カナダ第2の都市モントリオールを流れるセントローレンス川に浮かぶノートルダム島は、1967年のモントリオール万博の会場となった人工の島であり、1976年のモントリオール五輪ではボート競技の会場として使われた水路も残る。今は公営カジノと…

 カナダ第2の都市モントリオールを流れるセントローレンス川に浮かぶノートルダム島は、1967年のモントリオール万博の会場となった人工の島であり、1976年のモントリオール五輪ではボート競技の会場として使われた水路も残る。今は公営カジノと公園になっているこの島が、年に一度だけジル・ビルヌーブ・サーキットとしてF1カナダGPの舞台になる。


今年のカナダGPは例年以上にハードなブレーキングが要求される

 緑と水に囲まれた美しいサーキットだが、シーズン全20戦の中でもっともブレーキに厳しいという牙を持つことでも知られている。マシンが高速化した2017年は、これがさらに鋭い牙となりそうだ。

「ここは長いストレートの終わりにハードブレーキングゾーンがあり、その組み合わせでできているから、もっともブレーキにタフなサーキットのひとつなんだ」(ニコ・ヒュルケンベルグ/ルノー)

 一般的に、ブレーキに厳しいサーキットというのはシンガポールやアブダビなど、ハードブレーキングそのものよりも冷却が十分にできないことに理由がある。ブレーキング時に1000度を超すカーボンのブレーキディスクとパッド、キャリパーを十分に冷やすことができなくなるからだ。

 しかしこのカナダは、長いストレートで十分に冷却ができる。ブレーキ時間は1周で計11.7秒ほどで、ラップタイムの17〜19%程度でしかない(逆にスロットル全開率は60%ほど)。それでもブレーキが厳しいというのは、それ以上にハードなブレーキングが多いからだ。

 1周1分10秒ほどの間に、減速Gが4.5Gを超えるようなハードブレーキングが6回もある。ちなみに、乗用車で急ブレーキをかけたときの減速Gはせいぜい1G程度。つまり、体重60kgの人なら後ろから60kgの力で押されるくらいの衝撃だが、ジル・ビルヌーブ・サーキットでは1周70秒の間にその4.5倍以上の衝撃が6回も加わることになるのだ。

 フェラーリが使うブレーキメーカー「ブレンボ」のデータによると、もっともハードなのは最終シケインへのブレーキング。時速322km/hから時速148km/hまでわずか1.6秒(距離にして49m)で減速し、その間の減速Gは4.7G。ドライバーは161kgもの力でブレーキペダルを踏みつけるという。もうひとつのオーバーテイクポイントであるヘアピン(ターン10)のブレーキングでも、時速292km/hから時速68km/hまで2.44秒(距離63m)で、減速Gは4.5G。

 これらは2016年のデータであり、マシンのダウンフォース量と速さ、タイヤのグリップレベルが格段に向上した2017年は、さらにブレーキングは急激なものになると予想されている。あるシミュレーションによれば、最終シケインの減速Gは5.6Gにも達し、1周平均減速Gは昨年4.3Gだったのが、今季は5G超えもありそうだという。

 全70周の決勝でドライバーがブレーキペダルを踏む踏力は、総計72.5トンにも及ぶ。減速エネルギーは179kWhで、これは1家庭の電気消費量の62時間分に相当する。

 マシンの高速化にともなって、今年ブレンボのブレーキディスクは厚みが28mmから32mmに、そして冷却風を通す穴は1200個から1400個に増やされている。それでも温度と摩耗に気をつけていなければ、カナダではブレーキに何が起こるかわからない。

「公道サーキットというのは壁が近いし、ランオフエリアがなくてトリッキーなものだけど、ここは縁石を使うところも多いし、路面のグリップが低い。しかも高速だから、低ダウンフォース仕様で走らなければならない。そういう要素のコンビネーションが、このレースを難しくしているんだ。だからこそ楽しいし、僕はチャレンジが好きだから楽しみだけどね!」

 ダニエル・リカルド(レッドブル)がそう語るように、カナダGPが荒れることの多い理由のひとつが、このサーキットの難しさにある。

 そこに加えて、今年は史上最強にハードなブレーキングという新たな要素も加わるのだ。

「従来のピレリタイヤはブレーキングでロックしやすく、過剰にハードなブレーキングは禁物だった。しかし、今年のタイヤはグリップが高いのでロックしづらく、ロックしてもあまりオーバーヒートせずグリップの回復が早いので、ロックを恐れず攻めやすい」(某チームのタイヤエンジニア)

 なんせジル・ビルヌーブ・サーキットは、4本のストレートをシケインとヘアピンでつないだだけのシンプルなレイアウトだ。だからこそ、いかにブレーキングをうまくまとめるかが勝負のカギとなる。そして、シケインの縁石に向けてうまくアプローチすることが重要だ。

「長いストレートからのビッグブレーキングだから、自信を持ってブレーキングできなければ攻めることはできない。しかもここは、その先の縁石が普通じゃなくソーセージ縁石だから、乗り方を失敗すればウォールにまっすぐ突き刺さることになるんだ」(マックス・フェルスタッペン/レッドブル)

「いかにブレーキングを遅らせて、シケインをアグレッシブに抜けて行くかが勝負のカギだ。ギリギリまでウォールに近づくために、正確なドライビングも求められる。ミスを犯せば、大きな代償を支払わなければならない」(セルジオ・ペレス/フォースインディア)

「ブレーキングポイントの目印になるものをしっかりと見定めて、自信を持ってブレーキングしなきゃいけない。コーナーの奥までブレーキングを遅らせようと思っているときには、特にね。そういう意味では、最終シケインはミスを犯せば大きくタイムロスをしてしまうし、トリッキーだよ」(ヒュルケンベルグ)

「ターン1のブレーキングはかなりロックしやすくてトリッキーだ。ターン2もすごくバンピーだしね。ターン8〜9のブレーキングもブリッジの下ですごくバンピーだから、マシンのグリップを確保するのが簡単じゃないし、要注意だ。ターン10はビッグブレーキングなだけじゃなく、コーナリングのボトムスピードを落としすぎないようにすることも重要なんだ。そうしないとコーナリング中に大きくタイムロスをしてしまうからね。最終シケインはできるだけブレーキングを遅らせて、なおかつスピードを保ったまま抜けて行きたいんだけど、かなりトリッキーだね」(ロマン・グロージャン/ハース)

 彼らが語る最終シケイン出口のコンクリートウォールは、「チャンピオンズ・ウォール」と呼ばれ、過去にミハエル・シューマッハやジャック・ビルヌーブなどが餌食になったことで知られる難所だ。

 その難しさはシケインそのものの特性だけでなく、その手前のブレーキングにもある。そのブレーキングが、2017年はさらに難しくトリッキーなものになっている。

 今年のカナダGPでは、史上最高にタフなブレーキングが見どころになりそうだ。