当初は出場の意向だったという桐生祥秀(東洋大)が、ダイヤモンドリーグ・ローマ大会出場を選び、山縣亮太(セイコー)も足の不安で出場を取り止めた6月4日の鳥取・布施スプリント。会場に詰めかけた観客やメディアの注目は、シーズン初戦のアメリカ…

 当初は出場の意向だったという桐生祥秀(東洋大)が、ダイヤモンドリーグ・ローマ大会出場を選び、山縣亮太(セイコー)も足の不安で出場を取り止めた6月4日の鳥取・布施スプリント。会場に詰めかけた観客やメディアの注目は、シーズン初戦のアメリカで追い風参考記録ながら9秒98を出したケンブリッジ飛鳥(ナイキ)に集まった。しかし、今大会の主役に躍り出たのはリオデジャネイロ五輪4×100mリレーの銀メダリスト飯塚翔太(ミズノ)だった。



100mで自己新記録を出したことで、200mでの活躍にも期待がかかる飯塚翔太 追い風が吹くコンディションのなか始まった男子100m。有力選手が集まる予選第1組はケンブリッジが10秒11で1位になったが、追い風参考記録となる2.9mが吹いていた。第2組、第3組も追い風参考記録が続くなか、第4組の飯塚は、スタートからスムーズに抜け出して1位でゴール。追い風は公認範囲の1.7mだった。速報タイムは世界選手権参加標準記録に並ぶ10秒12。その後、正式記録は10秒10と表示され、自己記録を0秒12更新した。

 走り終えた飯塚は、「100mはどれだけ出るかわからなかったので、びっくりです。次はいいメンバーと走るので、そこでも同じ記録を出せればいいと思う」と興奮気味。

 専門種目の200mで優勝を狙っていた、5月21日のゴールデングランプリ川崎では、疲労が残った状態で走って5位に沈んだ。走りの修正と動きのキレを戻すために今大会出場を決めたが、申し込みが遅れたことでプレッシャーのかからない第4組に入ったことも幸いした。

 その勢いは決勝でも衰えなかった。注目のケンブリッジは6レーンで飯塚は4レーン。間の5レーンには第1レースで10秒17を出した藤光謙司(ゼンリン)がいたが、スタートは第1レースと同じようにスムーズだった。そのままリードを奪うと「4歩目で思い切り躓(つまず)いてしまいました。そこでブレーキがかかったのがもったいなかった」というケンブリッジンの追い上げを抑えて10秒08でゴール。追い風は+1.9と絶妙な条件。飯塚は日本歴代7位の10秒08で優勝し、10秒12のケンブリッジが2位に入るくレースとなった。

「2レースとも公認の条件でラッキーでしたが、このスピードを体感できたというのが今回の一番の収穫です。それに力むことなく、勝ちきれたというのはよかったですね。このあとは(世界選手権まで)100mを予定していないし、日本選手権も200mだけなので、このイメージをちょっと残しながら200mの前半を走れれば、自己記録(20秒11)付近は出ると思います」

 飯塚は、ゴールデングランプリ出場後、疲労を抜くために練習量を落としたことで体調が上がり、この日は自己ベストを出す自信はあったという。10秒1台が出れば100点満点だと思っていたと振り返った。

「200mだと、距離が長いからと心の弱さが出てしまうけど、今日の100mはラストで失速する感覚もなかったし、出し切った感じもありつつ、まだ余裕を感じました。こういう走りをどこでも出せるようになればうれしいし、200mの前半でやれればトップスピードも上がって後半の減速を抑えることにもつながると思うので、それを日本選手権でできればと思います」

 大学1年だった2010年には、世界ジュニアで優勝して”和製ボルト”とも称された飯塚。その後は12年ロンドン五輪と13年モスクワ世界選手権に200mで出場して、4×100mリレーの主力選手にもなった。

 昨年は持ち味である後半の強さをさらに生かそうと、前半の走りをコンパクトにする取り組みをしてみた。その成果は、日本選手権で出した日本歴代2位の20秒11となって表れたが、リオデジャネイロ五輪では走りを考え過ぎてしまい、予選敗退という結果に終わってしまった。そのため、今季は前半をもっと大きく走り、世界のレースでも前半で置いていかれないようにすることを目標にしている。

「前半を少し抑えると、最後まで上がりきらずに終わってしまうことが多かったので、その殻を破りたい。身長も185cmあるから、しっかり大きく走らなければもったいないとも思う。それで今年はスタートも、これまでのように下半身から始動するのではなく、肩の辺りをうまく反応させて動きだす形に変えたことで、重心移動がうまくいき、3~4歩目までの感覚もよくなっています。60mまでのトップスピードを上げることで、前半の100mをこれまでの10秒4前半から10秒2台にしていけば、19秒台も見えてくると思うので。コーナーをグーッと勢いをつけて出られるようになれば、あとは後半の持ち味を生かせると思います」

 今の目標は200mで日本人最初の19秒台を出し、この種目をアピールすることだという。一方で、心の中には「200mが目立たないから悔しいというわけではないですが、100mも自分をアピールできる最高の舞台」という思いもある。

「今回ケンブリッジに勝ったことはうれしかったし、100mもいけるなということを世界の人に知ってもらいたいなとも思いますね。100mと200mを両方できるようになれば、200mもまた新鮮な気持ちで走れるようになると思うので。それに、100mというのはスプリンターなら誰でもやりたい種目ですし、その代表になるというのも目標でもあります。東京五輪も、出られるなら100mにも出てみたいです」

 決勝の10秒08は、神風が吹いたような感じだったと飯塚は振り返る。

 しかし、第1レースは本人も「あまり風を感じなかった」というように、1.7mとはいえ風に頼らない実力通りの結果だ。

 リオデジャネイロ五輪の4×100mリレーでは2走を務め、予選では9秒0台。ちょっともたついたという決勝でも、9秒1台のラップタイムで走っている。それを考えれば100mでも9秒台を出すポテンシャルは持っているということだ。

「今はまだスタートは上体がかぶるような感覚でグンッというのがないんです。でもリレーの体が起き上がった中盤の走りはすごくいいんです。100mのスタートのクラウチング姿勢からその姿勢につなげるのが課題ですね。スタートで小さく出てしまうと、起きても小さいというのが多かったので、そこをしっかりやっていけばいいのではと思っています」

 現時点の力を考えれば、10秒0台を安定して出せる力を持つ桐生と山縣が、日本人初の9秒台争いでは一歩リードしている状況だ。だが「今日の体の状態はすごくよかったので、これで(好記録が)出なかったらショックだなと思っていたんです。昨日たまたま100mのレースをイメージしてストップウォッチを計ったら10秒05だったので『速っ!』と思って。それに近いタイムを出せてよかったです」と明るく笑う飯塚もまた、今回の好記録連発で、その争いに名乗りを上げたと言えるだろう。