5月27日、J1大宮アルディージャは渋谷洋樹監督を解任した。昨季は5位と大健闘したが、今季は最下位に沈んでいた。成績不振を理由に、伊藤彰コーチの内部昇格による監督就任を発表している。 新監督はどんなサッカーで、チームを立て直そうという…

 5月27日、J1大宮アルディージャは渋谷洋樹監督を解任した。昨季は5位と大健闘したが、今季は最下位に沈んでいた。成績不振を理由に、伊藤彰コーチの内部昇格による監督就任を発表している。

 新監督はどんなサッカーで、チームを立て直そうというのか?

「選手はトレーニングから、高いモチベーションで取り組んでくれています」

 伊藤新監督は明瞭な口調で言う。ひとつの質問に対し、簡潔に答える。そこに余計な感情は挟まない。”戦術マニア”と関係者の間で言われるが、合理的な性格か。

 そのリーグ戦初戦で、目指すべきプレーモデルははっきりと見えた。



サガン鳥栖戦で戦況を見つめる大宮アルディージャの伊藤彰新監督 6月4日、大宮は本拠地NACKスタジアムにサガン鳥栖を迎えている。伊藤体制になってから初のJ1リーグ戦。是が非でも落とせないゲームだが、それ以上に「戦いの道筋を示せるか」が問われた。

 渋谷体制での大宮は、4-4-2を基本フォーメーションにしてきた。しかし、伊藤監督は4-1-4-1を選択。より攻撃的なマインドで戦いに挑んでいる。

「降格圏にあるチームとは思えないほど、無理してもボールをつなげようとしてきた」

 そう鳥栖の選手たちは語っているが、ボールを大事にする、その意志をまず、大宮陣営は提示した。

 攻撃の軸になっているのが、1トップに入った江坂任だろう。

 江坂は積極的に2列目に落ち、ボールを受けた。そして江坂を追い越す形で、2列目の選手が前線に入っていく。江坂は動きの質が高く、あらゆる点でタイミングが抜群。例えばボールを受けに下がり、背後を寄せられると、すかさずダイレクトで横に叩いて、深みと幅を同時に創り出せる。ビジョンも広く、まるでバックミラーを装備しているかのように、全方位的に敵と味方を察知し、”前線のプレーメーカー”となった。

 決して悪くはない立ち上がりだったが、守備に甘さが出た。

 前半17分だった。左からのFK、完全にフリーになった趙東建にヘディングを叩き込まれている。

 大宮はこの瞬間、ゾーンで守っていた。2人の選手の間に入られてしまったわけだが、間隔そのものが悪かったわけではない。しかし、もっと基本的なミスを犯していた。

「ゾーンをマークするのではない。ゾーンに入った敵をマークする」

 それは欧州サッカー界で”指導要綱”にもなりつつあるポイントだが、Jリーグではゾーンディフェンスがまだ「ゾーンをマークする」という状態のままで、大宮もその例に漏れなかった。

 しかし、大宮はここから挽回する。

「前半は硬さが見えましたね。後半はパワーを上げ、アグレッシブにいこう、と伝えました。(後半頭から)大山啓輔を入れたのは、ボランチのところでゲームをコントロールする必要があったからです」(伊藤監督)

 かなり強度の高いプレッシャーを受けながら、大宮の選手たちはバックラインからどうにかボールをつなげる。ボールを敵ゴールまで運ぶ。そんな意志を強く感じさせ、高い位置でボールを持てるようになった。右サイドから何度か破って決定機を作ると、鳥栖を押し込み、ゴールの予感を漂わせる。

 72分、左からのロングスローを一度はクリアされたものの、再度クロスを放り込む。ニアでフリックした後、ファーポストに江坂が入って頭で合わせた。自分の前にスペースを作り、そこに呼び込み、飛び込む。美しい同点弾だった。

 ただ、大宮は逆転するほどの余力は残していない。終盤はスクランブルになって入り乱れたが、ホーム初陣は1-1のドローだった。この結果を、どう評価するべきなのか。

「失点してから追いついたのはよかったです。選手たちが最後まで諦めなかった。あとは最後の最後のクオリティ。クロスに対しての入り方や抜け出すところなど、細かい点を改善していきたい」(伊藤監督)

 同点ゴールは、”ボールプレー追求の結晶”と言えるだろう。イニシアチブをとって戦う、そのプレーモデルは示した。例えばアンカーシステムは、相手の攻撃を受ける、という受け身ではなく、迅速にボールをつなげ、前に手数を掛け、攻撃で圧力をかける、という能動的発想だろう。それは降格圏のチームとしては勇敢な姿勢で、3倍近い13本のシュートを放った。あとは精度が問題になる。
 
 一方で残留という目標に向けては、現実的に勝ち点を稼がなくてはならない。

「監督が代わったとき、選手は200%の力を出す」(鳥栖のマッシモ・フィッカデンティ監督)

 勢いのある今だからこそ、大宮はプレーモデルを確立し、ポイントを勝ち取らねばならない。やがて”日常”は戻ってくる。もともと負けが込んでいたチームは、一度でも負ければブレーキがかかるだろう。自身に対し、疑心暗鬼になるからだ。

「勝ち点1は残念。選手たちのポテンシャルはあるので。次の試合もしっかり戦いたい」

 伊藤監督は背筋を伸ばして言った。