりもあるので。そういう切り替えもいろいろ大変でした」
実際に演じきった正直な感想を「単純に体力がついた感じがしている」と話した羽生。
「ちょっとでも気を抜いてしまえばいくらでもボロボロになってしまう可能性もある演目たちなので、気を張ったままで、それを1時間半。もっと言えば、練習から本番までの間の時間も含めて、ずっと緊張したまま最後までやりきれた。精神的な成長もあったのかもしれないなと、自分では評価しています」
【東北で演技したかった理由】
この日の公演では、羽生自ら言い出してプログラムをひとつ追加するシーンもあった。観客からのリクエストコーナーでは、2011−2012シーズンのショートプログラム(SP)だった『悲愴』や、ノービス時代のフリー『ロシアより愛を込めて』など、5つのプログラムを候補とし、観客が演じてもらいたい曲をペンライトの光の色で示した。
その結果、数が多かったのは、2018−2019シーズンから2シーズン続けたSPの『オトナル』だった。だが、羽生は『悲愴』も演じたいと言った。
『オトナル』の演技後、YouTubeチャンネルでのリクエストから選ばれた2007−2008シーズンの『シング・シング・シング』をステップシークエンスから滑り、そのあと『悲愴』もステップシークエンスから演じた。
「『悲愴』は東日本大震災後に作ったプログラム。3月に被災してアイスリンク仙台が使えなくなったあと、恩師の都築章一郎先生にもお世話になって、横浜の東神奈川スケートセンターで練習をしました。
そんな時に八戸の方からも、『節電中で電気は使えないけど、来て滑っていいよ』と声をかけられて。それで八戸に来て、日中に天井の換気口を少し開けて外の光を取り込み、プログラム作りをしたり、トレーニングをさせてもらいました。
『プロローグ』を東北でもやりたかったのは、自分の半生みたいなものを描いているなかに東日本大震災があるからで。見に来ている人のなかにも『3・11』という傷が残っている方もいると思うので、少しでも、何らかの気持ちが灯るきっかけになればいいと思っています。
その意味でも、八戸にすごくお世話になっていたので、当時作っていただいたプログラムをこの地でできたのは自分にとってもすごく感慨深いものがありました」
そんな『悲愴』の滑りは、その曲名から受け取った気持ちをそのまま、ストレートに突きつけるような鋭さを感じさせた。
「プロローグ」を企画した時、自分ひとりで滑るアイスショーが観客に受け入れられるのか、見てもらえるものなのか、不安だったと言う。だが、大勢の観客を迎えた5公演すべてを終えた今は自信を持てている。
「27歳だった今年は途中でプロになると決意をしましたが、今ここでプロとして初めてのツアーを、すごく内容の濃いものにして完走しきれて。だから僕の理想とするプロにちょっとなってきたなというか、足を一歩踏み出せたかなという気持ちで、27歳を終えることができると思います」
【東京ドームでの単独ショーを発表】
羽生は「プロローグ」の終了とともに、驚きの発表をした。会場の大きなモニターに映し出されたのは来年2月26日に東京ドームで「GIFT(ギフト)」と名づけられた単独アイスショーを行なうとの告知だった。「プロローグ」より先に、「東京ドームでやってみないか」と声をかけられて動き出していた企画だ。
「正直、僕はそこまで実力があるとは思ってもいないし、自信があるわけでもないですけど、話が来てからいろんな方々と構成を考えたり自分でも考えていくなかで、『スケートって何だろう』というものも考えました。それを東京ドームで見つけたいなと。
これからもいろんなアイスショーには参加させてもらいますが、そういう既存のショーからもっと進化させたものをやってみたいという気持ちもあるので。また違ったスケートの見方みたいなものを、東京ドームでやっていきたいと思っています」
現状考えているショーのイメージについて、羽生は
「物語が主体になり、そのなかに自分のプログラムたちがいろんな意味を持って存在している絵本のようなショー。物語の鑑賞に来たような感覚で見ていただけるスケートになればいい」と説明した。
2021年の全日本選手権で羽生は、「6分間練習で観客席を見回した時、『あと何回こういう光景を見られるのだろうな』と思ってウルッとした」と話していた。現役を離れれば、これほどみんなの視線を浴びて滑ることはないだろう、と。
だが、プロになり、以前とは変わらない視線で演技をできている。さらに今回は会場だけではなく、各地の会場でスクリーンライブビューイングも行なわれた。
「本当にスケーター冥利に尽きるというか、スケーターをやっていてよかったと思える瞬間がたくさんありました。これからも皆さんに必要とされるようなスケートを。自分が滑るところを何かで見た時に、『羽生結弦の演技はいいな。浸みるな』という演技をできるように頑張っていきたい」
羽生はしみじみとそう話した。「プロローグ」の次は、本編第1作が始まる。