優勝の瞬間、平野美宇(木下グループ)の笑顔が弾けた。久しぶりに見る会心の笑顔だ。

ベンチに戻った平野はベンチコーチの中澤鋭監督(木下アビエル神奈川)と固く抱擁。その光景は最年少記録の16歳9カ月で初優勝を飾った2017年全日本選手権を彷彿させた。

 11月12、13日に開かれた「2022全農CUP TOP32船橋大会」は、2024年夏に控えたパリオリンピック日本代表選考会の第3回で、平野は第1回選考会(2022LION CUP TOP32/3月5~6日)優勝の早田ひな(日本生命)を決勝でゲームカウント4-2、準々決勝でも第2回選考会(2022全農CUP TOP32福岡大会/9月3~4日)優勝の伊藤美誠(スターツ)を4-0のストレートで下し、選考会初優勝を挙げた。

大会前、選考ポイントでダントツ1位の早田と2位の伊藤に対し、2回の選考会をいずれも8位で終えていた平野は6位と大きく遅れを取っていたが、今回の優勝で50ポイントを獲得し一気に3位に躍り出ている。

前回、福岡での選考会から約2カ月。その間、平野はどんな進化を遂げたのか?

これまで聞いてきた彼女の話と中澤監督の談を踏まえながら、「2022全農CUP TOP32船橋大会」でのプレーを分析してみたい。


フォアハンドの連続攻撃が得点源に

今大会の平野は明らかにフォアハンドの得点力が上がっていた。

その予兆は8月に神奈川県平塚市で開かれた、代表選考ポイント対象のTリーグNOJIMA CUP2022(8月13~14日)にあった。この大会で決勝に駒を進めた平野は早田にゲームカウント1-4で敗れたものの準優勝。

「4月からフォアを強化していて、どんどん良くなっているんじゃないかと思う」と密かに手応えを掴むとともに、「どんな場面でも『自分にはこれがある』という特長を何個か持つことが大事。課題を明確にして底上げをしたい」と語っていた。

 今年4月といえば、平野がJOCエリートアカデミーに在籍していた2015年4月から2018年3月まで担当コーチで、現在はTリーグ・木下アビエル神奈川の監督を務める中澤鋭氏が再び平野の指導にあたるようになった時期だ。

中澤監督はアジア競技大会代表選考会(4月9~10日 ※アジア競技大会は延期)から平野のベンチに入るやいなや、彼女を優勝へと導いた。

この中澤監督の指導のもと、平野のぎこちなかったフォアハンド連打の動きがスムーズになった。

「姿勢を見直し、連続性を重視しながら練習した効果が出ている。(本人にとって)フォアハンドはバックハンドよりも自信がないから、早く決めたいと打ち急ぐ場面が多くなる」と中澤監督。

平野の真骨頂である超高速バックドライブは一撃必殺の武器だが、それに比べるとフォアハンドは安定感に欠け凡ミスが出やすい。そこからプレーが単調になり、あっさり負けることも少なくなかった。

 さらに今大会、ミドル処理も見事だった。

 特に目を見張ったのは伊藤との準々決勝。速いボールでミドルに強打してくる伊藤に素早く反応。重心をぐっと落とし、体をねじるようにして平野がカウンターを浴びせる場面が何度かあった。

 以前の平野なら体勢が崩れてミスになるか、返球できたとしてもコースが甘くなり相手に得点されていた場面だ。

 これも4月からフィジカルトレーニングを増やした効果があるといい、「木下にはトレーニングのコーチがいて、男子チーム(木下マイスター東京)の選手たちに混じって切磋琢磨している」と話していた。

サーブ・レシーブの種類が増え戦術の引き出しが豊富に

 次に驚いたのはサーブ・レシーブの多彩さだった。

 これまで平野のサーブは横回転を出す巻き込みサーブが中心だったが、今大会では縦回転系サーブを多用。下回転とナックル性のサーブを織り混ぜることで早田の読みを外した。

とりわけ効果的だったのは、早田のフォア前に送るナックル性のサーブだ。下回転とフォームが似ているため回転量を判断しにくく、早田のレシーブが浮いた。そこをすかさず平野が3球目攻撃で決めるポイントが随所に見られた。

 投げ上げからのナックルサーブもよく効いた。平野の投げ上げサーブを使うのは珍しく、トスを高く上げる前に天井の照明をチラっと確認する仕草もあったりしたが、そこは今後、慣れていくだろう。

 レシーブのバリエーションも増えた。

中澤監督が「今までチキータが多かったが、それが効かないときにストップとかフリックを幅広く使えるようになった」と評価するように、早田を左右だけでなく前後にも揺さぶり先手を奪った。

その結果、2ゲームを先取されながら4ゲーム連続で奪い返す大逆転劇で平野は優勝した。

平野美宇 写真:日刊スポーツ/アフロ


リードされても貫いた「最後まで自分を信じるプレー」

 決勝後の優勝インタビューで平野は「引き出しが前より多くなったと感じていて、そのおかげで2ゲーム取られても『まだまだ出来る』という気持ちでプレーすることができた」と勝因を語った。

「今まで技術には自信があったけど、試合でどう発揮するかがずっと課題だった」と言う平野は、試合前半でリードしても後半、巻き返されることが少なくなかった。

原因のひとつに、相手が慣れてたときに戦術転換が遅れがちになることが挙げられるが、本人いわくそれは「どうしても自分の得意なラリーで勝負したいという意識が強い」ためと話し、前回選考会の福岡大会の反省点でもあった。

 だが、今回の船橋大会ではその反省が生きた。

顕著だったのはゲームカウント2-1早田リードで迎えた第4ゲーム。平野が10-9リードで取ったタイムアウト明けのサーブだ。

平野はそこまで効いていた投げ上げのナックル性サーブを早田のフォア前に送り、やや浮いた早田のレシーブから有利にラリーを進め、最後は得意の超高速バックドライブでゲームポイントを奪った。

この選択について中澤監督は、「今までは私からの指示が多かったが、自分が自信を持っているサーブを出せばいいいと言った。サーブの変化は(平野が)自分で決めた」と明かし、平野も「自分で考えて、最後まで自分を信じるプレーができた」と振り返っている。

 今回の優勝の背景には、WTTや世界卓球2022成都などの国際大会と国内選考会の過密スケジュールで伊藤が疲弊し、早田も利き腕の左腕を痛めていた中、国内で2人の対策をみっちりできた平野の優位性もあるだろう。

 しかし、誰もが認める高い技術を持ちながら、実戦で戦術に落とし込めないという課題を克服した平野は今夏に話していた、「どんな場面にでも『自分にはこれがある』という特長」を今大会で打ち出したと思う。

さらに今大会、最大の目標に掲げた世界卓球2023ダーバン(個人戦)の出場権もほぼ手中に収めた平野。ただ、1度の優勝で浮き足立つことはなく、「(本当の)目標はここじゃなくてパリオリンピックの代表2枠に入ること。世界でももっと勝てるように努力していきたい」と地に足をつけていた。

真価が試されるのはここからだ。


(文=高樹ミナ)


【パリ五輪選考ポイント】※11月13日終了時点

順位 名前(獲得ポイント)
1位 早田ひな(162)
2位 伊藤美誠(113)
3位 平野美宇(106)
4位 木原美悠(105)
5位 長﨑美柚(96)
6位 芝田沙季(94)
7位 石川佳純(86)
8位 佐藤瞳(69)