日本GPでマックス・フェルスタッペンが2年連続のドライバーズタイトルを獲得。レッドブルの強さはフェルスタッペンの驚異的なドライビング、マシン性能に裏打ちされたものであることはたしかだ。だが、どんな苦境からでも光明を見出すストラテジー(レー…

 日本GPでマックス・フェルスタッペンが2年連続のドライバーズタイトルを獲得。レッドブルの強さはフェルスタッペンの驚異的なドライビング、マシン性能に裏打ちされたものであることはたしかだ。だが、どんな苦境からでも光明を見出すストラテジー(レース戦略)が大きな役割を果たしていることは、F1ファンなら誰もが知るところだろう。

 あのアグレッシブかつ惚れ惚れするような戦略は、どのように生み出されているのか?



レース戦略責任者のウィル・コートニー

 主席ストラテジーエンジニアのハンナ・シュミッツの存在が有名だが、彼女がひとりでレース戦略を立案しているわけではない。その背後にはファクトリーのオペレーションズルームに約20名のストラテジーエンジニアたちがいて、さまざまなデータを分析して補佐している。

 1回のレース戦略シミュレーションで行なう計算は数百万通り。レース中もそれを何度も繰り返して、常に正解をアップデートしていく。レース週末の間にサーキットからファクトリーへと送られるデータは400GBにも及ぶ。そこから導き出された戦略のなかから、ベストな戦略を選ぶ。それがレース戦略決定のプロセスだ。

『モンテカルロ・シミュレーション』と呼ばれる、カジノのルーレットがどのような結果になるかをランダム計算で予測する技法を使い、膨大な演算を行なう。シュミッツの上司でもあるストラテジー責任者のウィル・コートニーとシュミッツのいずれかが交代でレース現場に赴き、ピットウォールで最終決定を下す。

 そのコートニーは次のように説明する。

「異なる戦略選択やピットストップなど、さまざまなランダム要素を含めたレース展開をシミュレーションし、そこからどんな戦略がどんな結果をもたらすか、という全体像を掴むんだ。

 まず、レース週末を迎える前に、タイヤ性能などの予測に基づいたシミュレーションを行なう。そして、レース週末のフリー走行の実走データを受けてシミュレーションをリファインしていき、決勝に向けた予測精度を上げていくんだ。

 レース前だけでなくレース中も、刻々と変化していく状況や他チームの動きに合わせてリアルタイムでシミュレーションを行ない続けるから、最終的にはトータルで40億通りくらいになるね」

クラウドを使った技術革新

 レース前の性能予測や、フリー走行での実走データからレース戦略をプランA、プランB、プランCと用意していくのは、容易に想像できる。

 しかしF1チームは決勝中も、その数百万通りのシミュレーションを1周ごとに繰り返している。そこにはライバルの戦略やペース、天候推移なども含まれている。そうすることで、より確かな戦略を導き出せるのだ。

「レース前の段階でシミュレーションを走らせ、それに基づいて戦略のベースプランを作成する。しかしレースが始まれば、さまざまなことが起きる。レース中はどんどんデータが蓄積されていくから。

 我々は毎周(その時の最新データで)シミュレーションを走り直させていて、誰かがピットインしたりセーフティカーが出たりといった外的要因も反映されて、どの戦略で行なえば最終結果がどうなるという予測が常にアップデートされていく。だからレース中に行なうライブシミュレーションは、戦略を考えるうえで非常に有益なものになっているんだ」

 その膨大な演算を支えているのが、タイトルスポンサーを務めるオラクルだ。技術革新をもたらす提携だからこそ、レッドブルはイノベーションパートナーと読んでいる。

「我々は『モンテカルロ・シミュレーション』と呼ばれるそのシミュレーションを、オラクル・クラウド・インフラストラクチャー(OCI)を使って走らせている」

 従来はファクトリーに設置したスーパーコンピュータで行なっていたシミュレーション演算を、クラウド上のコンピュータに任せる。

 そのメリットは主にふたつあり、ひとつはコスト面。高価なコンピュータを常に最新型にしていくコストと、演算を必要とするレース週末以外の電気代・冷却費用などの維持費を、『PAY AS YOU GO』で使った日数分だけ払うことで削減することができる。2021年からコストキャップ制度が導入されただけに、F1チームにとってこれは重要な側面のひとつだ。

最後は人間にしかできない

 ただし、それよりも大きなメリットだと言えるのが、演算速度だ。

「それが最も効果を発揮するのは、レース中のリアルタイムでのシミュレーションだ。25%のスピード増と言うと大したことのないように聞こえるかもしれないが、ラップごとの各シミュレーションを走らせるのにかかる時間が20〜30秒だから、つまり5〜10秒の時間がセーブできる。

 ピットインするかどうかの思考時間を、それだけ長くすることができる。シミュレーション結果に基づいて決断を下すためにより多くの時間を費やすことができるようになり、よりよい決断を下しやすくなるというわけだ」



圧倒的な強さを誇ったレッドブルの核を紐解く

 もちろん、シミュレーションが導き出すのは「この戦略を採れば、こういうレース結果になる可能性が高い」という答えでしかない。好結果を生み出す可能性が高いさまざまな戦略オプションのなかから、ドライバーのフィードバックやライバルの動きなど、理論だけではない"レース勘"と言われるようなものまで含めて、最適な戦略を選ぶ。最後は人間にしかできない仕事だ。

「シミュレーションが知らない要素は常にあるから、シミュレーション結果が100%というわけではない。たとえば、我々がタイヤマネジメントのために本来よりも遅いペースで走っていたとしても、シミュレーションはそれを知らないから、単純にそれが本来のペースだと考えてしまう。だから、我々はドライバーからのフィードバックも重要視しているし、それをシミュレーションにも反映させ、導き出されたシミュレーション結果をどのように"翻訳"するか、解釈するかが重要になる。

 しかし、シミュレーション結果が我々の戦略決定において非常に重要なインプットをもたらしていることは間違いないよ。シミュレーション結果を見たうえで、ドライバーたちからのタイヤをはじめとしたフィーリングのフィードバックを踏まえ、エンジニアたち、クリスチャン(・ホーナー代表)、エイドリアン(・ニューウェイ)らと話し合って決断を下すんだ」

鈴鹿での戴冠の確率は50%

 ライバルチームの戦略予測モデルもシミュレーションに含まれているとはいえ、詳細なシミュレーションは自分たちの2台のマシンに集中している。レッドブルとしては今後、全20台のマシンに対して同じレベルのシミュレーションを行ない、より緻密で正確な戦略シミュレーションを模索しているという。

 そのためには、クラウド上の演算能力が今の10倍必要ということになる。だが、自社ファクトリーのコンピュータを使っていれば荒唐無稽なそんな話も、オラクルとの提携があれば俄然現実味を増してくる。

 日本GPのレース週末を前に、コートニーは鈴鹿でのフェルスタッペン戴冠の可能性は「50%以上と言っておこうか」と笑った。もちろんあの雨で異例の展開となった決勝を予想してはいなかっただろうが、フェルスタッペンが優勝し、セルジオ・ペレスが2位に入ってタイトルを決めるかどうかはフィニッシュ後に決まったほど。「50%」という数字はかなり現実的なものであったと言える。

 レッドブル躍進の原動力であり続けてきたレースストラテジーが、なぜ強いのか? そして、これからさらにどれだけ強くなろうとしているのか? それを知れば、彼らの牙城がそう簡単に揺るがないであろうことがはっきりとわかる。