11月20日、「第41回大分国際車いすマラソン」が開催され、マラソンとハーフマラソンに男女あわせて158人が参加した。感染症対策のため見送られた海外からの一般参加や沿道からの声援が復活して通常開催となり、大分の街は3年ぶりのにぎわいを見せた…

11月20日、「第41回大分国際車いすマラソン」が開催され、マラソンとハーフマラソンに男女あわせて158人が参加した。感染症対策のため見送られた海外からの一般参加や沿道からの声援が復活して通常開催となり、大分の街は3年ぶりのにぎわいを見せた。

男子フルマラソンでは東京2020パラリンピック金メダリストで世界記録保持者のマルセル・フグ(スイス)が他を寄せ付けない圧巻の走りで、優勝。4大会連続10度目の頂点に立った。2位には鈴木朋樹が入り、昨年同様に日本勢トップでゴール。フグに3分半もの大差をつけられた鈴木は「何も通用しなかった。悔しい」と述べ、「また一からやっていきたい」と今後の巻き返しを誓った。

想定外のレース展開となったレース序盤

前日まで予報が頻繁に変わり、開会式に出席した選手たちもそろって気にかけていたレース当日の天候は、どんよりとした曇り空。それでも最後まで不安視されていた雨が降ることはなかった。

朝10時。人が埋め尽くされた沿道が静まり返った中、号砲とともに男子フルマラソンが大分県庁前をスタートした。直後に勢いよく飛び出したのが、鈴木だった。その彼についていったのがフグと、東京パラリンピック銅メダリストのダニエル・ロマンチュク(アメリカ)。これは、鈴木の思惑通りの展開だった。

「今大会は日本人が多い大会でもあったので、なるべく最初に集団を小さくする狙いがありました。フグとロマンチュクの3人のレースにしたいと思っていたんです」

しかし、鈴木が狙っていた3人がローテーションしながらの“三つ巴の戦い”は実現しなかった。レース序盤、最初の橋である「舞鶴橋」を渡っている途中でフグに先頭を譲ると、下り坂でスピードに乗ったフグに鈴木はついていくことができなかったのだ。さらに鈴木はロマンチュクにも先を越され、引き離された。とはいえ、ロマンチュクもフグのスピードにはついていくことができず、3人はそれぞれ“1人旅”の状態となった。

これは、フグにとっても想定外の展開だったという。

「最後にスタジアムに入ってからトラックの400m勝負になるとリスクが高くなるので、なるべく早めに抜け出したいと思っていた。でも、これほど早い段階で後方と差が開くとは思ってはいなかった」

心身ともに良いコンディションでレースに臨めたというフグは、3年ぶりに届けられた沿道からの声援を耳にしながら快走を続けた。一方、その後ろではレースに動きがあった。8キロ付近で、鈴木がロマンチュクの背中をとらえたのだ。

「ダニエルもそれほどフグを追いかけて必死になってはいなかったので、お互いに『一緒に走ろう』と言って、2人でローテーションをしながら走りました」

順番に前を走り“風よけ”の役割をしてお互いに体力を温存しつつ、終盤でいつどこでどちらがアタックするかがポイントになる。それが大方の予想であり、鈴木もそれを頭に入れていたに違いない。

ところが、レース後半になると徐々にロマンチュクの走りに力強さがなくなっていくのが、鈴木にはわかった。

「ダニエルが前を走っていても、なかなかスピードが上がらなかったので、このままでは後ろの4位集団に追いつかれてしまうのではと思い、できるだけ自分が前を走るようにしていました」


ふと後ろを見ると、ロマンチュクとの差が開き始めていた。鈴木ははじめ「逆に揺さぶりをかけてきたのかもしれない」と思ったという。最後のアタックに向けて体力を温存し、一気にスピードを上げてくるのかもしれないと思ったのだ。

ところが、35キロを過ぎた最後の折り返し地点の後、三海橋の上り坂で振り返ると、その時にはすでにロマンチュクの姿は見えなくなりつつあるほど、2人の差は大きく開いていた。

日本のエースに次元の違いを感じさせた世界王者

大分県庁をスタートして1時間20分後、大勢の観客がスタンドに詰めかけたフィニッシュ地点のジェイリーススタジアムに姿を現したのは、フグだった。タイムは1時間21分10秒。昨年、22年ぶりに更新した世界記録(1時間17分47秒)とは程遠いタイムだったが、ほぼ無風状態で超高速レースとなった1年前とは違い、今年はやや強い風とも闘いながらのレースだった。

フグがスタンドからの声援にガッツポーズで応えながらゴールテープを切った、その3分半後、鈴木が一人で競技場に現れた。タイムは1時間24分44秒で日本人トップ。3位には5分近い差をつけ、日本人エースであることを証明してみせた。

一方、ロマンチュクは鈴木に引き離された後、さらに5人にかわされ、8位。本来の走りを3年ぶりの大分で見せることはできなかった。

そのほか、女子フルマラソンでは土田和歌子がスザンナ・スカロニ(アメリカ)とのトラック勝負を制し、1時間37分59秒で10年ぶり7度目の栄冠に。男子ハーフマラソンは序盤から独走した生馬知季が連覇を達成。女子ハーフマラソンではアルペンスキーと二足の草鞋を履き、今年の北京パラリンピックでも金メダルを獲得した村岡桃佳が初出場で初優勝した。また、男子フルマラソンのT51のクラスでは、ピーター・ドゥ・プレア(南アフリカ)が27年ぶりに世界記録を更新し笑顔を見せた。


圧倒的なフグ、追い続ける鈴木

東京パラリンピックでトラックとあわせて4冠に輝き、その後のマラソンでも無傷を誇るフグ。しかも、他を寄せ付けない圧倒的な勝ち方で“絶対的王者”の名を欲しいままにしている。それでも隙はない。

「今は勝ち続けているけれど、以前は自分もダニエルに負け続けた時期があり、将来的には何が起こるかわからない。これからもっと速くなって勝ち続け、また世界記録を更新したい」

一方、東京パラリンピックでは苦手としていた雨の中のレースだったこともあって7位だった鈴木は、基本に立ち返って持久力を高めることに注力してきた。実際、大分のレースでは大きな手応えを感じたという。だが、その手応えは自信にまでは至らなかった。

「確かに持久力はついてきているなと実感しました。でも、フグにはまったくかなわなかった。今、彼と自分とは違うステージにいて、さらに雲の上の存在になってしまっているので、今のままではパリパラリンピックでメダルを獲ることはできないなと。自分の実力もレーサーの性能も、さらに引き上げていかなければいけない。でも、決して諦めてはいません。パリに向けてすべてを一からやっていきたいと思います」

日本のエースが世界王者にどこまで近づくことができるのか。それとも王者がさらに独走状態を築くのか。パリパラリンピックまであと1年となる来シーズンも目が離せない。