工業用貴金属メーカーのフルヤ金属は、10年後の2032年のニューイヤー駅伝出場を目指し、2022年4月に陸上部を創部した。1人目の部員として奮闘するのは、駿河台大学の主将を務め2022年の第98回箱根駅伝で同大を初出場に導いた阪本大貴選手。…

工業用貴金属メーカーのフルヤ金属は、10年後の2032年のニューイヤー駅伝出場を目指し、2022年4月に陸上部を創部した。1人目の部員として奮闘するのは、駿河台大学の主将を務め2022年の第98回箱根駅伝で同大を初出場に導いた阪本大貴選手。実績も人脈もノウハウも、全てがゼロからの壮大な挑戦に臨む決意を聞いた。

クラファンで700万円超の支援が集まる

ゼロからのニューイヤー駅伝出場。フルヤ金属の異例の挑戦は、少しずつ前進している。

ニューイヤー駅伝出場に向けた選手の獲得や育成資金、合宿、大会への参加費用を集めるため、2022年5月2日からクラウドファンディングを実施。まずは社内で陸上部の存在を知ってもらい、応援してもらうことが大切と考えた阪本はひたすら社内を挨拶して回った。

「今年4月から陸上部を立ち上げまして、ニューイヤー駅伝出場を目指して活動しています。ぜひご支援のほどよろしくお願いします」。社員一人ひとりのデスクを回り、本社に勤める社員全員へ声をかけた。

泥臭く、やりきった。1度目の声かけだけでは陸上部の活動が浸透しきらなかったと判断し、2度目の声かけを敢行。1回目はチラシを渡したのに対し、2回目はうちわを携えて行った。

「これからの暑い時期、仕事に疲れた時などにぜひこれを使ってください」と渡した手作りのうちわにはQRコードがプリントされ、クラウドファンディングのページに飛べるようになっていた。「まだクラウドファンディングやっておりますので、よろしくお願いします」。何度も頭を下げた。

社外への発信にはSNSを活用した。自身のアカウントだけでなく、知人の陸上選手にも拡散の協力を依頼。地道な努力が実を結び、社内外ともに認知度が高まっていった。徐々に支援者が増え、最終的に集まった支援数は124件、支援金額は708万9,000円。目標金額の700万円を上回った。

「社内の認知度が広がって、多くの方に応援していただけたことが嬉しかったです。たくさんの方に協力してもらっているので、改めて頑張らないといけないと思いました」

フルヤ金属のユニホームを着用して走る阪本

仕事と競技が「相互作用」

創部当時は選手2名体制だったが、7月末に1名が退社し現在は阪本が一人で練習を行っている。練習内容はジョギングと短い距離のダッシュの組み合わせが中心で「学生以上のレベルでできてるのかと言われると、まだできていないところはある。今はそれ以上に、来年度以降に入ってくる選手たちがしっかりと練習に集中できる環境を作ることに力を入れています」と言う。

阪本は自身が練習をこなすだけでなく、これから入ってくる選手たちのために練習環境を整えることに注力。他の実業団チームからも知恵を借りるため、陸上部会長の中村拓哉氏らとともに挨拶回りを実施している。

「実業団チームの先輩として、ずっとやられているなかでの苦労や、立ち上げのときに注意したこと、どんな社内体制になっているかなどを聞かせてもらっています。意見交換を通じて知識を増やしながら、フルヤ金属オリジナルの社内体制を作っていきたいです」

社会人1年目。仕事も実業団のチームづくりも初めてのことばかりで、心身に負荷がかかった。特に7月は営業として取引先への訪問が多く「全ての言葉が日本語なはずなのに、まるで外国語のように理解できなかった。精神的にきつかったです。営業職なので、常にお客さんのことを考えなければいけない。仕事の流れもまだつかめていないなかでお客さんの対応をするのは、すごく大変でした」と振り返る。

そんな逆境でも諦めない姿勢で仕事も競技も粘り強く取り組んできた。仕事と競技を両立するからこそ見えることもある。

「仕事は色んなことを考えてやるので、根拠を突き詰めて考える癖ができる。こうした考え方は競技にも必要で、陸上の練習にも落とし込めるようになってきているので、すごく勉強になってます。また、大学では(主将を務め)人前で話すことが多かったので、今の営業でのコミュニケーションにも活きている。(仕事と競技が)相互作用というか、互いに活かされているなと思います」

2022年10月22日の平成国際大学記録会1500mに出場した阪本

巨人の右腕・大勢、女子1500mの田中から刺激

異例の挑戦のモチベーションとなるのは、応援や支援をしてくれる人だけではない。西脇工業高で同学年だったアスリートたちからも大きな刺激を受けた。

プロ野球の世界では、巨人にドラフト1位で入団した大勢(翁田大勢)投手がルーキーイヤーで新人最多タイの37セーブを挙げる大活躍。西脇工時代、同じクラスではなく交流はそれほどなかったが、阪本は当時から好投手として名の売れていた大勢の練習する姿を横目で見ていた。「1年目から本当にすごい。ちょっとハナタカです(笑)。勝手にジャイアンツファンと名乗りながら見させてもらっています」と笑う。

3月25日の開幕戦・中日戦で球団史上初の開幕初登板初セーブをマークした際には「おめでとう」と連絡。大勢からは「俺も箱根駅伝見てたよ、おめでとう」と返信があった。競技は違えど、西脇工時代の仲間の第一線での活躍に「刺激をもらいます。同じアスリートスポーツという形でやらせていただいているので」と語る。

同じ陸上競技では、2021年に行われた東京五輪の女子1500mで日本人初の入賞となる8位に入った田中希実選手の活躍に触発された。田中と阪本は西脇工陸上部の同期。「一緒に練習をやっていた選手が世界を舞台にあれだけ堂々と戦ってるのを見て、すごく刺激を受けました。僕も同じレベルまでいけるかは分からないですけど、そこに並べるような大きな人間になりたい」と力を込めた。

「人生で一番いい経験ができている」

10月上旬には支援のお礼として、支援者とともに箱根駅伝10区のコースをジョギング。「思い出が蘇ってきて、懐かしかったです。楽しい時間でした」。9ヶ月前、大舞台で力走した自身の姿が思い起こされた。10年後の未来へ突き進むためにも、過去の自分には負けていられない。

箱根駅伝10区のコースをジョギングした阪本(左から3番目)と支援者たち

現状、フルヤ金属陸上部の部員は阪本のみ。来年度の新入部員の勧誘にも苦戦している。「今は1人でも多く部員が集まることを願いながら動いています。簡単じゃない、と思いながら毎日過ごしています」。だからこそ、阪本は真の仲間に出会えることを確信する。

「1から作るというところに共感して、一緒に頑張りたいという選手が来てくれると思っています。自分が動くことで少しずつ実になっていくことは本当にやりがいがあり、自分の人生の中で一番いい経験ができています。すごくやりがいはあるので、一緒に頑張っていける仲間がいると嬉しいです」

「これからもまだまだ大変な道のりがある。色んな苦労はあると思うんですけど、一歩一歩前進して成長し10年後にニューイヤー駅伝出場を必ず達成できるように活動しているので、これからも引き続き応援していただけたら嬉しいです」

ターゲットは2032年。ゼロからのニューイヤー駅伝出場の夢は果たして叶うのか。それは誰にも分からない。ただ、阪本が本気で叶えようとしていることは確かだ。

(取材・文/ 岡村幸治、写真提供/ フルヤ金属陸上部)