勝つチャンスはあった。しかし「王国」の壁は高かった。 10月29日、ラグビー日本代表(世界ランキング10位)は「リポビタンDチャレンジカップ」でニュージーランド代表(同4位)と激突。東京・新国立競技場で最多記録となる65,188人のファン…

 勝つチャンスはあった。しかし「王国」の壁は高かった。

 10月29日、ラグビー日本代表(世界ランキング10位)は「リポビタンDチャレンジカップ」でニュージーランド代表(同4位)と激突。東京・新国立競技場で最多記録となる65,188人のファンが見守るなか、日本代表は4トライを挙げる奮闘を見せたが、惜しくも31−38で敗れた。

 1995年ワールドカップでは17−145で大敗するなど、オールブラックスとは過去0勝6敗で白星なし。ただ、7点という歴代最小得失点差での惜敗は、来年のワールドカップに向けて大きな自信、糧になったことは間違いない。



ニュージーランド代表戦に先発したSO山沢拓也

 9月の大分・宮崎での強化合宿、10月のオーストラリアA代表との3戦を経て、日本代表は秋のテストマッチの1戦目としてワールドカップ優勝3回を誇るオールブラックス戦を迎えた。その重要な試合で攻撃のタクトを握ったのは、SO(スタンドオフ)山沢拓也(埼玉ワイルドナイツ)だった。

 エディー・ジョーンズHC(当時)に見いだされ、高校3年で初めて日本代表合宿に招集されてから早10年あまり。紆余曲折を経て28歳となった山沢が、テストマッチ5試合目にして初めて「ティア1」と呼ばれる世界レベルの強豪相手に先発起用された。

「我々は山沢を高く評価しています。彼はほかの選手をとてもよくリードしていますし、トレーニングもいい環境で行なっています。ちょうど今、この機会で大きなテストマッチでプレーすることができる選手です」

 ジェイミー・ジョセフHCは山沢の起用の意図をこう説明する。

 直近2試合は若手SO李承信(神戸スティーラーズ)が先発していたため、山沢本人も「先発ではないかなと思っていたので、ちょっとビックリしました」と言う。

「この1週間、ティア1相手でどんな感じになるんだろうと、自分の気持ちをコントロールするのが難しかった。前日、寝る前もソワソワしていましたし。65,000人を超えるファンの前での試合は初めてだったので、すごくドキドキしていました」と正直に気持ちを吐露した。

サッカー仕込みのボールさばき

 もちろん山沢にとって、オールブラックスが試合前に行なう伝統の「ハカ」も初体験だった。「どういう気持ちでいたらいいのだろう......どこ見たらいいのかな......と思って見ていました」。それでも今年、ワイルドナイツにリーグワン初優勝をもたらした28歳の司令塔は、試合が始まると冷静にタクトを振り続けた。

「チームとしてひとつの方向に向かっていけるように、戦うエリアを意識しました。オールブラックスはアタックが強いチーム。(自陣)ゴール前でアタックされたらトライにつながりやすいので、いかに自陣に入れないようにするかを考えた」

 その結果、山沢は1トライ、3つのプレースキックを成功させ、チーム最多の12得点を挙げて存在感を示した。しかし、チームを勝たせることはできなかった。山沢は「すごく悔しい気持ちです。拮抗したなかで1トライ、1点の重みを感じる試合となりました」と振り返る。

 山沢らしさを見せたのは、3−21で迎えた前半37分のシーンだろう。日本代表CTB(センター)ディラン・ライリーのキックを相手がキャッチミスすると、そのこぼれ球を山沢が足に2度かけて、最後はボールを自ら拾い上げて左中間に押さえた。

 中学までは埼玉の強豪クラブチーム(クマガヤSC)でサッカーをしていた山沢の得意なプレーで、リーグ戦で何度も目にしてきた形だ。

「敵陣でプレーできていたから、得点に結びついたのかな。トライのチャンスがあるかも知れないと思って追いかけました。ドリブルがうまくいって、自分のところに転がってくれたので、トライにつながってよかった。正直、ラッキーでしたね」

 後半9分、山沢は交代となった。もう少しピッチで見たかったファンも多かったことだろう。伸び盛りの若手SO李にプレータイムを与えたかったことも、ジョセフHCが交代に踏み切った理由と思われる。

「なかなかうまくいかない部分もあったのですが、フレッシュな承信が勢いを出してくれればいいかなと思いました。(オールブラックスに)簡単にトライされたシーンは(今後)抑えられたらいいかな」

随所で山沢らしさが輝いた

 ワイルドナイツで結果を出しても、なかなか代表ではチャンスに恵まれなかった。それでも、山沢は「自分らしくプレーする」ことから目を背けなかった。日本代表SOのポジション争いが激しく続くなかでも、「自分ができることをしっかりやっていければいい。いろんなSOの選手がいるが、個性を大事にやっていければ」という言葉を繰り返した。

 山沢にとって、オールブラックス戦は今までのラグビーキャリアのなかで初めて巡ってきた大舞台。10番としてゲームコントロールするだけでなく、プレースキックをすべて決めて、さらには足を使ってトライも挙げた。

 ワイルドナイツで鍛えてきた「山沢らしさ」は、オールブラックス相手にも十分に発揮した。「ティア1」とのデビュー戦は及第点だったと言えよう。

 ただ、山沢の自己採点は「70点」だと言う。「アタックで通用した部分は収穫だったが、ディフェンスではティア1の強さを感じた部分もあり、自分のところでトライを取れたところもあった」と手応えと反省を口にする。

 来年のワールドカップに向けて自信になったのでは?

 そう投げかけると、山沢は「いや......今の自分にとって大きな経験になった」という言葉にとどめた。まだワールドカップを意識しようとせず、11月に敵地で対戦するイングランド代表戦とフランス代表戦に向けて集中力を高めている。これも、山沢らしさ、である。

「再現性がなく、それでも周りに評価されて悩んでいたが、ワイルドナイツに入ってからいろんなものが結びついてきた。早熟と思われていたが(大器)晩成型かな」

 山沢をラグビーに誘った深谷高校時代の恩師、横田典之監督(現・熊谷高校)はこう話していた。その言葉どおり、今、山沢は心身ともに充実期を迎えている。

 課題だったゲームコントロールは年々成長し、山沢自身の個性も出せるようになってきた。また、両足ともにキックを使えて、SOだけでなくバックスリーとしてプレーできることも武器となるだろう。

 ワールドカップまで1年あまり、いよいよ山沢が大きな"桜の花"を咲かそうとしている。