アイスショー「プロローグ」で『いつか終わる夢』を演じる羽生結弦プロとしての第一歩 羽生結弦はプロとしての第一歩を踏み出した。 11月4日、横浜・ぴあアリーナMMで開幕した、自身で企画・構成をしたアイスショー「プロローグ」。会場には、7900…


アイスショー

「プロローグ」で『いつか終わる夢』を演じる羽生結弦

プロとしての第一歩

 羽生結弦はプロとしての第一歩を踏み出した。

 11月4日、横浜・ぴあアリーナMMで開幕した、自身で企画・構成をしたアイスショー「プロローグ」。会場には、7900人の観客が詰めかけた。羽生は、このアイスショーの意図についてこう説明した。

「これから始まる物語へ向けてのプロローグであり、自分がまた新たな決意を胸にして、目標に向かって、夢に向かって一歩ずつ進んでいくんだということを......。これまで自分が経験してきたことや、皆さんに力をもらってきたことだったり、そういったものをあらためて皆さんと共有しながら、次のステップにつながるようにと思いを込めて、このショーを企画しました」

 幼い頃の姿から、2014年のグランプリ(GP)シリーズ・中国杯の公式練習で起きた激突のアクシデントなどの自身の歩みを振り返る映像を、演技の合間に大型スクリーンに映し出す構成。

「自分としてはちょっと過去に戻り、今までのすべての人生を振り返り、最終的には(2022年)北京五輪のエキシビションや、現在の自分に至るというようなことを表現したかった。だから最初のほうでは、(2018年)平昌五輪で滑った、自分の代表的なプログラムである『SEIMEI』を滑らせていただきました」

 ソチに続き平昌大会での五輪連覇。それは羽生が「自分のこれからの人生を左右するものであり、かならず達成しなければいけないもの。自分にとっては決定事項だった」と過去に話していたように、羽生自身にとって根幹をなすものだった。

五輪連覇に思いを馳せながら

 ショーは試合のように、全照明を点灯したなかで「6分間練習です」というアナウンスとともに始まった。それは試合前の光景を再現するもの。

 羽生は競技者時代と同じように滑り出すと時間をおいて3回転ループを跳ぶ。そのあとはトリプルアクセル。さらに後半には4回転トーループ+1オイラー+3回転サルコウや4回転サルコウを跳んだ。

 そしてそのまま「1番、羽生結弦」というアナウンスで、『SEIMEI』の演技に向かった。

「アイスショーでは考えられない、全部の照明をつけてやることも含めて自分で考えましたが、正直どういう反応をしていただけるのか、僕自身も試合ではないなかでやる6分間練習にどこまで集中できるか不安でした」

 こう話す羽生は、平昌五輪を思い出しながら『SEIMEI』を滑った。最初に4回転サルコウをきれいに決めると、続けて4回転トーループを。そして3本目のジャンプをトリプルアクセルにすると、コンビネーションスピンからステップシークエンスへ落ち着いた滑りでつなげた。

 演技後半はトリプルアクセル+3回転トーループと、トリプルアクセル+1オイラー+3回転サルコウとつなげ、スピード感のあるフライングシットスピンからコレオシークエンスで盛り上げ、最後はチェンジフットコンビネーションスピンで締めた。



「実際4分7秒くらいのものになっていてジャンプの本数は少なくなっていますけど、プロになったからこそというか......競技なら同じジャンプの3本目はキックアウトになるけど、プロだからトリプルアクセル3本をやってみました。ものすごく緊張したし、ジャッジではなく多くのお客さんが目の前にいるというのは、正直すごく試されていると思ったし、自分自身も試さなければいけないということを感じながら滑っていました」

 ジャンプは5本だが、それはすべて4回転とコンビネーションジャンプを含んだトリプルアクセルのみというアイスショーでは珍しい高難度の構成だった。

現役時代より体力をつけている

 その演技の5分後には衣装を着替え、中村滉己氏の津軽三味線が響くなかで登場すると2008〜10年のエキシビションプログラムだった『CHANGE』を滑った。

 羽生はそのあとのファンからの質問コーナーで、「羽生結弦選手と呼んでもらいたいか」という問いに、「僕自身、競技をやっているのと何ら変わらないと思っています。フリーをやった5分後に『CHANGE』を演じて試合以上に大変でしたが、現役時代より体力をつけているので、選手と呼ばれるのはうれしいです」と答えていた。

