無良崇人に聞く(前編) 羽生結弦選手にとっては同時期に競い合ったライバルであり、4歳上の頼れる兄貴のような存在でもあったのが無良崇人さんだった。トリプルアクセルが得意なジャンプで、イヤホンマニアという趣味が同じというふたりは、共通する価値観…

無良崇人に聞く(前編)

 羽生結弦選手にとっては同時期に競い合ったライバルであり、4歳上の頼れる兄貴のような存在でもあったのが無良崇人さんだった。トリプルアクセルが得意なジャンプで、イヤホンマニアという趣味が同じというふたりは、共通する価値観を持つことにより時間を共有、お互いに刺激し合う間柄になって、切磋琢磨しながら絆を結んでいった。そんな無良さんに、あらためて今後の羽生選手の活動や、男子フィギュアスケート界について、話を聞いた。



「ファンタジー・オン・アイス2022」名古屋公演に出演した羽生結弦

 僕のなかで羽生結弦選手は「戦友」です。何よりも、日本男子のみならず、フィギュアスケート全体の知名度を上げることに、貢献をしてくれたひとりだと思っています。彼のここまでやってきた実績が、フィギュアスケートをどれだけ大きいものにしてくれたのか、そんな存在だと思っています。フィギュアスケートに対する彼のストイックさやスタンスがあったからこそ、ここまでの功績を成し遂げられたのだと思います。その点において、賞賛しないといけない存在だと思います。

 何よりも同じ土俵で試合をしてきた人間として僕が言えるのは、彼がいたからこそ、自分も頑張ってこられたという気持ちがあるということです。自分にとっては本当に大きな存在でした。

 競技者としての彼は負けず嫌いでした。完璧を求めていたからこそ、ああいう姿を見せ続けることができたのだと思います。何よりもストイックにひたむきにスケートに向き合っていた選手という印象が強いです。一番の強さの源は、探求心が人一倍あることだと思います。

 ジャンプひとつをとっても、どういうふうにしていったら安定してミスなく跳べるのかを追求していた。やはり人間なので、どうしてもその時その時の体の状態によって動きも100%同じようにするのは難しいことだと思うのですが、自分がどこのポイントを注意していれば問題なくクオリティの高い4回転を跳べるのかを習得していったのではないでしょうか。

 僕らよりも、自分の動きについてはるかに細かいところまで研究して突き詰めていっているという印象がありました。そういう探求心があるからこそ、長い間、技術レベルが落ちることなく、ずっと世界のトップでやってこられたということだと思います。

アイスショーの思い出

 技術をより追求していくという気持ちは、決意表明会見での「プロアスリートになる」という言い方にも表れていると思います。7月の決意表明会見で彼の発言を聞いていましたが、「彼らしいな」ということに尽きると感じました。

 僕にとって印象的だったのは、「引退」という言葉を使いたくないと言っていたことです。引き下がるわけではなくて、プロとして活動する。競技者として試合に出ることはなくなるけれども、技術レベルや自分のモチベーションにおいては向上し続け、成長し続けるという言葉を口にしていたことでした。

 プロ転向した当時のことを思い出しました。僕の場合、アイスショーがもともと好きだったし、試合というよりも、ショーのなかでスケートに恩返しがしたいという気持ちがすごくあったので、レベルを維持するというよりも、自分が滑りたいスケートを滑るという考え方のほうが、どちらかというと大きかったと思います。

 僕のプロ転向時とは違って、羽生選手は今、競技会に出ても表彰台に上がれるレベルを維持し続けることができていると思います。勝てるなら競技会に出場し続ければいいわけですが、そこの線引きが彼らしさでもあると思います。

 羽生選手とは競技会やアイスショーで一緒になる機会が結構ありました。2011年、東日本大震災に遭った彼が、ホームリンクで練習できなくなり、いろいろな場所で練習することになって、環境も変わるなかでしんどい思いをしながらスケートをやっていた時期に、僕が「もしリンクがなかったら、(練習拠点の)岡山も使ってもいいよ」と、話したことがありました。その後、一緒に出演したアイスショーでよく話をするようになりました。

 2015年4月の世界国別対抗戦では一緒にチームジャパンとして試合に出たのですが、練習や試合のあとに、スケートのことについていろいろ話すタイミングがありました。

 当時、僕の4回転ジャンプは安定していなかったのですが、羽生選手は飛びぬけた技術レベルで試合に出ていました。彼が自分の動きなどを細かくチェックしながら考えて取り組んでいたことを知っていたので、「なんで俺、4回転サルコウが跳べないんだろうな」という話を投げかけたんです。そうしたら、「これってこういうことだから、無良くんの跳び方とは違って、僕が考えるのはこういうイメージで動いていて......」という説明を、紙に書いてくれながら、すごく細かく話してくれました。その時の彼の説明は、僕が発想もしていなかったことだったので「ああ、なるほどね」と、ヒントをもらったんです。

映像での練習公開は想像もしなかった

 実際に試合で4回転サルコウを成功させることはできなかったんですけど、そのイメージを持って練習していくなかで、そんなに多くは成功させられませんでしたが、何回も降りる形まで持っていけました。そしてこの時のアドバイスは、今、自分が教える立場になって、すごく生きたものになりました。自分が習得したことや技術を他の人に伝えることはなかなかないと思います。そういう話を彼が僕にしてくれたことはうれしかったし、感謝していることです。

 選手どうしはライバルになりがちですけど、すごく慕ってくれている感じもあり、羽生選手と一緒にスケートをやってきたことは、僕のなかでは財産になっています。

 今後はアイスショーにも取り組んでいくでしょう。(毎年6月の)「ファンタジー・オン・アイス」とは違う形のものをやるのかと思います。いろいろな場所を回ったりしながらアイスショーをしていくことは、彼の強みとして可能だと思います。きっといろいろなことを新しい発想でやってくれるんだろうなと期待しています。彼が持っている力をフルに使ってやれば、いろんなことができると思うんです。

 これからのプロ活動のなかで、YouTubeを活用して公開練習を見せていくというアイデアは想像もしていなかったので、すごいなと思いました(笑)。公開練習のライブ配信では、世界中の10万人を超える人たちが注目して見ていたそうですね。「SEIMEI」の曲を3回かけて3回目でノーミスするというのは、並の体力ではない。すごいなと思って見入ってしまいました。

 YouTubeでプロスケーターが練習を公開するということは初めてのことです。彼がこれまで極めてきたことを、どういう形でフィギュアスケートに対して返していけるかどうかを考えた時に、こういう公開の練習という形になったのかなと思います。公開練習を見ることに価値があるというのも、羽生選手があれだけ動けるからこそ成り立つことです。

 違う見方で見れば、ファンのためということだけでなく、現役選手やフィギュアを始めた子どもたちにもすごく影響を与える活動のひとつだと思いました。プロになった羽生選手がフリーをノーミスで演技するところを見せられたら、現役の選手なら「もっと頑張らないといけない」と思わされるはずです。

 プロである僕も、羽生選手の公開練習を見ながら滑っていたのですが、「(羽生選手は)動いているな~、僕もやらなきゃな」と感じて、やる気を出すきっかけになりました。彼のプロ活動は、今後のスケート界にさらに貢献すると思います。

 彼のストイックさを考えると、自分のベースをしっかり作りつつ、いろいろなことにチャレンジしていくのかなと思います。いろいろな技術的な知識とか体の構造とかを研究して卒論も書いたと思いますので、それを教える仕事に生かすことができれば、多くの選手にとってプラスになると思います。
(つづく)