 プロであってもアスリートであり続けるという強い意志。それが6分間練習から『SEIMEI』に続く構成に表れていると感じられた。

 そのあとの『ロミオ+ジュリエット』は、モニターに映された2011−2012シーズンのGPシリーズの映像のなかから飛び出してくるような演出で氷上に現れると、当時の構成だったトリプルアクセル+3回転トーループ、3回転ルッツ+2回転トーループ+2回転トーループ、3回転ループを決めた。

心のなかのジレンマを表現

 そして4本目は、自身が振り付けをした新プログラム『いつか終わる夢』。「ファイナルファンタジー10」のテーマソングで、演出家のMIKIKO氏がプロジェクションマッピングを演出した。氷上に水面や水中の光景が映し出され、滑った「航跡」に沿って木立が姿を現し花びらが舞う幻想的な空間のなかで、ゆるやかに舞った。

「『ファイナルファンタジー10』は、僕はめちゃくちゃ好きな世代なので、いろいろなことを考えて(プログラムを)つくりました。僕の夢はもともと五輪連覇でした。そして、それを果たしたあとに、4回転半という夢を設定して追い求めてきました。でもそれは達成することができなかったし、ISU(国際スケート連盟)公認の大会での初めての4回転半の達成者にはなれませんでした。

 その意味では終わってしまった夢かもしれません。皆さんが期待しているけどできない。だけどやりたいと願う。もう疲れてやりたくないのに、皆さんに期待していただけばいただくほど、自分の気持ちがおろそかになっていって壊れ、何もできなくなってしまう。それでもやっぱり、皆さんの期待に応えてみたい。そんな自分の心のなかのジレンマみたいなものを表現したつもりです」



『いつか終わる夢』でプログラムをつくろうと考えたのは、この曲を流しながら滑っていた時、クールダウンの動きをするとピタリとハマったからだという。その時に思ったのは、多くの人が羽生のクールダウンの滑りを見たがっていたこと。

 そうした経緯で生まれたこの新プログラムを見ていると、長い間競技者として世界のトップを、そして自身の進化だけを見て戦い続けてきた彼の心を、ゆっくりとクールダウンさせるためのプログラムなのかもしれないとも思えた。

『春よ、来い』から見えた未来

 だが、次に演じた『春よ、来い』では、プロジェクションマッピングの演出で羽生の未来を見た気がした。2018年の「ファンタジー・オン・アイス」で、ピアニストの清塚信也氏とのコラボレーションをきっかけにエキシビションプログラムとして採用し、以降も毎シーズン、大切に滑ってきたプログラムだ。北京五輪では、エキシビションで舞った。

 MKIKO氏によるプロジェクションマッピングは、羽生が滑るなかで発生させる空気の振動を波動のように伝え、その光景をさまざまに変化させた。そして、深いハイドロブレーディングで手のひらに集めた氷片を空にまき散らすと、氷上は花で埋まった。

 これまでの『春よ、来い』はいつか終わる冬のなかで、春の訪れを待ち焦がれる思いが伝わってくる演技だと感じていた。しかし、この日の『春よ、来い』は、羽生の滑りが生む空気の振動が周囲を変化させて地と空気をゆるめ、春を訪れさせたと感じさせる演技だった。自分の行動で何かを変えていくーー。それこそがプロとしての羽生がなし遂げようとしていることなのだろうと、あらためて思わせた。



 プロアスリートとしての意識を持って進む羽生の道は、これまで誰も踏み出したことがない、何の標もない道だ。だからこそさまざまなことを考え、想像し、創造しなければいけない。そんな難しい状況を羽生はこう話した。

「プロ転向の記者会見でも言ったかもしれないですけど、プロだからこその目標というのは、具体的には見えていないんです。そういうのは、僕の人生史上でも初めてのことなんです。今まで、4歳の頃から常に五輪で金メダルを獲るという目標があったうえで生活してきたので、今はちょっと宙ぶらりんな感じがしています。

 ただ、まずはこの『プロローグ』を成功させるために毎日努力してきたこととか、今日は今日で一つひとつのジャンプだったり演技だったりに集中していったこととか。たぶん、そういうことが積み重なっていって、また新たな羽生結弦というステージにつながっていったり、新たな自分の基盤ができていったりするかなと思うので。今できることを目一杯やっていって、フィギュアスケートの限界を超えていけるようにしたいと思います。それがこれからの僕の物語としてあったらいいなと思います」

 製氷の中断もなく、ひとりで滑りきった90分間のアイスショー。羽生は新たな自分の理想を見つけるための旅立つ日にした。